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婚約破棄される朝

「アリサ、いたずらに時間がすぎてゆくだけだ。もうそろそろ潮時だと思う。婚約を破棄する。今後はおたがいに縛られることなく、ぼくはぼくの、きみはきみの、それぞれの伴侶と人生を歩めばいい」


 わかっていた。婚約を破棄されることを。


 だから、婚約破棄を告げられても、「ああ、ついに」というくらいで衝撃を受けたほどではない。


 それに、彼がわたしを愛していないのとおなじように、わたしも彼を愛していない。


 彼とわたしは、幼馴染。だから、当たり前のように親どうしがそう取り決めただけのこと。


 たったそれだけのこと。


 それだけのことなのよ……。


 

 その日の朝、目が覚めたときから心のどこかに虫の知らせのようなものはあった。というよりかは、ついにこのときがきたのかもしれない、と複雑な気分になった。


 いつも起きるとすぐ、部屋の窓を開ける。


「おはよう」


 窓のすぐ前にクースコスキ家自慢の大樹があって、朝はその枝で小鳥たちの集会が行われる。


 窓を開け、いつものように小鳥たちに挨拶をする。


 小鳥たちは、楽しそうな囀りで挨拶を返してくれた。


 そのタイミングでドアの扉がノックされるのも、いつものことである。


「どうぞ」


 応じると、メイドのカーラが入って来た。


 彼女は、ブロンドのサラッサラの髪に同色の瞳を持っている。彼女が街を歩けば、男性女性関係なく振り返って見てしまう。それほど美しい女性である。外見が美しいだけではない。社交的で思いやりがあって強くって、なにより明るい。


 まさしく、淑女の中の淑女。


 顔に火傷の跡があるばかりか、暗くてひきこもりがちなわたしとは真逆の存在といえる。


 もちろん、彼女はメイドとしても優秀であることはいうまでもない。


「お嬢様、おはようございます」

「カーラ、おはよう」

「旦那様も奥様もまだ休まれていらっしゃいます。お二人とも昨夜はずいぶんと遅くお戻りでしたので、お昼過ぎにお目覚めになればいいところでしょうか」

「ええ、カーラ。どこかで賭け事をされていたんでしょう。最近は、すっかり夢中のようですものね」

「旦那様も奥様も、賭け事はすぎればよくありませんよね」

「そうね。でも、わたしは何も言えないわ」

「お嬢様。こんなことを申し上げるのは心苦しいのですが、旦那様も奥様も後見人としての責務を果たしていらっしゃいません」

「ええ、そうね」


 彼女は、いつものように憤っている。そう言いながら、鏡の前に座るよう手で示してきた。


 一日の内で一番最初に嫌な思いをするのが、鏡の前に座って髪をブラッシングしてもらうことである。


 カーラもそのことを知っている。だから、いつも面白い話をしてわたしの気をそらし、あっという間にブラッシングを終えてくれる。


 叔母様と叔父様は、後見人としてわたしの面倒をみて下さっている。クースコスキ家を守って下さっている。


 頭ではわかっている。わかってはいるけれど、彼女たちのしていることはカーラの言った通り後見人としての責務を果たすこととは全く真逆のことである。


「さあ、お嬢様。朝食になさってください。図書館に遅れますよ」

「ありがとう、カーラ」


 彼女は、いつも通り黒髪の左半面を覆うように整えてくれた。


 これは、子どもの頃に顔面に火傷を負って日常生活を送れるようになってから、ずっと続けてくれている髪型である。


「お嬢様。王太子殿下は、本日も図書館にいらっしゃるのですか?」

「ええ。殿下は、ほんとうに勉強熱心でいらっしゃるわ。だからこそ、優秀な外交官として近隣諸国にまで名を轟かせていらっしゃるのね」


 朝起きたときに虫の予感のようなものはあった。だけど、今日は王太子殿下が図書館に来館される。それをかんがえると、そんな予感は頭と心の中からすっかり消え去ってしまっていた。






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