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Summer Xmas

作者: 足繁く通う

この話は元々マンガ用に考えてたものです。

ですが絵を書く時間もとれず、せっかくなので小説として興してみました。


拙い文章ですみませんが最後まで読んでくれると嬉しいです。

「暑い・・・」


うだるような暑さの中、歩いてるうちにそんな言葉を何度呟いたか覚えてない。

俺こと西風涼にしかぜ りょうは普通のアパートで一人暮らししている大学生だ。


大学は夏休みに入り、サークル活動に勤しむリア充どもはこぞって海だのキャンプだのとみんなで旅行に行こうと話していた。


そんな中、俺は休み前の単位を落とし大量の課題を押し付けられ、それを片付けるのに大学生にとって貴重な夏休みの時間を費やしていた。

そんな休みもいよいよ終盤へと差し掛かり、最後の追い込みをかけているとき不幸が起こる。

俺の家のエアコンが壊れてしまったのだ。


さらに追い討ちをかけるようにその日は気温30度を超える猛暑日。

俺はもはやサウナと化した我が家から残りのレポートを持って抜け出して、家から歩いて15分くらいにある図書館を目指し歩いていた。


「あぁ・・・アイス食べてぇ・・・・・・キンキンに冷えたラムネでもいい・・・・・・」


そして家を出て早10分、すでに服は汗でぐっしょり濡れ、それが肌にくっ付き気持ち悪い。

道路からはゆらゆらと陽炎が立ち上り、まさに真夏といった具合だ。他に人はおらず、この猛暑の中で今出歩いてるのはきっと自分しかいないのだろう。


「それでも、もう少しだ・・・あと、もう少しで天国に・・・・・・」


だがそれもあと少しの辛抱だった、目的地である図書館にさえ着けば、空調の整った室内で残りの課題を片付ける事が出来る。

そう思い俺は気力を振り絞り、さらに歩くとついにそれが見えてきた。


「つ、着いたぁ・・・・・・!」


早くこの暑さから逃れるため中に入ろうとするが、不思議なことにいくら待っても入口である自動ドアが開かない。

よく見るとドアの上に張り紙が貼ってある、そこに書かれていたのは残酷な現実だった。


『本日、エアコン故障により閉館』


「マジかよ・・・・・・!」


俺の心境は一気に天国から地獄へと堕ちた気分だった。

馬鹿暑い中、苦労してここまでやって来たのに図書館というオアシスの入口には閉館という絶望の文字。

この世に神はいないのだろうか、いたらこの状況をなんとかしてほしい。そう嘆くも何も変わる事はない。


「こ、このままじゃ・・・死ぬ・・・・・・。どこか、他に入れるとこないか・・・!?」


周辺で代わりになる建物内がなかったか思い返すも、この辺はほとんど住宅街だ。

コンビニやファミレスといったものは図書館に来るまでの道のりと反対方向にあり、向かうにもまた時間が掛かってしまう。

今の俺は限界が近くとてもそこに向かうまで耐えられそうにない。


「それか自販機でも良い・・・!? 何か冷たい物を・・・・・・」


辺りを見回し自販機を見つけるも『つめた~い』と書かれた飲み物は全て売り切れていた。残ってるのは『あったか~い』と書かれた缶コーヒーのみ。この暑さでそんな物飲んだら死ぬ自信がある、飲めるわけない。


