プレスティ侯爵家の双子の兄弟
「おおっと。これはこれは。残念だったな。こんな醜い火傷の跡があるような女、そういうのが好きな男くらいにしか需要はないな」
「ちょっと、汚い手でお嬢様に触れないでちょうだいよ」
カーラのキーキー声が耳に痛い。
彼の言葉は、いつも他人が心の中で思っていることである。
慣れている。だれだってそう思っているのだから。
だけど、やはり言葉に出されるときついかもしれない。口惜しいかもしれない。
でも、涙は見せない。泣かない。
こういう人たちは、それを期待しているのだから。
「ほう、お嬢さんが伯爵家のご令嬢だとはね」
「離れなさいよっ!」
カーラが彼とわたしの間に割って入って来た。
「このアマッ!いい加減にしろっ」
すると、当然ガラの悪い執事か秘書かが血相をかえて向かってきた。しかも拳を振り上げている。
「カーラ」
このままでは、カーラが殴られてしまう。
どうにかしなければ……。
だけど、怖くて動けない。
「いたたたたっ!」
しかし、彼がカーラを殴ることは出来なかった。
「レディにたいして暴力はいけませんよ」
なぜなら、いつの間にか現れた二人の男性の内の一人に、振り上げた腕をねじり上げられたからである。
「まぁ……」
その二人がだれなのかを知り、驚かずにはいられなかった。
アマート・プレスティとディーノ・プレスティという侯爵家子息たちである。
双子の兄弟で、王太子殿下付きの近衛隊の隊員である。
しかも彼らのお母様は王太子殿下の乳母で、王太子殿下は彼らといっしょに育てられたらしい。
二人は近衛隊に属してはいるものの、実質王太子殿下の側近という立場である。
その二人がここに現れるなんて、謎すぎる。
「このクソ野郎っ、放しやがれ」
ガラの悪すぎる秘書か執事は、腕をねじり上げられて痛そうにしている。
「兄さん。この人、兄さんのことをクソ野郎って言っているけど」
「ディーノ、この人はおまえのことを言っているんだ。初対面なのに、おまえが荒っぽいことをするからな」
「か弱いレディに暴力をふるうなんて、ありえないだろう?それをわかってもらいたかっただけだよ」
「というわけで、パトリスさん。いくら金貸しで取り立てに来たからといって、レディを脅したり暴力をふるうというのはどうだろうか。この先、善良な金貸しとしてやっていきたいのなら、もっと臨機応変に対処すべきだと思いますが」
双子の兄のアマートは、王太子殿下の頭脳的役割も担っているらしい。二人とも金髪碧眼の美形だけど、弟のディーノにくらべれば知的な美形である。
なにより、彼は女性が大好きみたい。つまり、プレイボーイである。つねに貴族令嬢たちだけでなく、街の女性たちと浮名を流している。
「プレスティ侯爵家の鼻たれ子息どもか。ずいぶんと立派になったものだな。まぁいい。今日のところは手ぶらで引き上げるとしよう。おい、いつまでやられているんだ?さっさと馬車の扉を開けろ」
パトリスは、面白いはずがない。鼻を鳴らすと踵を返し、馬車へと歩きながら怒鳴った。
「放してやれ」
「了解」
そして、アマートに言われたディーノは、素直に秘書か執事かを開放してやった。
思いっきり馬車の方へと突き飛ばす、というおまけつきで。
気の毒に……。
パトリスの秘書か執事の人は、馬車に思いっきりぶつかってしまった。
弟のディーノは、兄とは正反対の武闘派で、とくに剣が得意らしい。その腕は、このラハテラ王国でも一番らしい。
彼は、どちらかといえばやんちゃな美形かしら。
「何をやってやがる」
パトリスは、ますます面白くないらしい。本性が出まくっている。
そして、彼らは去って行った。
パトリスの秘書か執事の人は、盛大に鼻血を流していた。
申し訳ないことをしてしまった。
去って行く馬車を見送りながら、気の毒になった。
「あの、大丈夫かい?」
弟のディーノが、わたしとカーラを交互に見ながら尋ねてきた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
彼らに不快なものを見せたくない。お礼を言いつつ、さきほどパトリスに触れられた前髪を整えて火傷の跡を覆い直した。
「クースコスキ伯爵令嬢、ケガがなくてよかった。そちらのレディも、ケガはなかったかい?」
兄のアマートも気遣ってくれる。
「お蔭様で大丈夫です。あっ、お二方。彼女はカーラ・アナスタージです。わが家でずっとメイドをしてもらっていまして、わたしの姉のような存在なんです」
「はじめまして、カーラ。おれは、アマート・プレスティ。こいつは弟のディーノだ」
「はじめまして、プレスティ様。カーラ・アナスタージと申します」
カーラは、スカートの裾をわずかに上げて挨拶をした。
アマートもディーノも、彼女の美しさに見惚れている。




