5 兄弟と兄妹
「はあー……休日最高」
今日は日曜日。探偵事務所も完全に休業日で、怪我も完治した私は久しぶりに休日を満喫しており、意気揚々と両手に戦利品を持って町中を闊歩していた。
「あー、なずな様の限定コラボグッズ、まさか手に入るとは……今日の私ついてる」
このグッズが発売された頃、前の会社でさんざん上司にいびられて若干鬱になっていたこともありすっかり予約注文するのを忘れてしまっていたのだ。なずな様のことを忘れるとか本当に馬鹿。そして忘れさせた前の会社本当に最悪。
アイドルショップを何件もはしごして、気がついたらもうお昼だ。お腹も空いてきたし、私は通りがかりにあったファミレスに足を運んだ。
「うわ、混んでるな……」
ちょうど時刻は十二時半を回ったところで、店内は順番を待つ客でいっぱいだった。予約表にずらっと書かれた名前を見て別の場所に行こうかと考えていると、不意に「あ!」と何処からか妙に聞き覚えのある声が聞こえて来た。
顔上げるとやはり、とても見覚えのある顔と目が合った。
「瀬名ちゃん! 偶然だね」
その顔――陽太君は片手に空のグラスを手にしており、ちょうどドリンクバーを取りに来たタイミングらしかった。
「瀬名ちゃんもご飯食べに来たの?」
「うん。とはいってもこの混みようだから別の所にしようかと思ってるけど」
「じゃあ僕たちの席においでよ! 未来ちゃんと一緒に来てるからさー」
「は? いやいやいや、流石にデート中のところに割り込む気はないよ」
「大丈夫、未来ちゃんもきっといいって言ってくれるから!」
いや社交辞令でいいと言われても肩身狭すぎるんですが。腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていく陽太君の力が思いの外強くて、私はそのまま引き摺られるように彼らの席へと連れて行かれた。
「未来ちゃん未来ちゃん、瀬名ちゃんが居たから連れてきちゃった」
「え?」
「だから陽太君、」
「お店混んでるし相席でもいいよね? あ、飲み物取ってくるの忘れてた」
もう一回行ってくるねー、と私を驚く未来さんの隣に座らせた彼はさっさとその場を離れていってしまう。……そうして残ったのは、絶妙に気まずい空気である。
「あの、竜胆さん」
「あ、すみませんすぐに立ち去りますので」
「え? いえ、それは全然いいんですけど……」
「でもデート中でしょう? 流石にそんなところに邪魔するつもりはないというか」
「邪魔なんてとんでもない。元々私が一人で買い物に行こうとしたところにあいつが勝手についてきただけですし」
むしろあいつが無理矢理引っ張って来てすみません、と未来さんは軽く頭を下げてくる。ちらりと彼女を軽く観察したが、本当に申し訳なさのような色しか見えない。
……こうやって気軽に人の心を覗くのはあまりいいことではないのだろうが、勝手に見えてしまうものを無視するのは難しい。
「メニューどうぞ」
「あの、本当にいいんですか」
「勿論です。私もあいつと二人で喋るの面倒になって来てたので」
「……」
淡々と言い放った言葉に「この二人本当に付き合ってるんだよね? 陽太君が一方的に彼氏面してるだけじゃないよね?」とまた疑いたくなって来る。夕さんは肯定していたが、実際夕さんが二人の様子を目撃出来るわけもないのでちょっと怪しくなって来たぞ……。
「はい瀬名ちゃん、ついでにお水持ってきたよ」
「あ、ありがとう。ちょっと店員さん呼ぶね」
まあ何にせよあまり長居するのもあれだろうと、私はさっさと注文を決めて店員を呼ぶ。今日は和食定食の気分だ。魚が食べたい。
注文を終えるとほぼ同時に二人の前にドリアとハンバーグが置かれ、少しこちらを窺った未来さんに当然食べるのを促す。
「未来ちゃん、瀬名ちゃんはどう?」
