パトリスの脅し
「パトリスに金を借りているだろう?金貨にすれば、何十枚になる?いや、何百枚か?」
王太子殿下が問うも、叔父様も叔母様もパトリスのことが気になって仕方がないみたい。
王太子殿下の問いに対する答えはなかった。
もっとも、二人とも借りている金貨の枚数なんて把握していないんでしょうけど。
というよりかは、把握したくないでしょうね。
「どうやら、他人から借りている金貨の枚数もわからないらしい。パトリス、教えてくれないか」
「わたしのところからは、全部で六十二枚でございます」
「う、嘘だ。そんなに借りていない」
「そうよ。そんなに借りていないわ」
「おやおや、伯爵夫妻。わたしを嘘つき呼ばわりするのかな?貸すたびに借用書を二枚作成し、二枚とも伯爵にサインをもらっている。一枚は伯爵.が、もう一枚はわたしが、それぞれ持っている。それらは、ちゃんと金庫にしまっているよ。何度も数えたから嘘でも間違いでもない。なんなら、すぐに事務所から借用書を持って来させようか?」
パトリスは、大ボスっぽい顔に凄みのある笑みを浮かべた。
「うちのところだけじゃない。伯爵は、ほかの金貸しからも借りているだろう?わたしは、これでも金貸しギルドの長を務めていてね。ミゲルやロドリゲス、その他の金貸しや貴族たちから借りている金貨の枚数とうちのとを合計したら、合計二百二枚だ」
に、ニ百二枚?
それはもう、クースコスキ伯爵家の現在の全資産を上回っているわ。
そうだった。その資産の大半も、いまは叔母様と叔父様に使われてしまっている。
いまはもう王太子殿下のものだけど、たとえバラを全部売り払ったとしても、その十分の一くらいにしかならない。
絶望的だわ。
そんな高額の借金、どうやって返すのよ。
「金貸したちや貴族たちは、わたしも含めてクースコスキ伯爵家の名を出されたから貸したんだ。金貸したちも、大なり小なり伯爵家には世話になっているからね。だが、あんたたちは伯爵じゃないし伯爵夫人じゃない。名を偽り、わたしたちをだました。わたしたちも生活がある。金を貸しているのは慈善事業じゃない。どう始末をつけるつもりだ、ドゥメールさん?」
パトリスは、さらに凄みのある笑みを浮かべた。
これが小説だったら、叔母様と叔父様は確実に殺されるところよ。
それから、身内のわたしは売春宿とか好き者の貴族のところで一生タダ働きをさせられるの。
「だったら屋敷、土地、それから爵位、全部くれてやる」
「あなた、待って。アリサよ。王太子の婚約者だもの。王太子が全部支払ってくれるわ」
「おお、そうだった。シンシア、冴えているな」
どこまで厚かましいの。
もう何も思いたくないわ。
「ドゥメール夫妻。残念だが、おまえたちはアリサとは何の縁も関係もない」
そのとき、プレスティ侯爵が静かに告げた。
「おまえたちは、彼女の後見人から外れてしまったよ。不適格者と認定されたわけだ。シンシア・ドゥメール、おまえはクースコスキ伯爵家から、マリウス・ドゥメール、おまえはドゥメール男爵家から、それぞれ除籍された。したがって、アリサどころかクースコスキ伯爵家およびドゥーメール男爵家ともにまったく縁も所縁もないわけだ。おまえたちは、ただの債務者だ。おっと、その酒にふやけた頭は、いまの説明を理解したかな?」
プレスティ侯爵の説明は、わたしにとっては驚きでしかない。
残念ながら、叔母様と叔父様には理解出来なかったみたいだけど。
二人とも呆けたように侯爵を見つめている。
後で知ったことだけど、プレスティ侯爵が二人を被後見人として申請してくれて、それが認められたらしい。
そして、ドゥメール男爵家にも承諾を得、二人を両家から除籍してくれたのである。ちなみに、男爵家はよろこんでいたらしい。
彼らとわたしとは、というよりかはクースコスキ家とは何の関係もない。
どれだけありがたいことか。
「なんとなんと。ということになれば、二百二枚もの金貨を融通する手立てはないわけだ」
パトリスの大ボス的な高笑いが素敵すぎる。
「命がいくつあっても足りないよな、ご両人?」
直後、高笑いが止み、低くドスのきいた声で尋ねた。
ますます大ボス感が漂っている。