「ふっざけんなぁぁ・・・・・・!」


最後の望みを断たれたかのようにその場で力無く項垂れる。このままでは本当に熱中症で倒れてしまうだろう。

今、倒れても人っ子一人出歩いてないのだ。誰も助けてなんかくれない。


「だ、駄目だ・・・こんなとこで倒れちゃ・・・・・・まだ俺は可愛い女の子と付き合うまで死ねないんだ・・・」


低俗なことを漏らしながら、なんとか来た道を戻るためにその足を動かす。だが体力は尽きかけており、その一歩一歩の足取りが重い。

少しでも暑さを和らげるために日陰がある道を進んでいると不意に辺りが冷たくなった気がした。


「・・・あれ、何か涼しい・・・・・・?」


最初はいよいよ俺の中で暑さがオーバーフローしたかと思っていたが、気のせいではなかった。明らかに周囲の気温が下がっているのだ。


「そういや・・・ここ、何かおかしくね?」


さらに気付くと歩いてる道に見覚えがなかった。

図書館周辺の地理にそこまで詳しいわけではないが、こんな道は通った覚えがない。少しでも日陰がある道を歩いてたら変なとこに出てしまっていた。


「てか、この辺こんな家なんかあったっけ・・・?」


住宅街を歩いてたはずが、辺りの家屋は何処となく古い。テレビ等で見た『昭和特集』みたいな雰囲気が辺りにあった。

家の中からも人の気配は感じず、またさっきまで聞こえてた蝉の鳴き声すら今は聞こえない。


ふと空を見上げると、さっきまで直射日光という殺人光線を容赦なく降り注いでいた太陽はいつの間にか雲に隠れてしまっている。

そのまま空を見てると、何かが降ってきているのに気付いた。


「・・・何だ、あれ?」


ヒラヒラと舞うようにそれは降りてくる。やがて目の前に降りてきたそれは俄に信じられないものだった。


「雪・・・!?」


信じ難いことに空からは季節外れの雪が降ってきていたのだ。それを手のひらで受け止めると体温で解け、水へと変わっていく。

まさしくそれは雪そのもので間違いない。


「嘘だろ!? 今8月だし、今日なんか30度超えてんだぞ? つかどんどん寒くなってきた!?」


驚いているとさらに気温が下がっているのを感じる。

一気に20度くらいは下がったのではないか、先ほどまで汗で濡れていた服が今は冷えきっている。

このままでは下手したら風邪を引いてしまう。俺は寒さで震える腕を摩りながら今の状況について考えていた。


「ありえねぇ・・・この寒さ絶対おかしい! もしかして、ここが変なのか・・・・・・?」


もしかしたら俺は変な世界に入り込んでしまったのかもしれない。そんなファンタジーじみたことを考えてしまう。

すると突然俺の後ろから声が聞こえてきた。


「・・・ちょっと、こんなとこに人間が入って来てるじゃん。何で!?」


「!」


俺は声がした方に振り向く。そこには1人の少女がいた。

少女の姿は夏という季節にはあまりにも場違いな格好をしており、首にマフラー、さらにはコートのような服を羽織り、頭には大きな帽子をかぶっている。

俺よりは背が低く年齢も若そうに見えるがどこか普通の人とは違う気がする。そんな可愛らしい少女が俺を見ていた。


「ここは人間が入って来れる領域じゃないはずでしょ!? あんた何者よ!」


ズケズケと少女は俺にそんな事を言いながら近付いてくる。


「し、知らねぇよ・・・気付いたらここに居たんだよ・・・・・・」


他に何も思いつかないので俺はありのままの今の状況を説明する。そうすると少女は考え込み一人で何か納得しているみたいだった。


「あー・・・無意識で歩いてたらここの領域内に入っちゃったってわけね。たしかにそれなら人間でも有り得るかも・・・・・・」


「えーっと・・・その、領域って何のことだよ?」


「それはこっちの話だから、今考え事してるからほっといて」


「・・・」


事情を知ってそうなので気になった単語について聞いてみるも少女は俺の相手をしてくれない。やがて少女が再び俺を見ると何やら手招きした。


「まぁこの際いいや、あんたどうせ暇でしょー? なら私のこと手伝ってよ」


「え?」


