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シロクロ男  作者: とど
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番外3 年越し


「あー面白かった!」

「ね、やっぱ久しぶりだけど生の舞台はいいなあ……」

「うん。私は初めて見たけどさ……役者さんが全部演技と同じ色してるの! ホントに役に入り込んでるって感じですごかったなあ」

「……あ、そういう見方なんだ」


 12月31日、大晦日。私は未来さんに誘われて舞台を見るために劇場を訪れていた。昼公演が終わりちょっと何処かで休憩しながら感想を言い合おうと思ったのだが、近場は同じく舞台を見たお客さん達で溢れかえっており、結局劇場からは随分離れたいつもの見知った辺りのカフェに腰を落ち着けた。

 しかし初めて見たが本当に感動……というか感心した。今までは目の関係でそういう場は避けていたのに、むしろ色が見えるから余計に面白かった。未来さんにそう言うと彼女は虚を突かれたように目を瞬かせたが、すぐに納得したように頷いた。


「でもそういう演技をする役者さんばっかりじゃないからね。すごい演技しながら頭の中は冷静な人もいるだろうし」

「あ、そうだよね。別に完全に一致してるのが良いって訳でもないのか」


 でもそうなるとそっちに気を取られて楽しめるか分からないな。ティーカップを傾けながら難しいなと考えていると、パンケーキを口に含んだばかりの未来さんが「ん?」と首を傾げた。


「どうしたの」

「んん……」


 食べていて口が開けないからかちょいちょいと指で私の後方を示す。それを追って後ろを振り返るとすぐに彼女が何が言いたかったのか分かった。


「あ……夕さんだ」


 少し離れた斜め後ろに位置する席、そこでこちらに背を向けるように座っていたのは夕さんだった。顔は殆ど見えないが彼をよく知る未来さんや私が見間違えることはない。……いや私の場合顔なんて見えなくても色で確実に分かってしまうけど。


「夕君仕事?」

「うん。本当は仕事納めしてたんだけど、どうしても今日じゃないと困るって人だったから」


 私はもう休みだと思って未来さんとの予定を入れていたし、依頼を受けるだけなら夕さん一人で十分だと言うので私はそのまま休ませてもらった。

 ちらっと夕さんと向き合っている人を見ればやはり依頼人の女性のようだった。確かいつものように浮気の証拠を見つけて欲しいという依頼だったはず。いつものようにと思うのがちょっと腹立たしい。浮気する人間滅べ。


「……」

「瀨名ちゃん?」


 後ろを振り返ったまま動かなくなった私に怪訝そうな声が掛かる。しかし私はそれに返さずしばらくその体勢を続け、そしてとうとう我慢できずに立ち上がった。


「ちょっとお手洗い行ってくるね」

「え? うん」


 すくっと立ち上がって鞄を持つと、私は未来さんにそう言い残してトイレの方向……つまり、先程まで私が見ていた方へと歩き出した。

 すたすたと淀みなく足を進める。そして夕さんと依頼人が座るテーブルの横をすり抜けようとしたところで、私は今気付きましたとばかりに「あ」と声を上げて彼らを見た。


「あれ、夕さんじゃないですか」

「瀨名さん?」

「今日の仕事此処でだったんですね」


 こちらを見た夕さんの目が瞬くのと同時に、彼に対面して座る女性が私を見て訝しげな表情を見せた。私はそんな彼女に向けて、できる限り丁寧に見えるように頭を下げる。


「いきなり話しかけてしまってすみません。私もこちらの事務所の職員でして」

「あ……もしかして電話に出た人ですか」

「はい。依頼の方は私も調査いたしますのでどうかよろしくお願いします」


 そう言って微笑むと女性の警戒の色が和らいだのが見えた。が、対極に夕さんは何とも言えない表情でこちらを見上げ、僅かに眉間に皺を寄せているのが視界に入る。


「瀨名さん」

「仕事の邪魔をしてはいけませんから私はこれで失礼します。……あ、そうそう。夕さん忘れていないとは思いますけど三日はお年賀持ってご実家にお邪魔しますからね。お義母さんから絶対に連れてこいって言われましたし、いくら親族に会うのが嫌だからって行かなきゃ駄目ですからね」

