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侯爵家の子息たち

 ティーカネン侯爵家に到着した。侯爵家の使用人たちが、玄関の前で整列して出迎えてくれている。


 知らせを受けたのだろう。クリスティアーノが屋敷内から飛び出してくるのが、馬車の窓から見えた。


 彼の目的がわたしではなく、アリサであることはバレバレである。


 子どもの頃、ソフィア同様クリスティアーノにも何度か会っている。


 メガネをかけていて、背が小さく太っちょだった。


 彼は大人の前ではいい子ちゃんであるが、大人がいないところでは悪い子ちゃんだったらしい。


 まぁ、それは妹であるソフィアからきいたことである。だから、それがほんとうかどうかはわからない。すくなくとも、容姿に関してはちゃんと見て覚えているから間違いない。


 それがすっかりかわってしまっている。先日、執務室で会ったとき、一瞬だれかわからなかった。


 わたしがそうなのだから、アリサだって驚くのは無理はない。その美しい目を丸くするのは当然のことである。


 それにしても、バイオレンス系の書物ばかり読んでワルになりたかったクリスティアーノが、アリサの前では恋愛小説を好んでいて、彼女とその登場人物の真似をするごっこ遊びをしていたとは……。


 はやい話が、彼はアリサに合わせていたわけだ。


『やさしいところがあるのね。わたしに合わせてくれて、いい人だわ』


 アリサは口には出さなかったが、ぜったいにそんなふうに感動している。


 くそっ!クリスティアーノに差をつけられた気がする。


 その彼は、散々優越感をふり巻きまくった後に素知らぬ顔で謝罪をしてきた。


 だから、本音で応じた。もちろん、冗談という名の包み紙にくるんで。


 わたしの知らないところで、彼はアリサと共通の思い出を作っている。共感し、思いをわかちあっている。


 やきもちどころではない。小説風に表現すると、嫉妬の炎がわき起こっている。


 その炎で彼を焼き殺してやりたい。


 だが、そんなことをすればアリサに軽蔑される。嫌われてしまう。


「ああ、クリス。わたしは、彼女に関してだけは心の狭い男だ。それから、嫉妬深くて陰険だ。もう少しで、たったいまきみに領地没収の上国外追放を言い渡すところだった」


 だから、クリスティアーノにそうかぎりなく冗談っぽく返した。


 もしかすると、は真剣だったかもしれない。


 ちょうどいいタイミングで、ソフィアやティーカネン侯爵夫妻が挨拶にやって来てくれた。


 助かった。心底ホッとした。


 ソフィアと侯爵夫妻、それからクースコスキ伯爵家の執事のラファエロが挨拶をしてくれた。


 ラファエロは、カーラをのぞいてクースコスキ伯爵家で最後までアリサに仕えていた執事である。なんでも、父親が庭園師らしく、亡くなったアリサのご両親にかわってバラの管理をずっとしているとか。だから、現在も任せている。


 先日、図書館でアリサの叔父とケンカになった。その際、彼女の大切なバラを彼女の叔母と叔父が売却してしまわないよう、わたしが購入したのである。


 アリサは、ラファエロとの再会にも感動している。


 そんな彼女を見て、わたしもジンときた。


 とりあえず、屋敷内に入った。ティーカネン侯爵家の使用人が、近衛隊のメンバーを食事をするテラスの方に案内してくれるらしい。


 エントランスでは、プレスティ侯爵夫妻とその息子たちが待っていた。


 まずは、ユベールとサラの挨拶を受けた。そして、アマートとディーノの五人の兄さんたちである。


 アマートが近づいてきた。緊張気味のアリサに、よりいっそう不安を抱かせるような謎めいた謝罪をした。


 彼は、ソフィアへの行為のことをいまだに兄さんたちに許してもらえていないのだ。だから、今回も彼女をエスコートすることすら出来ないらしい。


 兄さんたちは、まずわたしに挨拶してくれた。それから、アリサに挨拶をした。


 いったい、彼らはいつの時代に生まれ、生きているんだ?って問いたくなるような古風な挨拶である。


 つまり、昔の騎士が王女様にするスタイルなのだ。


 これこそ、アリサだけでなく図書館の小さなレディたちがおおよろこびするような挨拶じゃないか。


 実際、彼女は美しすぎる顔に少女と見まがうようなうれしそうな表情を浮かべている。


 ここでもまた、してやられた感が半端ではない。


 クリスティアーノと違い、五人には悪意やいたずら心がまったくないから余計に厄介だ。


 あとで知ったことだが、古風きわまりない騎士時代の作法は、ユベール直伝なのだとか。若い時分、彼はそうしてサラの心を射止めたらしい。






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