目の前の少女が急に手伝ってほしいとお願いしてくる。

俺は返事に困ってしまう。見ず知らずの奴にいきなりそんな事言われても警戒して当然だろう。内容も聞かずに手伝いますと返せるわけがない。


「急に手伝ってって言われても・・・何を? というかお前は何者なんだよ? 夏なのに雪降ってる、この状況と関係あるのか!?」


空からは相変わらず雪が降ってきている。さらに気温も下がり、今の状況が続けば雪も積もり始めるだろう。


「うーん、人間ってイチイチ誰がどうとかそういうの気にするのねー。それは失礼、人間の常識ってのには疎くて」


そうすると少女はまるで自分が人間ではないかのような口ぶりで言う。

まともに話をする気になったのか、自己紹介しながら彼女は頭の帽子を脱いだ。

そこにあったのは、光り輝く輪っかだった。


「改めて自己紹介するわ。私の名はミカエル、見ての通り天使です。よろしくねー」


「・・・・・・へ?」


天使を名乗る少女はすごく軽い感じで自己紹介してきた。俺はそれを理解するのに時間が掛かってしまう。

今、この目の前の少女は何て言った? 天使? それに輪っか!? あまりにも信じられない事の連続だった。


「て、ててて天使ぃっ!?」


「そう言ってるじゃん」


「そ、そんなの信じられるか!? 天使なんて、空想の存在だろ!?」


「えー分かりやすく頭の輪っかも見せてるのに・・・・・・なに? どうせなら羽も生やせっていうの? あれ結構疲れるんだけど」


「ほ、本当に・・・お前、天使なのか・・・・・・?」


「だから天使だって、しつこいわよ」


「天使って、こんななのか・・・・・・なんかイメージと違う」


「アンタさりげなく失礼な事言ってない?」


信じ難いことに本当にこの少女は天使らしい。時間が掛かったがようやく目の前の出来事について俺は飲み込めた。

しかしなぜこんな所に天使が居るのだろう。気になる事はまだまだあるのでそれを聞いていく。


「お前が天使だとしてこんなとこで何してるんだ? 普通天界とかに居るもんじゃないのか」


「事情があるのよ、事情が・・・はぁ」


痛いとこを突かれたのか少女はため息をつく。何やらやむにやまれぬ事情があるらしい。


「俺に手伝ってほしい事が、それと何か関係があるのか?」


「そうよ・・・・・・しかもそれが上司の尻拭いってなると私1人じゃ面倒くさくて、それ以上詳しい事情が知りたかったら私について来て」


「・・・分かった」


俺は少し悩むもこのままではここから出られるのか分からない。仕方なく少女に同行する事にする。

しばらく歩くと神社だろうか、古ぼけた鳥居が見えてきた。


「ここよ」


少女が鳥居をくぐり中に入っていく、俺もそれに続いて入るとそこには管理してる人はいないのか朽ち果てた神社があった。


「ここ・・・神社だよな? 図書館の近くにこんなとこにあったっけ?」


記憶を頼りに図書館周辺の地理を思い出す。こんな廃れた神社はなかったはずだ。


「人間の住んでる世界とは違う場所にあるのよ。恐らくアンタ以外の人間がここに来たことはないと思うわ」


「違う場所って・・・・・・これまたどういう事だよ?」


「・・・あんた、『迷い家』って知ってる?」


質問に質問を返すように少女から『迷い家』について聞かれた。『迷い家』という言葉自体は聞いたことはあるが朧気な知識しかない。


「聞いたことはあるけど・・・何だっけ? 山の中にある家で見つけたら金持ちになれるとかだったような・・・・・・」


曖昧な言い方だったが、それであっていたようだ。少女が俺の言った内容に頷く。


「そういった場所を人間は『神域』と呼んでるらしいわね。普通の人間ではまず立ち入る事が出来ない場所がそういうとこ、まさに今アンタがいるここになるわ」


「え・・・、じゃあ俺今すごい体験してるんだな」


「天使に会った時点ですごい体験してると思うけど・・・続けるわね。『神域』は基本的に人間を遠ざけるように出来てるわ。まぁ野生の動物が入ったりする事はあるけど、アンタみたいな人間が『神域』の領域内に入ってくる事なんて滅多にないんだから。マジふざけてるわ」