「どうって」
「何処かの誰かとは違って常識的でいい人だと思う」
「えー、常識的かなあ。この前も仕事で瀬名ちゃん大騒ぎして」
「陽太君ちょっと黙ってもらっていい?」
ほぼ初対面の人間の前でオタクであることをカミングアウトしないでもらいたい。あの時は隠しきれずに夕さん達には開き直ったが、本来はそんなに大っぴらにしたい訳じゃないのだ。
「僕ね、瀬名ちゃんと未来ちゃんは絶対に仲良くなれそうだなーって思ってるんだ。何しろ未来ちゃんは――」
「あんたは黙ってご飯食べなさい」
何か思いついたように笑みを浮かべた陽太君を未来さんがぴしゃりと止める。なんだか二人揃って陽太君の扱いが雑でちょっと可愛そうになって来た。
が、本人はというと全く気にしていないどころか未来さんに話しかけられただけで嬉しそうである。
目の前で子供のような顔でハンバーグを頬張る陽太君を見ながら「この顔で年上だもんなあ」と若干微笑ましさを感じていると、混雑の割に早く私の注文がやってきた。
早速手を合わせて焼き魚を口に運んでいると「瀬名ちゃん魚の骨取るの上手いねー、器用だ」と感心したような声が掛けられる。いや、あんな訳の分からない道具作りまくる陽太君にそんなこと言われても褒められた気しないぞ。
「ところで竜胆さん、仕事の方はどうですか? 何かこの兄弟のことで困ったことがあったら言って下さいね」
「困ったこと……は、夕さんがちょっと横暴なところと陽太君が脳天気過ぎるところですかね」
「それはちょっと、私ではどうしようもないですね。二人の性格は昔からなので」
私の返答に、未来さんはちょっとだけ笑みを浮かべた。
「そういえば幼馴染みなんでしたっけ」
「そんなところです。小学校の通学団が一緒だったのが最初ですね」
うわー通学団とか懐かしいなあ。というかそんな頃から分裂してたのかこの人達。一体何があったんだろう……。
そういえばこの兄弟、一応二歳差って設定だけど学校とかはどうしてたんだろ。同じ学校ならまだしも、中学と高校とかで離れたら一日置きに行ってたんだろうか。
……色々と疑問が浮かぶが、あくまで“兄弟”と思い込んでいる陽太君に勿論そんなことは聞けない。
「ねえねえ瀬名ちゃん、そういえば聞きたいことがあったんだけど」
「何?」
「瀬名ちゃんから見て未来ちゃんはどんな色してるの?」
「え」
「僕は白で兄さんは真っ黒なんだよね? で、未来ちゃんはどんな色? やっぱりすっごく綺麗な色なんじゃないかと思うんだけど」
「陽太君、それ」
「あ、未来ちゃん。瀬名ちゃんはね、人の性格とか心が色になって見えてるんだよ。すごくない?」
すっと血の気が引いたのがよく分かった。酒の勢いで夕さんに話してしまったのは除くとして、私は基本的に自分の目のことを他人に言ったりなんてしない。だってそうだろう、青海兄弟は別として、そんなオカルトめいた話誰が信じるというんだ。奇異の目で見られるだけに決まっている。
逆に、信じられてもむしろそっちの方が問題である。先ほど未来さんの感情の色を見てしまったように、それは他者からすれば心の中を覗かれているのと同然だ。不可抗力だと言っても気分が悪くなるに決まっているし、昔その所為で……色々と、取り返しのつかないことになった。
未来さんの表情が険しくなったのを見て、心臓が縮むような圧迫感を覚えた。
「そういう個人的な情報を本人に確認せずに話すのは止めなさい」
「あ、そうだよね。瀬名ちゃんごめんなさい」
「う、うん……」
「で、どんな色?」
まったく反省してないなあこの子。陽太君だから許せるけど他の人だったら絶対に怒ってるところだ。陽太君は何か強く怒れない何かがある。
そして未来さん、突っ込むのはそこなんだ……。
「何でそんなに知りたいの」
