男は尻に敷く
「ちょっと、プレイボーイ。どうしてあなたは参加しないの?」
ソフィアがアマートに尋ねると、アマートは無遠慮にカーラとわたしを見比べた。
「そうだなぁ。アリサもカーラもどっちもどっちだろう。どちらとも決められないよ」
「そうじゃないでしょう、このおたんこなすっ」
ソフィアの必殺技であるデコピンが発動した。
彼女のデコピンは、最高に痛いらしい。それをされると、眉間がしばらく赤く腫れあがって跡が残るみたい。
「パチンッ!」
図書館裏の静かな森に、鋭い音が響いた。
「うううっ」
アマートはその場にしゃがみこみ、わたしたちは自分の眉間をおさえてしまった。
すっごく痛そう。
でも、アマートが悪いわよね。
ソフィアは、自分のことも美しいと言ってもらいたかったのよ。それなのに、アマートは故意かどうかはわからないけれど、あんなことを言ってしまうなんて。
それは、彼女も気を悪くするわよね。
「殿下、皆様、そろそろですよ」
そのとき、進行役の図書館長が呼びに来てくれた。
「では、行こうか」
王太子殿下が台上に立たせてくれてから先にサンダーに跨った。彼に助けてもらいながら、彼の前に横座りする。
アマートとソフィア、ディーノとカーラも同様に馬に乗った。
そうして、わたしたちはみんなの待つ図書館前の仮の式場へと向かった。
本来なら、馬に乗って式場に向かうことはない。だけど、「白馬の王子様」に憧れる女の子たち向けに、新郎新婦が馬に乗って登場する演出を試みたのである。
というよりかは、それはわたしの子どもの頃の夢なんだけど。
当時の童話や子ども向けの小説の中では。結婚式で王子様が愛する女性をお姫様抱っこしたり白馬に乗せて現れる率が高かった。
いまにして思えば、それがまるで法律であるかのようにそうだった気がする。その当時の流行りのパターンだったのかもしれないわね。
そういうシーンの挿絵がまた素敵だった。
フツーの女の子だったら、憧れたり夢みたりするわよね。
だから、子どもの頃図書館で王太子殿下に会った際につい口走ってしまったのである。
彼はそれを覚えていてくれたばかりか、そんなバカげたわたしの夢をかなえようと努力をしてくれた。
そうして、たったいまそれがかなったのである。
「ちょっと、暑苦しいわよ。それに、わたしのお尻にあなたのへんなところがあたっているわ。そんなにくっつかないでちょうだい」
「なんなんだよいったい。すこしはその口を閉じていられないのか?落馬しても知らないぞ。ったく、可愛げのあるレディの方が……」
「パシンッ!」
「ぐおっ!だから、デコピンはやめろって」
「口を閉じるのはあなたの方よ。まったくもう、可愛げのある殿方の方がよほどよかったわ」
後ろからソフィアとアマートの言い合いがきこえてくる。
そういえば、ソフィアは「白馬の王子様」をバカにしていたっけ。
「わたしは『白馬の王子様』と馬に乗るんじゃなく、王子様を尻に敷くのよ」
そんなことを言って高笑いしていた。当時のわたしは、「尻に敷く」という言葉はきいたことはあったけど、意味がわからなかった。
でも、彼女も夢がかなったわよね。アマートを尻に敷いているんだから。
だけど、無理矢理付き合わせてしまって悪かったかしら。
「アリサ、大丈夫だよ。ソフィアが子どものときに言ったことを、きみも覚えているんだろう?じつは、きみが『白馬の王子様』に憧れているということを、彼女に伝えたことがあったんだ。彼女、鼻で笑ったよ。そして、彼女は言ったんだ。「男に馬に乗せてもらうんじゃなくって男を尻に敷かなきゃ」って。それがまた大人びていてね。子ども心に彼女はわたしよりずっとずっと大人なんだって、感心というか驚いたものさ。だけど、彼女は彼女で楽しんでいる。愛しているアマートと一緒だからね。だから、きみは気にする必要はない」
王太子殿下は、わたしの心を読んだかのようにささやいてきた。
「ソフィアは、殿下にまでそんなことを?」
彼女らしいと言えば彼女らしい。
思わず笑ってしまった。
真っ赤なドレスのソフィアが、腰に手を当てて王太子殿下をみおろし、「男を尻に敷かなくっちゃ」って宣言する。
王太子殿下は真っ白なシャツの第一ボタンを開け、膝下までのズボン姿。
まだほんの子どものときに彼女がそう宣言したときの表情と、宣言された彼の困惑の表情を、はっきりと思い描くことが出来る。
思い描いてからまた笑ってしまった。