「俺が悪いみたいな言い方されても・・・・・・」


「悪いわけじゃないけど、中には人間にとって危険な場所もあるのよ。それで行方不明になったりするのを人間達は『神隠し』って言うんでしょ?」


「は? そんな危ないのか、ここ!?」


「ここは比較的安全な方、今は私も居るし大丈夫、アンタが神隠しになる事はないわ」


そんな話をしながら神社の境内を歩いていくと、奥には立派なご神木があった。神社自体は風化してるが木々はどうやら今でも成長を続けているのだろう。

その上に何か光り輝くものがあった。それは今もまだ降ってる雪も相まってまるでクリスマスツリーのように見える。


「よく見ると木の上に、何か乗ってないか?」


「あれを回収するのが私の仕事よ・・・随分高いとこにあるわね」


ご神木のてっぺんにあるものを見て少女はまた面倒くさそうにため息をついた。どうやらこの木の上にあるのが今の状況の原因らしい。


「あれは一体、何なんだ?」


「あれは私たちの間で『冬の結晶』と呼ばれるもの。アンタ、四季って分かるわよね?」


「さすがに分かる。春夏秋冬だろ」


「そうね。じゃあそれがどのように移り変わるか分かる?」


「えっと・・・・・・自然現象というか気候の変化?」


「まぁ人間たちの認識じゃそうよね。でも本当は違うわ」


「違う?」


「あんた達が四季と呼ぶものは私たちの上司、創造神様がこの世界に与えた・・・俗に言う『システム』よ」


「システム!?」


「そう。春、夏、秋、冬、それぞれの時期になると創造神様が天界からその事象を司る『結晶』を地上へ落とし、すべての生き物に環境の変化と恵みを与えるの。あんたも1度は考えたことあるんじゃない? なんで過ごしやすい季節がそのまま続かないのかって」


「春とか続けばいいなとは思ったら事あるけど・・・・・・何でその、創造神様はそんな事するんだ?」


「さっきも言ったけど変化と恵みを与えるためよ。人間は季節ごとにイメージというものがあるでしょ? 例えば出会いの季節、別れの季節だったり。そういった変化は環境が変わらなければ起こりえない。ひいては生き物の成長を促すのを止める事になる。だから四季というシステムがこの世界に必要なのよ」


「それは・・・分かったけど、じゃあ今はなんで夏であるはずなのに雪が降ってるんだ?」


「恥ずかしいから本当は言いたくないけどね。創造神様も結構いい歳なのよ・・・ボケて地上に間違った四季の結晶を落としちゃったの・・・・・・だからあれだけもう隠居しろって言ったのに! 私たち若者に任せなさいっての」


「そんな理由で・・・・・・てか若者って、ミカエルだっけか。お前何歳なんだよ」


「ミカでいいわよー。まだたった3000歳よ。というか女の子に年齢とか聞く普通ー?」


「あっ、その、悪い・・・」


「なんか謝られると釈然としないわね」


この少女、改めミカが言う事は俺にとってあまりにも衝撃の連続だった。天使がいるなら神様も居ておかしくない。創造神というものがこの世界の四季を管理してるのだという。

だが肝心の創造神はボケ始め、今回誤って夏と冬の結晶を一緒に地上に落としてしまったらしい。

そのためここら一帯だけが雪が降り、夏とは思えないほど寒くなってるのもそのためだそうだ。


「幸い地上に落ちた『冬の結晶』はあそこにある1つだけ。落とされた結晶は神域内で密かにその役目を果たし、あんた達人間の住む世界に変化をもたらすの。1つだけだから神域内の被害だけで済んでるのよね・・・」


「聞けば聞くほどスケールの大きい話だな。それで俺に何を手伝えっていうんだ?」


そう聞くとミカはニッコリ笑う。何やら雲行きが怪しい。


「アンタがこの木、登って取ってきて」


「えぇ・・・飛んで回収したりしないのかよ?」


まさかの俺に取って来いという無茶ぶりが来た。

天使なら羽を出して自分で取ればいいのではないか。


「さっきも言ったけど羽生やすのって疲れるのよ。天界も今のトレンドは省エネだからねー。極力仕事も最低限で済ませたいの」


「天界って結構俗っぽい所なのな・・・・・・天使の口からトレンドとか聞きたくなかったわ」


「人間達が天使にどんなイメージ持ってるか知らないけど、あまり期待しないでよ。やれる事はそんな変わんないんだから」


あまりの事実に俺は愕然とする。天使ならもっとこうなんかすごいもの無いのかと思う。


「天使独自の特殊能力とか・・・無いの?」


「頭に付いてる輪っかは支給品で周りが明るくなるくらいの効力しかないわ。このマフラーもアームの代わりになるから重い物運んだり出来るくらいね。あと服は普通に服よ、まぁ人間の着る服とは違って汚れないし体温も調節される優れものだけど」


