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一番のゲストがまだ来ていない

 エンリコと熱い議論を繰り広げた後、彼に打診をしてみた。


 彼は、わたしの打診を検討するかと思った。あるいは、断るかと。


 が、控えの間にいる父親が開けっ放しにしている扉から入って来た。


 そして、息子に言った。


「親子の縁を切るから、殿下のお役に立て」、と。


 すると、エンリコは首を横に振った。


「ぜひとも殿下のお役に立ちたい。しかし、親子の縁を切るつもりはない」


 彼の父に対して言った言葉だけで充分である。それから、父の息子に対する気持ちだけで。


 エンリコは、わたしの側近になった。


 もちろん、ルブラン・パトリスの息子のままである。


 父親が金貸しであろうと国王であろうと関係ない。将来、だれがなんと言おうと知ったことではない。そういうくだらぬ誹謗中傷から彼を守り抜く。


 その覚悟はある。


 エンリコ・パトリスと出会わせてくれたのは、アリサである。


 彼女に感謝せずにはいられない。



 おたがいに挨拶をしあった後、エンリコがアリサに図書館で会ったことがある、と言った。


 エンリコは、パトリスに依頼されて図書館で勤務中にいらない虫がつかないよう、来館して見張っていたらしい。

 そこで、彼もまた読書好きと知れた。


 どうりで気がよく合うはずだ。


 みょうに納得してしまった。


 その際、アマートが「いらない虫は一人しかいない」なんてことを言いだした。


 わたしのことである。


 アマートのことを「この野郎」、だなんて心の狭いことは思わない。


 すると、エンリコが言った。


「王太子殿下。誠に無礼ながら、殿下が図書館にいらっしゃり、伯爵令嬢と言葉を交わしながら地下の書庫へ降りて行かれるのを見るたび、早く伯爵令嬢をしあわせにして下さったらいいのに、と願っておりました」


 ショックである。


 事情をよく知らない第三者から見ても、わたしがアリサに参っていることが丸わかりだったんだ。


 わたしが一刻も早く彼女をしあわせにするよう、願わせるほど態度にでていたとは。 


 ということは、図書館のスタッフや司書、ほかの来館者の中にも気がついている人がいるわけで……、


 アリサだけが気がついていなかった、とか?


 微妙な気持ちである。


 そしてやっと、食事に移った。


 食事は、ティーカネン侯爵家の料理長が腕によりをかけた料理ばかりである。もちろん、大満足である。談笑しながら楽しくいただいた。


 とんでもない事件が起きたのは、デザートタイムになってからだった。


 この時間帯になってもまだ、隣のクースコスキ伯爵家で謹慎しているアリサの叔母夫婦がやって来ない。


 今回、ティーカネン侯爵家とプレスティ侯爵家両家からの招待のみ、ティーカネン侯爵家に足を運ぶことを叔母夫婦に許可を出している。


 わたしを警護する近衛隊のメンバーの一人に、様子を見に行かせた。彼らを見張る近衛隊に隊員に様子を尋ねて来てくれと命じたのである。


 そのメンバーの一人が戻ってきたという。


 アリサの様子をうかがうと、テラスのテーブル席でティーカネン侯爵家の料理長自慢の桃とカスタードクリームのタルトを前に思い悩んでいる。


 彼女のことだ。先日採寸した婚儀用のドレスが、タルトを食べることで太ってしまって入らなくなっては一大事と、食べるか食べないかを迷っているに違いない。


 そんなアリサもまた可愛らしい。思い悩み、迷う彼女も最高である。


 思わず、駆け寄って「いいんだよ。ドレスなんて、入らなければ手直ししてもらえばいい。大好きなスイーツを食べて、しあわせになってほしい」と抱きしめて告げたい。


 もっとも、彼女は痩せている。もっと太ってもいい。だから、そもそも思い悩む必要なんてない。


 彼女に駆け寄るのはグッとガマンし、声をかけずにその場を離れた。すぐに戻って来ると彼女に心の中で告げて。


 まさかその間に、とんでもないことが起るなどと思いもしなかった。


 クースコスキ伯爵家に様子を見に行ったメンバーによると、アリサの叔母夫婦は見張りの近衛隊の隊員にせっつかれ、ようやく重い腰を上げたらしい。


 もう間もなくティーカネン侯爵家にやって来る。


 じつは、アリサに叔母夫婦を呼んでいることはまだ話してはいない。


 悩んだ。それもかなりである。


 結局、彼女に告げることは出来なかった。


 これから行うことは、断罪である。一方的に罪を並べ、処断する。いや。処断するのは、ユベールら検察官や裁判官が後日行うことになる。


 しかし、わたしからも言ってやりたい。愛するアリサを苦しめたこと。なにより、アリサから両親を奪ったこと。もろもろの事実を突きつけ、謝罪させたい。


 それは、王太子としてではない。一人の男として、愛する女性の為にけじめをつけたいのである。


 だが、その愛する女性を傷つけることにもなる。愛する女性に、無慈悲で理不尽な現実をつきつけることになる。


 しかも、なんの予告もなく行うのである。

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