「だって僕、未来ちゃんのことならどんなことでも全部知りたいよ!」
言ってることちょっと危ういのに無茶苦茶純粋な顔で言ってるから困る。
「それこそ未来さんに許可を得ずに話さないよ。……あ、すみません。そもそも見るなって話ですよね」
「構いませんよ。だって、竜胆さんにとっては見えるのが普通なんでしょう?」
「え……」
「だったらそれはもうそういうものなんですから、竜胆さんが申し訳なく思う必要なんて無いと思います」
「……女神かなんかですか?」
「そうだよ!!」
思わず口を付いて出た言葉に力強く同意された。
こんなことを言われたのは身内以外では初めてだ。夕さんも陽太君も当たり前に私の目を受け入れてくれた(むしろ夕さんは積極的に活用までしている)けど、ほぼ初対面でこんなにもあっさりと受け入れてくれる人がいるとは思ってもいなかった。
「それって、共感覚であってますか?」
「そこまで分かるんですか!?」
「昔少し調べたことがあったんです」
「へー、未来ちゃん物知り! 流石!」
「……」
黙殺してる……。
「で、どんな色なの? ……って聞いてもいい?」
「よくできました」
飼い主と犬かな? この二人。言ったところで陽太君は喜びそうだけど。
「竜胆さん、私も気になるんですけど、どんな色に見えるんですか?」
「全体的に薄い青って感じですね。グラデーションで色んな青色が見えます」
「へー、かっこよくていいね!」
「陽太君、絶対に未来さんが他の色でも褒めてたでしょ」
「だって未来ちゃんのこと大好きなんだもん!」
「知ってる」
私でも知ってる。陽太君ホントに滅茶苦茶未来さんのこと好きだな……。
ちなみに青は青でもその色合いによってかなり異なってくる。もの静かだったり冷静な性格であったり、あとは感情で言うのなら大まかに悲しみの色で――。
「?」
さっと、視界の端にその青が過ぎった。本人の色に紛れてすぐに見えなくなったが、それでもきっと見間違いじゃない。
その所為でそっと彼女に注目していたからだろうか、だからこそ未来さんの唇から微かな囁きが漏れたのを私は聞き逃さなかった。
「嘘吐き」
■ ■ ■ ■ ■ ■
「いらっしゃいませ竜胆様」
「こんばんは、マスター」
「りんどう? ……ん?」
「あ」
その日の夜。せっかく休日だからと調子に乗って夕飯の後例のバーを訪れた。夕さんと行ってからもこの店が気に入って何度か一人で来ているのだが、マスターの声に反応して振り返った客は此処では初めて見る顔だった。
「笹島さんじゃないですか」
「ああ、竜胆さんもこの店を知って……って、当たり前か。夕と会ったのは此処だって言ってたもんな」
昼間に会った未来さんの兄、弁護士の笹島雅人さんだ。あの事件の弁護を担当してくれたので当然私のアリバイが証明されたこの場所のことは知っているはずだ。
笹島さんは一人で飲んでいたらしく、カウンター席に座っていた彼はそっと横の椅子を後ろに引いた。
「よければ一緒にどうだ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
今日は知り合いによく会う日だな、と思いながら笹島さんの隣に腰掛ける。事件の弁護をしてもらった時から何度も会っているので我ながら割と彼には気を許している気がする。
この人、陽太君だけでなくあの夕さんのことまでまるで弟のように扱ってるからなあ。面倒見がいいというか何というか。
「マスター、モスコミュール下さい」
「はい、少々お待ち下さい」
あれからこのバーに通う度に色々カクテルを試してみたのだが、今はこれがお気に入りだ。ちょっと前までほぼビールとチューハイばかりしか飲んでいなかったのになんとなく大人になった気分である。というかこんな洒落たバーに一人で来られるようになっただけで大人の女って感じでは?