「……え?」


 ぽかんとした顔で小さく声を上げたのは、夕さんではなく……依頼人の女性の方だった。


「あと年越し蕎麦は家で準備してあるので、仕事が終わったらまっすぐ帰って来て下さいね。それじゃあまた後で」


 にこ、と笑って女性に会釈をしてから立ち去る。とりあえずお手洗いに行ってから席に戻ろうとすると、いつの間にか依頼人は帰ったらしく夕さんが私達の席に来ていた。


「あ、瀨名ちゃんお帰り」

「ただいまー」

「……」

「夕さんも来たんですね。ちょっと詰めてもらっていいですか」

「ええ」


 奥に詰めてもらって席に着くと夕さんが何か言いたげにこちらをちらちらと見てくる。言いたいことがあればはっきり言えばいいのに。

 そしてそんな私達を不思議そうな顔で交互に見た未来さんは何があったのかと首を傾げた。


「さっき何話してたの?」

「ん? いや、何か夕さんに言い寄ってそうな色した人だったから色々言って牽制しただけだけど」

「……ええ?」

「浮気されたからって自分だって浮気してもいいじゃない、って感じの軽い色だったけど、それで他の人間がどう思うかなんて考えていなかったみたいだし? まあ軽く教えてあげただけだよ」


 軽いだろうが浮気は浮気だ。男だろうが女だろうが罪の重さは同じ。しかも誰に言い寄ってるんだって話だ。だが依頼人は依頼人、無碍にはできないしあからさまな牽制は印象を悪くする。

 だからあえて名字も名乗らずにちょっと嫁ムーブしてみた。実家へ行く約束なんてしてないしそもそも結婚なんてしてないけども。


 ぺらぺらとそう話していると、未来さんがちょっと引いたような顔をした。正直未来さんの陽太さんへの気持ちの方がよっぽど大きいと思うけど。

 隣に座る夕さんが小さく息を吐いた。


「迷惑でした?」

「いえ……むしろ依頼の話はとっくに終わっていていつ切り上げようかと考えていたので助かりました」

「じゃあなんでそんな複雑な顔してるんですか」

「……なんというか、あなたでもそんなことするんだなと」

「は?」

「今まで嫉妬とかしたこと無いじゃないですか。未来のことだって……」

「いや夕君、瀨名ちゃんは前に一緒にお酒飲んだ時に私に嫉妬してるって――」

「未来さん!!」


 何さらっとばらそうとしているんだ。思わずカフェだということも忘れて大きな声を出してしまった……。というか未来さん、あの日泥酔してたのに覚えていたのか。

 周りの視線が気になって思わず縮こまると、視界の端にそれはそれは楽しそうな色が見えた。……顔見なくたってどんな顔してるのか容易に脳裏に浮かび上がる。


「へえ……それはそれは」

「あ、あのですね! あれは違います! 白君の時に未来さんのものになっていたことに引っかかってただけで、別に夕さんの時に未来さんに嫉妬していた訳では――その色引っ込めてもらえます!?」

「無理です。というかそれが無くても今依頼人にした言動で十分に嬉しいですが」

「……」


 確かに、先程の言動で言い訳も何もない訳だが。いやなんだろう、あからさまに色目を使われると堂々と牽制できるけど、夕さんのことを何とも思ってない未来さんに勝手に嫉妬していたと思われるのは妙に恥ずかしい。してない、してないけどね。


「ところで二人は舞台を見に行っていたんでしたね。楽しめましたか?」

「うん、すごく良かったよ」


 私がだんまりを決め込んでいるとようやく話題を変えてくれた。今日は未来さんと舞台を見に行くというのは前から言っていたが、その舞台がどんなものかは勿論話をしていない。舞台と言っても色々あるしね。というか一般人が舞台と聞いて2.5次元を想定するということがまずないので、未来さんも焦ることなく頷いた。