「天使って使えねぇ・・・」


話をする度に天使のイメージが崩壊していく。それかこの天使はただ自分でやるのが嫌なだけなのかもしれない。


「ほら、いいから早く早く」


「分かったよ・・・登ればいいんだろ、登れば」


仕方なく俺は言われた通り木を登る事にする。ご神木に登るなど正直バチあたりでしかないだろう。

出来れば天罰がこの駄目天使に下るよう願いながら俺は登り出した。


「よっと・・・久々だけど案外やれるもんだな」


木の凸凹部分を掴み、そこに足を掛けて器用に登っていく、木登りなど子供以来やってないが案外登れるものだ。


「人間ー頑張ってー」


「こいつ・・・」


ミカから心無い応援を受けながらも俺はなんとか枝が生えてる上部分にたどり着く。枝の間をかき分けてさらに登ると無事『冬の結晶』がある頂上に着いた。


「ほれ、もうすぐ取れるぞー」


さっさと済ませようと『冬の結晶』に手を伸ばそうとする。

そのとき下からミカの焦った声が聞こえた。


「嘘・・・・・・さっきまで気配なんてなかったのに。アンタ、危ないから急いで戻るわよ!」


「え?」


一体何を焦っているのか。思ってるとふいに気配を感じる。

それは神社の本殿らしき場所からだった。

何やら生き物の気配がする、それはゆっくりゆっくりと中から這い出て来ていた。


「私がアンタを受け止めるから急いで降りてきて! じゃないともろとも喰われるわよ!?」


「喰われるって何!? そんなヤバいのが居るのか!?」


「いいからとにかく、急いで!」


ミカに急かされて俺は『冬の結晶』を掴むも、あまりの冷たさに手を離してしまう。

『冬の結晶』ということは冬そのものではないのだろうか、それは触れた瞬間に手が凍りつくようなキンキンに冷えたものだった。


「ちょっと、何してるのよ! 急いでって言ってるでしょ!?」


「取ろうとしたけどこれめっちゃ冷たいんだよ!? 聞いてねぇぞ!」


「そりゃ言ってないもの!」


「言えよ!?」


不毛なやり取りをしてるうちに不穏な気配がさっきよりも近付いてくる。あと少しで本殿からよく分からない何かが出てくるのだろう。


俺は覚悟を決めて、上着をすべて脱ぎ、そしてそれで包むように『冬の結晶』を回収した。服越しでもそれは恐ろしく冷たいがなんとか抱えることが出来そうだ。

そしてすぐに木の上から飛び降りる。枝がところどころ身体を引っかき血が出るが今はそんな心配してる場合ではない。

勢いよく飛び降りたがミカのマフラーによって支えられ無事に降りる事が出来た。


「さ、サンキュー!」


「いいから急いで! 早くこの神社から出るわよ! アンタの匂いに反応してるわ!」


走ろうとした瞬間、この世の生き物とは思えない雄叫びが聞こえてくる。つい声がした方を見てしまう。

そこに居たのは見るも恐ろしい化け物。


『ぃいいぃいいあぁああああぁあぁあああ!!』


「な、何だ・・・あれ!?」


「人間は見ない方がいいわ! 走って!」


それは大きさが5mくらいある、蜘蛛と赤ん坊が混ざったような異形の存在だった。

身体の肉は一部腐り、複数の目と大きな口、獲物を求めるようにだらりと腕を伸ばし、それに捕まれば間違いなく丸呑みにされてしまうだろう。

俺は一目散に走り出した。


「うわぁぁぁ!?」


「こっちよ!」


『いぁあああぁあああぁぁあぁあ!』


化け物が迫ってくるスピードも早い。俺はギリギリのとこでミカに手を引っ張られ、神社から出ることに成功する。

化け物は鳥居の外には出られず、こちらを恨めしそうに見ていた。やがて諦めたように本殿に消えていく。

あと一歩遅ければ俺は死んでいただろう。


「はぁ・・・はぁ・・・なんだよ、あれ・・・・・・」


「あれは『堕ち神』よ」


恐怖に震えているとミカがあの化け物について語り出した。


「信仰を無くした神の成れの果て。かつては人間と共に世界を守護する存在だったけど、あぁなっては獣も同然。信念は怨念に変わり、領域に入った生き物をただ喰らうだけの存在、今となっては天界にも帰れない哀れな存在よ・・・・・・

