酷すぎる仕打ち
叔父様は、半袖のシャツにズボン姿である。
長年の飲酒でお腹まわりが大きくなっていて、いまにもはちきれそうになっている。サスペンダーをつけているのに、そのサスペンダーは両肩からだらりと垂れ下がってしまっている。
シャツには、真っ赤なシミがついている。
血?葡萄酒?木苺のジャム?
小さな子どもでも、こんなに汚しはしない。
上からヨレヨレのジャケットをひっかけるつもりなのでしょう。叔父様にしてみれば、シミのことなんてどうでもいいって思っているのかもしれない。
「申し訳ございません。お嬢様は、わたしの用事に付き合って下さったのです」
カーラがわたしをかばってくれた。
いつものようにである。
叔母様と叔父様は、後見人というていでこの屋敷にのりこんできたときから、わたしを使用人の一人としてあつかっている。
わたしは二人に面倒をみてもらう立場なのだから、そんなふうに思われても仕方がないのかもしれない。
だから、いつも二人に素直に従わなきゃと思ってはいる。
思ってはいるんだけど……。
「カーラ、いいの」
カーラにささやいてから、いつものように左半面を隠しつつ二人に詫びた。
「約束の時間に遅れそうじゃないか」
叔父様が近づいてきた。
酒精のきついにおいが鼻をくすぐる。
叔父様も叔母様も、すでにできあがっているのね。
ということは、また……。
反射的に瞼を閉じていた。
「何度言ってもわからん奴は、こうするしかないな」
「お嬢様っ!」
叔父様の怒鳴り声と、カーラの叫び声がかぶさった。
いつものことである。肉体的な痛みなど、一瞬のこと。
叔父様が拳を振り上げたのを感じた。
「おい、あんた。いいかげんにしろよ」
「イタタタッ!な、なにをする」
叔父様の悲鳴で恐る恐る瞼を開けてみた。
アマートがわたしをかばうように立っている。そして、叔父様の振り上げた拳をディーノがつかんでいる。
昼間に金貸しのパトリスさんの執事か秘書かに殴られそうになったときと、ほとんど同じ場面である。
「いい年してレディに暴力を振るうとは、粗暴で失礼な男だな」
アマートの声は、昼間のときとはくらべものにならないほど低くて冷たい。
「なんだと?余計なお世話だ。こいつは、姪だ。どうしようがおれの勝手だ。くそっ、放せ」
「姪?姪だったら、余計に大切にするものだろう?」
「うるさいっ!役立たずの姪だ。大切にしてたまるか。だいたい、おまえらはなんだ?」
「パトリス商会の者だ、ドュメールさん。いや、クースコスキ伯爵を名乗っているんだっけ?」
「パトリス商会?」
「パトリス商会?」
アマートの嘘に、叔父様と叔母様は青ざめた。
「なんだ。あんたらも人が悪いな。だったら、最初から言ってくれればよかったんだ」
ディーノが叔父様の拳を解放してやった。その途端、叔父様も叔母様も卑屈きわまりないほどヘコヘコしはじめた。
見ていてこちらの方が恥ずかしくなるほどである。
「わざわざこんなところまで取り立てに来るなんて、あんたたちも暇なのね」
「ドュメール夫人。それもこれも、あんたらがそれほどの大金を借りているってことだよ」
「そうだ。だったらほら、こいつを連れて行ってくれていい。肩代わりだ。どこぞに売り飛ばせばいいだろう?」
「旦那様っ!」
カーラの叫び声が耳に痛いくらいだわ。
もう心は冷めきっていて、どうでもよくなってしまっている。叔父様の言葉など、耳に入ってきてもそのまますぐに出て行ってしまう。
だけど、ついさっきティーカネン侯爵家でみなさんによくしてもらった後のこれである。
さすがにきついかもしれない。
心だけでもどこかに飛んで行きたい。
「だけど、ほら」
無表情、無反応なわたしに、叔母様が近づいてきた。
叔母様は、お父様の実の妹なのに。それなのに……。
彼女は、わたしの前に立つなり手を伸ばしてきてわたしの前髪を乱暴につかんでひっぱった。
「これよ、これ。呪いをかけられたみたいな火傷の跡でしょう?傷物だけど、娼館の使い走りくらいにはなるかもしれないわ」
「さすがにこんな面では、よほど変態でないかぎりは抱きたいって思わないだろうよ」
もう何もきいてはいけない。思ってはいけない。感じてはいけない。
慣れっこよね?もっとひどいことだって言われているんですもの。
「ひどい。ひどすぎる」
気丈なカーラの泣き声がきこえてくる。
ダメ。また、わたしのせいで泣かしてしまった。
泣かないで。泣かないで……。
「ディーノ、やめろっ!そんなクズを殴っても仕方がない」
遠くの方でアマートの鋭い制止がきこえたような気がする。
「来るんだ」
そして、アマートかしら?だれかに腕をつかまれた。
その後のことは、よく覚えてはいない。




