緊張と不安がいっぱいの中で
結婚式の後片づけも終わった頃、彼女を部屋に迎えた。
婚儀の前、二人で決めたのである。
おなじ部屋ですごすのは、というよりかはおなじ寝台で眠るのは、結婚式が終ってからにしようと。
だから、アリサが図書館長の屋敷から王宮に移ってきて婚儀が終っても、別々の部屋にしていたのだ。
すでに彼女の荷物は移してある。
あとは、彼女自身である。
部屋に導いたはいいけれど、二人とも緊張と不安でいっぱいいっぱいになっている。余裕がまったくない。何か話さなければと頭ではわかってはいるものの、何を話せばいいのかわからない。
そうだ。パーティーのことを話そう。あるいは、ラドルフのことを話そう。
そう思って彼女の方に体ごと向き直って口を開けば、彼女もおなじタイミングで口を開いて何かを話そうとする。
無言で譲り合い、結局二人とも言葉を飲み込んでしまう。
しばらくの間、それの繰り返しだった。
とりあえず、風呂だ。
ワンクッション置くことで、二人とも緊張や不安がすこしはやわらぐかもしれない。
というわけで、彼女に風呂に入るよう勧めた。が、彼女は「後でいいので先にどうぞ」と、逆に勧めてくる。
「いやいや、きみこそ先に」
そう言いそうになって思い直した。
そんなことで言い合いをするのも不毛すぎる。
というわけで、先に入った。
そして、彼女が入った。
彼女が出てくるのを、とりあえず寝台で待つことにした。
布団に潜り込んで待っていたら、ヤル気満々のように受け止められないかと心配になった。とはいえ、寝台で座っていてもおかしいような気がする。さらにはソファーに腰かけていたり、椅子に座っていたりというのも不自然だろう。
ましてや、檻に入れられた獣のように室内をウロウロ歩きまわるのもおかしい。っていうか、怖すぎるだろう。
結局、布団に潜り込むことにした。
決定的な理由はない。これが正解かどうかもわからない。
とりあえずそうしただけである。
枕を二つ重ねていたが、高くて首が痛くなってきた。一つどけてみた。が、今度は低すぎる。天蓋をじっと見つめていると、鼓動が耳に痛いくらい大きく響いている。しかも、どこまで速くなるんだろうというくらい速く刻んでいる。
ダメだ。こんなことでは、いろんな意味でダメすぎる。
深呼吸だ。それから、違うことをかんがえよう。
そうだ。身構えるからダメなんだ。ムリをする必要なんてない。
ああいう行為は、自然な流れですべきことだ。型にハメる必要などない。マニュアルがあるわけでもない。
法で定められているわけでもないのだ。
気負いすぎるからダメなのだ。だったらいっそ、リラックスしよう。
アリサとの夜はこれで終わりじゃない。いまからなんだ。今日がダメなら明日だって明後日だってある。
アリサだっておなじ気持ちに違いない。
彼女とは物理的、精神的に距離はさまざまだが、子どもの頃からずっと一緒なのである。あらためて男女のそういうことをするとなると、恥ずかしいに決まっている。
彼女は、結婚式のときの口づけだってかなり気恥ずかしそうにしていた。それがさらなる段階に踏み込むとなると、それこそわたしが気の毒に感じるくらい恥ずかしく思うに違いない。
これからは、物理的にも精神的にも近くというよりかはぴったり寄り添える。
やはり、ゆっくり行こう。
何も世間一般的な常識や習慣に囚われることはない。
わたしたちにはわたしたちのペースがある。タイミングがある。
それでいいじゃないか。
もしかして、こんなふうにくどくどダラダラ言い訳を連ねているのは、わたしだけなのだろうか。わたしが自分自身に自信がなくって、臆病なだけなのだろうか。
もしかすると、アリサは張り切っているのかもしれない。いまもわたしと寝台ですごす為に、気合を入れて身を清めているかも……。
彼女は、例の舞踏会以降いい意味でどんどん変化していっている。その変化は、わたしだけでなく周囲を驚かせている。
こういうことも、フツーに心構えが出来ているかもしれない。
だとすれば、わたしがこんな情けないなことをかんがえていたら、彼女を失望させてしまうことになる。
それは、絶対に勘弁してほしい。
だったら、わたしはいったいどうすればいい?
気がつくと、浴室から湯の流れる音がしなくなっていた。
物音一つしない。
ダメだ。かんがえがまとまらない内に、彼女は風呂を終えてしまったようである。