堕ちたとしても仮にも神だから私1人じゃ手に余るわ。神社の結界が生きてて助かったわね」


あの化け物は彼女でもどうにか出来るものでないらしい。

危うく一緒に殺されるとこだったのだ。


「そんなのも、居るなら・・・言っとけよ!」


「私も『冬の結晶』の事で頭が一杯で、それまで気配も無かったから警戒してなかったわ・・・・・・その、ごめんなさい!」


本当に予想外の事だったらしくミカは素直に謝罪する。


「いや、俺も強く言いすぎた・・・悪い」


酷い目にはあったものの目標は達成出来た。

俺はミカに上着で包んでいた『冬の結晶』を渡して服を着直す。

必死で走ったせいか冷えてた身体は温まっていた。


「ほらよ、これでOKだろ?」


「うん、ありがと・・・」


ミカが有難く『冬の結晶』を受け取る。最初からこれぐらい素直だったら可愛げがあるんだが、気にしない気にしない。


「じゃあ後はアンタを領域の出口に案内するわ。でもその前に・・・」


ミカが俺に触れると身体が光り出した。光りが収まると飛び降りた時についた傷が綺麗に無くなった。


「よし、これで大丈夫。アフターケアはしっかりと、ね」


「・・・」


「ん? 何、私のこと見直した? いやー照れるなー」


「・・・ちゃんとした特殊能力あんじゃん!!」


「ごっめ~ん☆」


「うぜぇ・・・」


最後の最後まで彼女に呆れるも、二人の別れの時間がやって来た。


「この道を真っ直ぐ行けば元の場所に出られるわ。あとアンタはしばらくこの辺に近付かない方いいわよ」


「近付かない方いいって、どういう事だ?」


「あの『堕ち神』がアンタの血の匂いを覚えた可能性があるの。そういった者はまた狙われる危険があるわ」


「マジか・・・しばらく図書館行かない事にするわ」


またあの化け物に襲われると思うと恐怖でしかない。あの化け物の姿は今夜夢に出てきそうだ。


「一応だけど、アンタから『堕ち神』を見た記憶を消す事も出来るわよ? 私の事も忘れちゃうけど・・・」


「いや、遠慮しとく。忘れたらまた来ちゃいそうで怖いし」


「そう、ね・・・じゃあ最後に私からお礼よ」


「お礼って、何を」


次の瞬間、彼女の顔が俺に近付いてきたと思ったら頬に柔らかな感触を感じた。

その感触の正体に気が付くと次第に俺の顔は赤くなっていく。そんな俺を彼女は悪戯が成功したかのように笑っていた。


「なっ! なな・・・・・・!!」


「ふっふ~ん、私からの特別手当よ? 有難く受け取ってね」


「きゅ、急にするな! ビックリするだろうが!?」


「チッチッチッこういうのはいきなりやんないと駄目なのよ」


「あのなぁ・・・・・・!」


きっとこの少女には何を言ったって無駄だろう。どうせもう会う事もないのだ、諦めて最後の別れを告げる。


「今日起きた出来事は俺にとって信じられない事だらけだったけど、その・・・・・・こう言っちゃなんだけど、楽しかったよ」


「あんたも人間にしては見込みがあったわよ。天使に見込みありだなんて言われるのは誇っていいからね」


「誇っても誰も信じねぇよ!」


「それもそうね!」


最後に互いに笑い合うと、彼女は背中から羽を生やし空へと浮かぶ。その純白の羽はまさしく天使だった。


「はぁー・・・天界に戻るためといえやっぱ羽出すのしんどいわー」


「いや、今すごいお前天使っぽいぞ。出来ればずっとそのままでいてくれ」


「嫌ですー、もう帰って寝まーす」


「本当に最後までお前は・・・天使っぽくない奴だったよ」


「あんた達人間は天使のイメージを変えるべきよ。勝手に美化してるのはそっちの方なんだから」


「はいはい、分かったよ」


「真面目に聞く気ないわね・・・じゃあね人間! というかアンタの名前聞いてなかったわ」


「今さらかよ!?」


「人間、最後にアンタの名前教えて!」


「分かったよ・・・・・・西風 涼、リョウって覚えてくれたらいい!」


「分かったわ! じゃあバイバイ、リョウ!」


そう言うと彼女は大空に羽ばたいてく。やがてその姿は雲の中に消え、見えなくなった。


「機会があったら遊びにこいよ・・・・・・」


