アリサ、きみは……
「叔父様、叔母様、いったい何様なの?いいかげんにしてください。王太子殿下に対して無礼すぎます」
だれかがそう言った。叫んだり怒鳴ったりというわけではない。響き渡るような声の大きさでもない。
しかし、ここにいる全員の耳にしっかり捉えられるほどの声量だった。
だれが言ったのか、すぐにはわからなかった。
レディの声だった、ということくらいしか。
「叔母様、叔父様、しっかりなさってください。お二人のすべての言動は、とっくの昔に断罪されていてもおかしくないのですよ」
さらに続けられた言葉で、だれが発しているかがわかった。
アリサである。彼女が言ったのである。
もっとも、「叔母様、叔父様」と言っている時点で、彼女しかかんがえられないのだが。
とはいえ、アリサが?彼女がほんとうに言ったのか?
信じられない。ちゃんと彼女が言ったと頭ではわかっている。わかっているのだが、それでもやはり信じられない。
あのアリサが?いまみたいなこと、言えるのか?
この驚きは、わたしだけではない。
言われた本人である彼女の叔母と叔父などは、放心状態になっている。
彼ら以外の者も、口をあんぐりと開けて彼女を見ている。
「わたしのことはともかく、王太子殿下を侮辱したり殴ったりして、どういうつもりなのですか?王太子殿下に対してだけじゃありません。つい先程も、ティーカネン侯爵に失礼なことを言ったりして、失礼どころの騒ぎじゃありませんよ」
さらにさらに続く。
非難を叩きつけられている本人たちは、彼女の非難の内容はふやけた頭では理解出来ていないだろう。
彼女が言っているということじたいにショックを受けているようだ。
これまで従順だったわが子が、突如反抗期を迎えて困惑しているみたいな感じなのかもしれない。
まだまだ続きそうな気配だ。
アリサ、これまでの鬱憤がたまっていたんだね。
かまわない。どうせなんだ。全部吐き出してしまえ。
って、どこまで続くんだろう。
彼女は興奮し、ついには肩で息をしはじめた。
しかも、まだあるようだ。
「もっと許せないのは、お父様とお母様を殺したことよ」
その断言は、これまでの彼女の言葉とは比較にならないほど衝撃的だった。
そうか……。
アリサ、きみは知っていたんだ。
いいや。知っていたというよりかは、推測していたんだろう。
悔やまれる。やはり、もっとはやくに解決しておくべきだった。
彼女のことだ。一人でいろいろ推測しては、不安を抱いていたに違いない。怖かっただろうし、黙っていることに罪悪感を抱いてもいたかもしれない。
わたしがもっとはやく彼女と話し合っていれば、彼女の不安をやわらげ対処出来たのだ。
彼女の叔母と叔父、二人のクズを野放しにする必要などなかったのだ。
もっとはやくクズ夫妻を断罪していれば、彼女も安心出来たはずなのに。
わたしよ、しっかりしろ。
過去のことを、いまここで悔やんでも仕方がない。
違う意味にとらえれば、彼女が気がついていてくれたからこそ、これからのことがやりやすくなる。
彼女に近づき、「知っていたのかい?」と尋ねたのはよかったが、まだショックはやわらいではいない。
尋ねた声が震えていることに、彼女は気がついただろうか。
彼女の瞳は、わたしの問いをしっかり肯定している。
思わず、笑みを浮かべてしまった。それもまた、彼女を安心させるにはほど遠い気弱なものだったかもしれない。
わたしよ、しっかりしろ。
もう一度、自分にカツを入れる。ついでに、気持ちを入れ替える努力もしてみた。
「だったら、思いっきりやれる」
自分自身に言いきかせたつもりだったが、それがつい口から出ていた。ついでに、自分自身に対して大きくうなずいていた。
意を決して彼女に背を向けた。
いっきに決着をつけるのだ。
背を向けようとした瞬間、彼女が何か言いかけた気がした。
が、このままの勢いでクズ夫妻を追いつめたい。アリサと会話をすれば、彼女を抱きしめたくなるに違いない。というよりかは、ぜったいに抱きしめてしまう。
そうなれば、勢いや威厳がなくなってしまうだろう。
だから、彼女が何か言いかけたことには気がつかなかないふりをした。
泣く泣く、ではあるが。
最後の対決をする為に、クズ夫妻の前に立った。
まずはユベールとコルネリオと会話をすることで、わたし自身の威厳を見せつけた。
あらかじめ、そうするよう打ち合わせていたのである。
もっとも、それが効果をもたらせるかどうかはわからないが。
それでも、その茶番を演じてみせた。




