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婚約破棄のことを告げなければ

 今日はなんだか疲れてしまった。


 婚約を破棄されたことは、仕方がない。


 破棄されたことじたいは、心の枷がなくなって正直なところホッとしている。一方で、婚約を破棄されたことで屋敷にいられなくなってしまうのではないか、と不安を抱いている。


 わたしだけのことではない。たった一人、辞めずにがんばってくれているカーラもいるのである。


 二人して屋敷を放り出されてしまうかもしれない。


 図書館から屋敷まで歩きながら、ずっとそのことばかりかんがえている。


 当然、馬車は所有していない。


 お父様とお母様が馬車の事故で亡くなった際、二頭の馬も死んでしまい、馬車は大破してしまった。


 それ以降、クースコスキ家は馬車どころか荷車一つ所有していない。


 歩道を歩いていると、ところどころ水たまりが出来ている。夕方、予期せぬ雨が降ったのである。来館者たちは、雨が止むまで足止めされていた。とはいえ閉館間近であった為、数人である。館長が紅茶をふるまってくれて、談話室でおしゃべりをしてすごした。


 雨が止んだのは、それからしばらく後だった。雨雲は去ったけれど、すでに宵闇の時間帯。街灯に灯が灯り、店や家の窓から灯りがこぼれている。


 水たまりに気をつけながら歩道を歩いている。それでもきっと、水が靴の中に浸透するわよね。


 なにせ穴が開いているんですもの。


 馬車道へと視線を走らせると、デコボコの石畳にも水たまりが出来ている。


 馬車が来て水を跳ね上げたら、きっとかかってしまう。だから、なるべく馬車道から離れた方がいい。


 このあたりは、貴族の屋敷ばかりが集まっている。


 こうして徒歩で移動しているのは、きっとわたしくらいなものよね。


 そんなことを思って苦笑していると、うしろから馬車がやって来て、あっという間に追い越して行ってしまった。


 案の定、車輪が水たまりの水を跳ね上げた。


 着古したスカートの裾にその水がかかってしまった。


 あっという間に小さくなってしまった馬車は、どうやら街馬車のようである。


 叔母と叔父の目を逃れ、売られずにすんだコートの生地を使って自分で作ったバックを肩にかけている。コートはボロボロになり、着ることが出来なくなってしまったのである。そのお手製のバックの中からハンカチを取り出し、スカートの裾を拭った。


「はやく帰らないと。カーラが心配しているわ」


 小さな声で自分に言いきかせ、屋敷へと急いだ。


 

 屋敷へと戻ってきた。すると、先程追い越して行った街馬車が屋敷の前に停まっているのが見える。


「伯爵様、それはないですよ。これでは、最初の約束の半分しかないじゃないですか」


 雇われ馭者の怒鳴り声は、宵闇に包まれている閑静な屋敷の間を駆けてゆく。


「この下層階級めがっ!銅貨三枚、くれてやったんだ。ありがたいと思え」

「そうですわ。乗降するのに手助けもないなんて、さすがは下層階級の馬車ですわね」

「伯爵様、約束だけは守って下さいよ」

「うるさいっ!野良犬がっ、ムダに吠えるな。さっさと行け」


 なんてこと……。


 叔母様と叔父様は、今日もまた賭け事をして負けたのね。


 馬車代もろくに払えないなんて。っていう以前に、約束したことも守れないなんて……。


「さあ、シンシア。今日はついていなかった。酒でも飲んで気持ちをいれかえよう」

「そうね。明日こそは、いい日になるわ」


 叔母と叔父は、嘆願する馭者を無視して門の内に入ってしまった。


 彼らの話し声がきこえなくなったタイミングで、馬車に駆け寄った。


「あの、おいくらですか?」


 馭者台を見上げ、おずおずと尋ねてみた。


 宵闇だし、馭者台にはまだランプを灯していない。街灯も控えめな光しか発していない。


 彼にわたしの左半面はよく見えないでしょう。


「え?あ、ああ。銅貨六枚という約束だったんだ。だが、三枚しかもらえなかった。しかも、投げつけてきた。バカにするにもほどがある」


 馭者はわたしの着古した服を見、ぶっきらぼうにいった。


「申し訳ありません。残りの三枚です」


 手を伸ばすと、なけなしの銅貨を彼に差しだした。


「い、いいのか、あんた?」

「ご迷惑をおかけしました。それと、ひどいことを言って申し訳ありません。お気をつけて帰って下さい」

「あ、あんた、おいっ!」


 背伸びをして馭者台の彼に無理矢理銅貨を握らせた。


 それから、駆けだした。


 彼の声が背中にぶつかるけど、それは無視した。


 玄関から戻ると、叔母と叔父に会うことになる。


 だから、裏へまわった。


 いずれにせよ、婚約破棄のことは叔母様と叔父様に告げなければならない。


 だけど、まだ心の準備が出来ていない。


 まずは、心の準備をしなければ。


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