「竜胆さんはよく此処に来るのか?」
「最近は割と。飲みたいなーと思ったら大体此処に来ますね」
「そうなのか。俺も結構来るんだが意外と会わなかったな。……けど、あんまり飲み過ぎたら駄目だぞ?」
「勿論、分かってますよ」
「お待たせしました。モスコミュールです」
と、話していると早速グラスに入った薄い琥珀色のカクテルがやってくる。そうそうこれこれ待ってました、と気分が高揚するのを感じながら口にする。やっぱり美味しい。
「笹島さん、今日ちょうど昼間に妹さんにも会ったんですよ。陽太君と一緒に居たところに偶然居合わせて」
「ん? そうだったのか。あの二人もよく一緒にいるな」
「未来さん曰く勝手に付いて来られたらしいですけどね」
あの二人のやりとりを思い出していると、ふと昼間に思った疑問が再び頭を過ぎった。
「あのー……聞きたいことがあるんですけど。未来さんと陽太君って、本当に付き合ってるんですよね?」
「? ああ。あの二人は昔っからあんな感じだからな。陽太がずっとアタックし続けて未来がとうとう折れたのが確か中学生の頃だったかな」
「あ、そうなんですか……」
やっぱりあれで本当に付き合ってたのか。夕さん、そして陽太君も疑ってごめん。
次の注文をしながら心の中で謝って、ぽつりぽつりと取り留めの無い世間話を続ける。仕事は慣れてきたか、あの兄弟とは上手くやっているか。何か困ったことがあったら言ってくれなんて未来さんと同じことを言っていてちょっと笑った。
「あいつら二人揃って別方向に癖が強いからな、君も大変だろうに」
「まあでも、もう慣れましたけどね。仕事も仕事で、尾行なんかも結構得意になって来ましたし、護身術代わりに格闘技も習い始めたんです! 結構楽しいですよ」
「それはよかった。いきなり全然違う職種に就いたから苦労してると思って心配してたんだ」
「まーそれは苦労しましたね! 夕さんホントにスパルタでしたから!」
「そう、俺としては夕のやつが人を雇ったことにまず驚いたんだよな。今までずっと一人で……求人なんて出したことなかったし、あいつ外面はいいけど人を寄せ付けないタイプだからな」
「それに関しては私の目を使いたかったからでしょうけどねー。実際そう言ってましたし、最初なんていっつも共感覚の訓練ばっかりさせられてましたし」
「目? 共感覚? ってなんだ」
「……あ」
またやってしまった。酒で上機嫌になっているところでうっかり口を滑らせた。私本当に学習しないな。
……まあ、未来さんにも言っちゃったし大丈夫か? 言っちゃったもんはしょうがないし。何かお酒の所為で気持ちがふわふわして楽観的になってる気もするがまあいいや。
不思議そうな顔をしている笹島さんに軽く説明すると、彼はしばらくぽかんと口を開けていたが、ややあって「そうなのか」と頷いた。
「そういうものがあるんだな。不思議なこともあったものだ」
「だから夕さんは私の目使って効率よく仕事しようとしてるんですよねー。あ、ちなみに夕さんは真っ黒くろすけで、陽太君は真っ白しろすけです」
「あの二人、やっぱり違って見えるんだな……」
独り言ほどの小声で呟いた笹島さんは、少々難しい顔をしてグラスを呷る。そして、何か言いたげな視線で私を見下ろした。
「竜胆さんは……その、あいつらのこと、どれぐらい分かってるんだ」
「どれぐらい、というと」
「……夕と陽太が一日置きに仕事に来る理由、とか」
「!」
急に核心に迫った言葉を言われ、思わず息を呑んだ。酒で浮ついていた気持ちが一瞬で正気に戻ったとすら思った。
「……その、一応分かってます」
「そうか」
「前に一度、偶然変わる瞬間を見ちゃって。突然目の前で色が変わったので、信じるしかないなって」
「色……そうか、竜胆さんが見ればそうなるのか」
「はい」
「……」
「……」
「そのこと、出来ればあの二人に直接問い質すことだけは止めて欲しい」
「しませんよ。あの人達、本当に別人だと思い込んでるみたいですし」
そもそも、何か精神的に強く追い詰められない限り多重人格なんてそうそうならないだろう。下手に突いて余計に悪化させるなんてことだけは避けなければならない。私は原因すら分かっていないのだから、出来るだけ不用意な発言は控えておくべきだ。