「それはよかった。未来は舞台化が決まる前からずっと原作漫画読み込んでいたしな」

「うんそう……は?」

「それにその紙袋……また大量に推しのグッズ買い込んだろ? 別に人の金の使い道にあれこれ言うつもりはないが――」

「ちょ……ちょっと、ま、まって! は!?」


 どんな舞台か話をしていない……はずだったんだけどなあ。

 いきなり衝撃的な言葉で切り込まれて未来さんが完全にパニックに陥っている。混乱しながらちらっとこちらを見てくるけど私はぶんぶんと首を振るだけだ。無実です。


「……夕さん、どうして今日の舞台の内容知っているんですか」

「? 何処の劇場かは知っていたので調べたら分かりますが」

「いや! それもあるけどそうじゃなくて!! なんで、そんな……」

「は?」

「えーっと、つまり……どうして未来さんがその原作とか読み込んでたのを知っているのかな、と」

「……ああ、そういう意味ですか。いえ、そういえば以前にあちらの人格の時に見たのを思い出したので」

「あ、ああーー……」


 未来さんが力なくテーブルに突っ伏した。

 そういうことか。確かに白君は未来さんに付きまとっていたし彼女も諦めていたところがあったのでオタクだと知っていたみたいだった。その辺りの記憶が一気に入ってきたものだから……つまりまあ、ご愁傷様です。


「ということは……あれも、これも全部知って」

「あいつの記憶は全部覚えているが……未来、どうしたんだ? 体調でも悪いのか」

「今夕君の所為で悪くなった……」

「私の所為……?」


 悶えながら小さく呻く未来さんを見て夕さんがひたすら困惑している。私はそんな彼の服を軽く引いて黙って首を横に振った。


「未来さんはその手のこと夕さんには絶対に知られたくなかったんでそっとしておいて下さい」

「その手のというと……ああ、瀨名さんが言うオタ活ってやつですか」

「そうそう」


 夕さん最近そういう語彙が増えたな。大体私の所為だけど。


「しかし、別に私は特に未来が何を好きだろうと気にしませんが。その原作漫画だって白の時に少し読みましたけど悪くありませんでしたし。確か未来は主人公の親友が推しで――」

「夕さんもう黙っててもらっていいですか」


 未来さんが余計にダメージ食らってる……。




    ■ ■ ■  ■ ■ ■




「――つまりですね、変にフォローとかいらないんでもうそっとしておいて欲しいんですよ。もし話題にするんならこっち側に来る覚悟が出来てからにして下さい」

「はあ……」

 

 何かもう色々と真っ白になった未来さんと別れ、夕さんと共に自宅へ帰ってきた。ちなみに実家云々は嘘だが一緒に年越しをするというのは本当だ。蕎麦を茹で、のんびりと年末の歌番組を見ながら年越し蕎麦を食べる。そしてその合間に、未だに未来さんの様子が引っかかっていた夕さんに滔々とオタクの心情を説明した。


「よく分かりませんね……瀨名さんはむしろ積極的に布教しようとしてくるじゃないですか」

「私はもう夕さんに関しては開き直ったところがあるので。それに昔から知っている人間にオタバレするのは大分きついんですよ」

「そういうものですか」

「そういうものです。私は知り合ってそんなに経ってませんでしたし、第一言い訳も出来ない状況でしたから」


 言いながら、私はもう日付が変わる十五分前になったのを確認していそいそとテレビの前に陣取る。CMが開けるのを待っていると、すぐに画面が切り替わってわぁ、と沢山の歓声が耳に入ってくる。