俺も振り返って歩き出す。そしてしばらくすると辺りは見知った街並みに戻り、気付けば夕方で昼間より少しは涼しい。

もう雪も降っていない。今日起きた忘れられない出来事を胸にしまって俺は帰路についた。






それから数日後・・・・・・・・・





「あれからエアコンも直った、課題も何とか終わった・・・・・・」


「あははははっ! 何よそれ超有り得ないんですけど!」


「夏休みも残り数日、せっかくだからどこか出掛けようと思ったそんな矢先に・・・!」


「本っ当漫画って面白ーい! マジウケるわー!」


「何で、お前が、俺の家に居るんだよ!?」


「うぇ?」


ミカが俺の家に入り浸っていた。彼女は来るやいなや勝手に人の家に上がり込み、ゲラゲラ笑いながらテレビを見て、漫画を読み、さらには俺が買ってきたお菓子をつまんでいた。


「えー? だって、リョウが遊びに来いって言ったんじゃーん?」


「言ったけど、それはお前が飛び去った後に言ったからね!? 何で聞こえてんの!?」


「エンジェルイヤーは、地獄耳ー!」


「うぜぇ! この天使ほんとうぜぇ!?」


せっかくお別れをしたというのにこの天使は・・・・・・

あの別れは一体なんだったのか。俺は頭を抱える。


「大丈夫? 頭痛いの? また回復したげる?」


「いや、いい・・・・・・」


「じゃ、またチューする?」


「そ、それもいい!」


思い出してしまうとまた俺の顔が赤くなる。これ以上相手にしてられない。

いたたまれなくなった俺は外に出ようとすると彼女が声をかけてきた。


「ねー、どっか行くのー?」


「コンビニだよ、言っとくけどついて来るなよ」


「えぇー良いじゃーん、ケチー」


「夏なのにそんな格好してる奴について来てほしくないんだよ!」


彼女の格好は相変わらずコートにマフラー、頭には天使の輪っかを隠すための被り物をしている。

そんな彼女の姿は傍から見ればとても暑苦しい。

もし一緒に居るのを見られでもすれば『なんだアイツら・・・頭おかしい』と思われるのは確実だ。


「じゃあ、プリンっていうの買ってきてー! 私食べた事ないのー」


「お前は本当自由だな!? つーかこんなとこ居ていいのか!?」


「有給申請したから大丈夫ー」


「天界にも有給あるんだ!?」


「まぁ、それはそれとして・・・またちょっとお願いしたいことがあるんだ」


「なんだよ改まって・・・・・・まぁ言うだけ言ってみろよ」


「んーじゃあ外に出てみて」


「はぁ?」


言われるがまま外に出る、外は夏らしく照りつける太陽に高温、そして舞い散る紅葉・・・・・・。


「相変わらず夏だなぁ、と思ったら紅葉!? これって、もしかして・・・・・・」


「うん、今度は創造神様『秋の結晶』を地上に落としちゃったの。しかも落とした結晶も1つじゃなくて、そのせいで神域だけじゃなく人間の住む世界に現在進行形で影響が出ちゃってて・・・・・・」


「もうその神様、早く隠居させろよ・・・」


「ご最もです・・・・・・」


ミカが申し訳なさそうに頭を下げる。

何だかんだ俺の家でだらけているのは、そんな上司に振り回されてるせいなのかもしれない。


「・・・分かったよ! 手伝えばいいんだろ手伝えば! 残りの夏休みで終わらせてやる! 行くぞミカ!」


「やたーありがとうー ! 今回はさすがに1人で回収しきれないから助かるわー! 終わったらチュー以上の事してあげるね!?」


「い、いやいいから! 別にそれ以上のもの求めてないから!?」


「遠慮しないで! しょーがない、先払いでいいから!」


「ギャーっ! 服を脱ごうとするな! は、早く行くぞ! 夏休みあと5日しかないんだこちとら!」


「あーん、待ってー!」


こうして俺の騒がしい夏休みはまだ少し続くのである。


おしまい

最後まで読んでいただきありがとうございます。

また機会があれば何かしら書いてみたいと思うので、そのときはよろしくお願いします。

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