金貸しのパトリス
今日は公休日。
それでもいつも通り起床し、小鳥たちに挨拶をしてから温室のバラの手入れをした。
以前は、執事のラファエロといっしょにしていた。
彼のお父様が庭師だから、彼も詳しいのである。だけど、彼が辞めてしまったから、これからは教えてもらったことを思い出しつつ一人でするつもりである。
「お嬢様、参りますよ」
ささやかな朝食の後、カーラに急き立てられてソフィアの屋敷に向かうことになった。
叔母様と叔父様は昨夜も賭け事で忙しく、深夜に帰宅したみたい。だから、当然まだ眠っている。玄関を出る際、叔父様のいびきがうるさいくらい響き渡っていた。
ソフィアの屋敷はすぐそこである。門から出ようとした際、二頭立ての馬車がやって来て門の前に停車した。
カーラと二人で立ち止まって様子をうかがっていると、馭者台から執事か秘書といった感じの男性が飛び降りて来て馬車の扉を開けた。
わぁ……。
馬車の中から出て来たのは、バイオレンス系の小説に出てくるような悪者のボスっぽい男性である。
でっぷり太っていて、いかにもという感じがする。
葉巻をふかしているところなど、小説のワンシーンそのままだわ。
ある意味感心していると、ボスっぽい人がこちらをにらみつけてきた。
「お嬢さんたち、ここはクースコスキ家かい?お嬢さんたちは、メイドさんかな?」
彼は、カーラとわたしを上から下まで眺めまわしつつ尋ねてきた。
テノールのいい声である。
「ここはクースコスキ家ですが、何か御用でしょうか?」
嫌な予感がしているけれど、尋ねられて無視するわけにはいかない。ましてや嘘をつくことも出来ない。
「わたしは、パトリス商会のルブラン・パトリス。伯爵はご在宅かな?」
一瞬、だれのことかわからなかった。だけど、すぐに叔父様のことだと気がついた。
叔父様は、自分のことを伯爵だと触れ回っているのである。
「昨夜、貸した分で金貨五十枚を超えてね。金貸しにもきまり事があって、五十枚を超えたら早急に一割でも返してもらっているんだ」
彼の獰猛な笑みを見ながら、心の中で驚きすぎて頭の中が真っ白になってしまった。
金貨五十枚を超えた?
そんなに借金をしているの?
借金をしてまで賭け事をしていることは気がついていた。だけど、そこまでとは思いもしなかった。
「旦那様は、具合が悪くて眠ってらっしゃいます」
わたしなんかよりずっとずっとしっかりしているカーラが、ごく平然と答えてくれた。
「だったら起こしてくれないか?夫人も同様にな」
「起こしましたが、起きてくれません」
カーラがきっぱりと応じた。
「このアマッ!社長がおっしゃっているんだ。はやく起こしてきやがれ」
すると、執事か秘書かわからない男性が怒鳴りつけてきた。
よく見ると、左頬に刃物傷が走っている。
これってば、小説の借金取りのシーンそのままね。
他人事のように見てしまう。
「おいおい、やめないか。お嬢さんたちの前で汚い言葉遣いや暴力はよくない」
「しかし、社長」
「お嬢さんたち。わたしとしては、せっかくここまで足を運んだんだ。せめて利息分でも払ってもらえれば文句はないんだけどね」
そんな獰猛な笑みとともに言われましても……。
「おや?あのボロボロの温室は?」
彼は、ささやかな庭の一画にあるボロボロの温室に視線を向けた。
バラを育てている温室である。本来なら、温室を修繕しないといけないけれど、そんなお金がまったくないので放置するに任せているのである。
「そういえば、クースコスキ伯爵家のバラは国の内外でも有名だったな。かわった品種もあるときいたことがある。そうだ。だったら、今回はそのバラで勘弁してやろう。貴族にバラでも売りつければ、利息の一部になるはずだ」
バラは、お父様とお母様の形見である。
もうこの屋敷に残されているのは、バラだけである。
叔母様も叔父様も、唯一花に価値観を見いだせずにいる。
だから、残されている。その形見のバラまで奪われてしまう。
「あの、パトリスさん。お金を借りて返さないのはこちらに非があります。お詫び申し上げます。ですが、バラはあくまでも趣味程度のものです。しかも、いまは素人のわたしが育てています。価値などまったくありません」
勇気をふりしぼり、きっぱりと言った。
自分でも驚いてしまった。
「ふふん。それは、お嬢さんが決めることじゃない。金貨を用意出来ないのなら、そのかわりになるものをいただくしかないからね。だったら、お嬢さん。お嬢さんでもいいよ。娼館で働けば、利息分くらいは返せるだろう」
太短い腕が伸びてきて、わたしの前髪をさっと撫でた。