「笹島さんは、その、あの二人が分かれた時のことを知っているんですか」
「……ああ。確証は無いが原因も想像が付く。……夕にはできることなら元に戻って欲しいが、この先ずっと今のままでも二人揃って受け入れるつもりだ」
「ということは、夕さんが元々の人格だったんですね」
あの夕さんが、何か途轍もない理由があって陽太君という人格を作り出してしまった。一体彼に何があったのか。……そもそも、ずっとおかしいと思っていたのだ。夕さんはなんであんなに真っ黒なのだろう、と。
夕さんは確かにあんまり性格がいいとは言えないし、清廉潔白とは大分遠い所にある人だろうとは思う。だが、彼よりもずっと悪人なんてこの世にいくらでもいるだろう。あの宝石店の強盗犯や殺されたクソ上司の方がずっとあれだ。それなのに夕さんは今まで見てきた人間の誰よりも真っ黒なのだ。ただの黒ではない、何もかもを吸い込んでしまいそうな、そんな深く暗い闇に覆われている。
「竜胆さん、あいつ……夕は一人で何でも抱え込んじまうから、ちょっと気にしておいてくれないか」
「……分かりました」
■ ■ ■ ■ ■ ■
「あー……頭痛い」
「二日酔いですか」
翌日、少しくらくらする頭を無理矢理覚醒させて事務所へ行くと、開口一番に夕さんの冷たい声が顔面にぶつけられた。
「いや、ちょっと頭痛いって言っただけで何で分かるんですか」
「昨日は休みだったので、あなたのことですから思いっきり休日を満喫してその勢いでたくさん飲んだんでしょう」
「見てきたように言いますけど……盗聴器とか無いですよね?」
「一々あなたのプライベートに聞き耳を立てる程暇じゃないですよ」
素っ気なく返された言葉にむしろ安心した。もし昨日の会話を本人に聞かれていたらまずかった。
「例のバーに最近よく行くんですけど、実はちょうど笹島さんと会って一緒に飲んでたんですよ」
「はあ? 雅人と?」
夕さんの眉間に思いっきり皺が寄った。何が気に入らないんだろうと首を傾げながらいつもの席に座って仕事の準備を始めていると、いつの間にか近くに来ていた夕さんが少々強い力で両手を私のデスクに叩き付けた。何なんだ一体。
何か波打ってる色が見える気がするけど、夕さん全体が黒だから他の色混じってても見えにくいんだよなあ。紫? 赤? 怒ってるみたいだから赤か?
「あいつに迷惑を掛けないで下さい」
「いや別にちょっと一緒に飲んだだけじゃないですか。記憶だって飛んでないし」
「そんなところで威張らないで下さい。それに、二日酔いになるほどは飲んだんでしょう? この前は私だったから良かったものの、また誰かに絡み酒をしてトラブルが起きてからでは遅いんですからね」
「はあ……」
「何ですかその気の抜けた返事は」
「夕さんなんでそんなに怒ってるんですか?」
「あなたはうちの従業員なんですから、またこの前のようなことがあれば責任は全部うちに来るんです。ただでさえ探偵業なんて世間からあまり健全な印象を受けていないんですから、くれぐれも注意して下さい」
「つまり一生お酒を飲むなって言ってます?」
「いえ、もし外で飲む時は私が監督すると言っているんです」
「……そんな話でした?」
確かに私は酔いが回ると絡み酒になるらしい(意識はあるがあまり自覚はない)が、夕さんが監視しなければならないほど酷いか? たった一度の前例でそこまで締め付けが必要なんだろうか。
「一度あったのに絶対にもう二度と記憶を飛ばさないと誓えますか?」
「誓えるかって言われるとちょっと何があるか分からないんですけど……」
「だから言ってるんですよ。事務所を預かる責任者として、きっちり監督させていただきますので」
「あーはいはい分かりました! 今度からお酒飲む時は夕さんか陽太君と一緒に行きます!」
「陽太は酒が飲めない体質なので駄目です」
いや体質って夕さんと陽太君同じ体でしょうが。勿論その突っ込みは飲み込んだが、ずかずかと足音を立てて戻っていく背中を見つめて「今日の夕さん変だな」と首を傾げた。