心地いい誓いの口づけ
子どもたちが、すぐ近くからじっと見上げている。
なんてことなの。いくらなんでも、これは恥ずかしすぎるわ。
子どもたちに悪気はないから注意するに出来ない。
それでは、彼らの両親たちは?
ってダメだわ。両親たちも期待満々って感じで見守っている。
じゃあ、近衛隊は?子どもたちにもう少し離れるように言うか、誘導するかしてくれないかしら?
王太子殿下もわたしとおなじことを思いついたみたい。同時に、近衛隊の隊長に顔ごと向けた。
どうして?どうしてわたしたちの思いが届かないの?
隊長とその左右に並んでいる隊員たちは、王太子殿下とわたしの視線に気がついた途端、はやくやれというような合図をいっせいに送ってきた。
「あー、みんな。すまないけど、そこまで近づいてじっと見られたら、恥ずかしいんだ。アリサ先生だって恥ずかしいよね?」
「え、ええ。すっごく恥ずかしいです。だからみんな、もう少し離れてくれないかしら?」
仕方がないわ。だれも頼ることが出来ないのだったら、自分たちでどうにかするしかない。
したがって、王太子殿下とお願いしてみた。
子どもたちは、一様に困惑の表情を浮かべている。そして、おたがいの顔を見合わせると同時に後ろに下がった……。
って、ほんのちょこっと?下がったかどうかも怪しいくらいだったわ。
「殿下、妃殿下?」
そのとき、牧師がためらいがちに声をかけてきた。
すぐ近くでは、すでに口づけを終えたソフィアとカーラ、それからアマートとディーノがこちらを見ている。
四人ともニヤニヤ笑っているような気がするのは、きっとわたしの被害妄想のなせる業よね。
これ以上はどうにもならないわ。
観念した。王太子殿下もそうみたい。
あらためて瞳を見合わせた。いまはもう、王太子殿下の瞳に戸惑いとか気恥ずかしさの色はない。
だから、わたしも少しは落ち着けた。
後は、彼に任せればいい。
あらためて両肩に彼の手がのり、同時にわずかに引き寄せられた。
瞼を閉じた。
直後、彼の唇がわたしのそれにそっと触れて動きを止めた。それこそ、恐々といった感じで触れ、かたまってしまったかのように。
だけど、それはすぐに息を吹き返した。
婚儀のときと違った。けっして乱暴でもバカ力でもない。やさしく、それでいて守ってくれるような力加減。
ずいぶんと長くとどまっているように感じられる。実際は、そんなに長くはないはずだけど。
子どもたちが、さらにキャーキャー騒いでいる。そして、大人たちは歓声を上げている。
王太子殿下の唇がわたしのそれから唐突に離れた。
「愛しているよ、アリサ。それから、すべてにありがとう」
瞼を開けると、彼の唇がわたしの右耳に触れた。ささやき声が耳にこそばゆい。
「殿下、わたしも愛しています。すべてに感謝しています」
急に涙が溢れてきた。
うれし涙である。しあわせの涙である。
こういう涙は、いくら流してもいいわよね。
こうして、式は終了した。
式は終わった。
いまからが本番である。わたしたち六人で企画し、たくさんの人に心から楽しんでもらおうというイベントを準備をしている。
まずは、王宮内にある練兵場で軍による閲兵式を行う。
とはいえ、大規模ではない。あくまでもデモンストレーションである。
プレスティ侯爵家の上の五人のお兄様たちの部下で、王都に休暇で戻って来ている士官や兵士たちが集まってくれた。それでも、三百人近く集まってくれたのである。
じつは、これはイベントの意味だけではない。軍に入りませんか、という宣伝も兼ねている。
ラハテラ王国では、ずっと平和なときが続いている。人々の軍への関心は低い。加えて、王太子殿下曰く「悪しき習慣」らしいけど、軍では上流階級がはばをきかせている為、上流階級以外の出身の人々にとっては、たとえ活躍しても目指せる地位はしれている。
どれだけ優秀でがんばったとしても、能力の下の貴族たちにこきつかわれるだけ。
軍隊というのは、そういうイメージが強い職場なのである。
残念ながら、いまのところはイメージ通りなのだけど。
それも王太子殿下やアマート、ディーノやエンリコがかえてくれるかもしれない。もちろん、プレスティ侯爵家のお兄様たちも協力してくれるでしょう。
 




