クズ夫婦を追いつめろ
結局、アリサの叔母と叔父は、王太子という男がわからなかった。
ここでとやかく言っても仕方がない。話を前に進めなければならないからだ。
というわけで、パトリスとその息子のエンリコに場を譲ることにした。
クズ夫婦は、パトリスのことはよくわかっていた。彼のことを恐れもした。
そのパトリスは、さすがは大物金貸しだけのことはある。クズ夫婦をすかしたり脅したりした。
クズ夫婦の借金の額は、嘘ではない。パトリスが同業者たちにきいてまわり、申告をしてもらった。さらには、エンリコが金貸し以外にだれから借金をしているのかを調査した。
彼は貴族の屋敷をまわり、額をききだしたのである。
地味なその調査は、かなりの時間を費やしたらしい。
クズ夫婦は、それほど多くの人たちから多額の借金をしているのだ。
合計で金貨二百二枚。
それだけの枚数があれば、なんらかの事情で困っていたり生活に支障をきたしている多くの人々を救うことが出来る。
領地内で整備や開拓が必要でも、それにかける資金のない領主たちに援助が出来る。
それだけの枚数の金貨を、いったいどうやれば使いきることが出来るのか。
そのことが不可思議でならない。
「だったら、屋敷、土地、それから爵位、全部くれてやる」
クズ夫婦はパトリスに脅され、追いつめられてとうとう開き直った。
「あなた、待って。アリサよ。王太子の婚約者だもの。王太子が全部支払ってくれるわ」
「おお、そうだった。シンシア、冴えているな」
しかも彼らの脳内で、わたしが借金の肩代わりをすることになっている。
どこまで厚かましいんだ。
あまりの厚かましさに、反吐が出そうになった。
「ドゥメール夫妻。残念だが、おまえたちはアリサとは何の縁も関係もない」
そのとき、ユベールが静かに告げた。
「おまえたちは、彼女の後見人から外れてしまったよ。不適格者と認定されたわけだ。シンシア・ドゥメール、おまえはクースコスキ伯爵家から。マリウス・ドゥメール、おまえはドゥメール男爵家から。二人ともそれぞれ除籍された。したがって、アリサどころかクースコスキ伯爵家およびドゥーメール男爵家ともにまったく縁も所縁もない。おまえたちは、ただの負債人だ。おっと、その酒にふやけた頭で、いまの説明は理解出来たかな?」
ユベールのわかりやすい説明も、クズ夫婦には理解出来なかったらしい。
二人とも、呆けたようにユベールを見つめている。
ユベールがクズ夫婦を後見人不適格として訴え、それはすぐに認められた。
そして、ドゥメール男爵家にもちかけ、二人を両家から除籍したのである。
ドゥメール男爵家は、除籍することをたいそうよろこんでいた。
クズ夫婦は、これでクースコスキ伯爵家とは何の関係もない。
愛するアリサと縁も所縁もない存在になったのだ。
「なんとなんと。ということになれば、二百二枚もの金貨を融通する手立てはないわけだ」
パトリスは、小説に出てくるワルの大ボスのごとく高笑いをした。
「命がいくつあっても足りないよな、ご両人?」
直後、彼の高笑いが止んだ。
低くてドスのきいた声で尋ねる。
ますますワルの大ボス感が漂っている。
その彼を、クリスティアーノがうっとりした表情で見つめている。
彼は、子どもの頃ワルの大ボスになりたかった。もしかすると、いまでも憧れがあるのだろうか。
まさか、パトリスに弟子入りするなんて言い出さないだろうな。
「ダメだダメだ、パトリス。命をとるのはやめてくれ。くれてやりたいのはやまやまだが、それを認めるわけにはいかん。もちろん、一個人としてだが。もっとも、この後不意に二人が行方不明になったとしたら、わたしたちもどうしようもないかもしれないがね。それに、この二人には借金だけでなくアリサへの虐待の事実もあるし、さらには王太子殿下に対する不敬罪と暴行の罪もある。きわめつけは、殺人だ。推理や犯罪系の小説のように、事実や推理を時系列に並べて追いつめてゆくのカッコいいだろうが、この二人の酒にふやけた脳ではそれも不可能だろう。だから、単刀直入に言おう」
ユベールは、わたしの横をすり抜けクズ夫婦の前に立った。




