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アマート受難

「アマートさん、やめてーーーーーーっ!」


 その金切り声は、生きてきた中で一番大きな声量だったかもしれない。


 もぐもぐと笑顔でタルトを咀嚼する彼を、ただ呆然と見つめるしかなかった。


 右手に握っているフォークが、あまりにも手持無沙汰すぎる。 


「最っ低!最低なやつだわ」

「わが子とは思えないわ。あなた、このバカ息子を勘当して下さい」

「ソフィア、母さん。い、いや、ほんと、悪気はなかったんだ。ほら、アリサが腹がいっぱいでタルトを食えずに困っていたみたいだから……」


 アマートのふるまいは、わたしにとっては暴挙といえる。その彼のあまりのふるまいに、思わず泣きそうになってしまった。さすがに涙を流すことはなかったけれど、いまにも涙がこぼれ落ちそうになってしまった。


 わたしの金切り声に、その場にいる全員がすぐに事情を察した。そして、離れたところで警護している近衛隊の人たちも何事かと飛んできた。


 王太子殿下も駆けつけてくれた。彼はわたしを見、悲し気なうめき声を発した。


 ごめんなさい、王太子殿下。殿下を悲しませたくなかった。悲しませたくなかったけど、タルトを食べることが出来なかったことは悲しすぎたのです。


 彼は、すぐにわたしを抱きしめてくれた。


 アマートは、全員に責められた。


「アマート、見損なったぞ。きみは、わたしのアリサを傷つけた。彼女を傷つけた愚か者の末路は、きみも知っているだろう」

「あ、いや、殿下。その、ほんとに、ほんとに、悪気はなくって……」


 アマートは、審問場に引き立てられた罪人みたいに狼狽している。


「ほんっと女心がわかってないわね。女性がスイーツを前にしたら、いろいろかんがえることがあるの。いろいろ悩むの。いろいろ大義名分を並べるの。いろいろ言い訳を準備するの。アリサは、タルトを前にそれらをしていたの。儀式みたいなものなのよ。それなのに、横取りするなんて。プレイボーイなんて気取って、笑わせるわ。何がジェントルマンよ。ほんっと最低」

「こんな子に育てた覚えわないわ。まったくもう、あなたはどこまで落ちれば気がすむの?母さんは、情けなさすぎて世間様に顔向けが出来ないわ」


 先程からソフィアとプレスティ侯爵夫人が、アマートをなじり続けている。


「そんな女心、わかるわけないじゃないか……」

「だまらっしゃいっ!あなたは、罪を犯したのよ」

「い、いや、母さん。それは大げさな。たかだかタルトを食って……」

「それが罪なの。まったく、デリカシーがないなんてものじゃないわね。女性の敵よ」

「ちょっと待てよ。ソフィア。きみは、おれの妻だろう?」

「だまりなさい。わたしは、まだあなたの妻じゃないわ」


 アマートが気の毒になってきた。だけど、今回はわたしも腹が立っている。


 ガブリエルにどんなことをされたり言われたりしても、腹が立つようなことはなかった。

 彼のことは諦めていたし、わたし自身のことも諦めていた。だから、何も感じないようにしていたからである。


 だけど、大好きな桃とカスタードのタルトを奪われ、目の前で食べられてしまったことは口惜しいし腹が立つ。


 わたしの感覚っておかしいかしら?


 そのとき、ティーカネン侯爵家の執事のクロードと制服姿の近衛隊の人がテラスにやって来た。彼らは、ティーカネン侯爵に耳うちし、すぐに出て行った。


「王太子殿下、義理の息子になるかもしれなかった・・・・・・アマートの処罰は後程ということで。あらたなゲストの到着でございます」


 ティーカネン侯爵の報告に、王太子殿下は一つうなずいてわたしに向き直った。


 というよりか、テイーカネン侯爵のいまの「義理の息子になるかもしれなかった」っていうのは、もちろん冗談よね?


 もしかして、ソフィアとアマートがわたしのせいで婚約破棄してしまう、なんてことないわよね?


 婚約破棄の理由が、「アリサのタルトを奪って食べたから」なんて悲しすぎる。


 それよりも、王太子殿下に心の狭い食いしん坊って思われたかもしれないわ。


 いまさらながら、恥ずかしくなってしまった。


「アリサ、ようやくわたしたちに関りのあるゲストが到着したらしい」


 だから王太子殿下にそう声をかけられ、驚きのあまり飛び上がってしまいそうになった。


 恐る恐る、彼と視線を合わせた。


 すると彼は、美貌に気弱な笑みを浮かべた。


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