「あ、あー! 始まった! ハル君! アキラ君!」


 そんな訳で私はもう夕さんの前でオタクであることを取り繕わないのでこうやって男性アイドル事務所のカウントダウンライブに大はしゃぎする。あー、笑顔が可愛い。


「……相変わらず好きなアイドルが多いですね」

「いいじゃないですか別に。推しは多ければ多いほど生活が潤うんです!」

「金銭的にはむしろ干からびると思いますけど……まあ楽しそうなので別にいいです」

「……夕さんってそういうところ結構心広いですね。他の人とお酒飲ませないくせに」

「妬いて欲しいんですか?」

「いえ、むしろ言われても困りますけど」

「所詮は画面越し、色も見せられない人間に張り合う気もありませんよ」

「……」


 いや別に見せられないんじゃなくて私が生で見ないようにしているだけなんだけどな。夕さん変なところでマウント取ろうとするなあ……。

 そして多分、生で彼らを見たところで絶対に夕さんより真っ黒な人なんて居ないだろうが……流石にそれは口には出さなかった。


『今年も残すところあと五分です!』


 そうこうしているうちにあっという間に時間は過ぎ、テレビからそんな声が聞こえてきた。ああ、今年も早かったな。特に前半は爆発事件に巻き込まれたり陽太さんの事件が急展開を迎えたり……まるでついこの間のことのようだ。


「……こうしてまともに年越しが出来るのは久しぶりだな」

「あ……」


 思わず、とばかりに小さく呟かれた声を拾う。そうか、去年までは……夕さんは日付を跨ぐことができなかった。十二時になった瞬間、一瞬でその人格が切り替わっていたんだった。


 ……そういえば去年は、たまたま私も彼と一緒に年を越したのだ。

 あの頃は確か、八十口村の一件があって私も夕さんも怪我をしてしまい、色々と仕事が滞ってしまって大変だったのだ。仕事がずれ込んだ所為で大晦日に白君と一緒に最後まで仕事をしていて、気付いたらもう年が明けるまで数時間しかないということで、ついでに一緒にカップ麺の蕎麦を啜ったのだ。






 ……


「あ。瀨名ちゃん、あと一分で来年になるよ!」

「うん……そう」


 何故まだ元気なのか分からない彼が一人はしゃぐ中、私はぐったりとテーブルに体を預けて寝かけていた。テレビの中の芸能人と一緒にカウントダウンを始める声が聞こえて来るが、数字を数えられると余計に眠りを誘う。


「5、4、3……」


 あー、もう限界。


「2、1――瀨名ちゃん、あけ」


 『明けましておめでとうございます!』と、途端に大音量でテレビが騒ぎ出したと同時に目の前で陽太君の頭がばたんと勢いよくテーブルに落ちた。


「……」


 その音で一気に目が覚めて顔を上げる。

 煩いテレビの音だけが聞こえる事務所の中で、目の前の真っ黒な男がゆっくりと頭を持ち上げる。私を見てテレビを見て、そして……何とも気まずそうな表情を浮かべた。


「明けましておめでとうございます」

「……おめでとうございます」

 




 ……


「瀨名さん?」

「……あ」


 しまった。ぼうっと去年のことを思い出していたらいつの間にかもう一分しかない。しかもせっかくのライブなのに結構見逃してしまっている。後でじっくり見直さなければ。

 テレビではもうカウントダウンを開始している。刻々と減っていく数字を聞きながら、私は隣に座る夕さんをちらりと盗み見た。

 その表情に、何処にも陰りは見当たらない。


『4、3、2、1……明けましておめでとうございます!!』



「瀨名さん、明けましておめでとうございます」


 こちらを向いた夕さんが柔らかく微笑んだ。それを言うことが出来るのがどれだけ貴重なことなのか実感しているかのように。

 ああ、今すごく幸せそうだ。その顔を見ていたら、なんだか私の方が泣きそうになってしまった。


「おめでとうございます。今年も、これからもよろしくお願いします」









ーーー


『新年一曲目、盛り上がって行こう!!』


「きゃあああソラ君! 夕さん私集中するんでちょっと静かにしてて下さい!」

「はいはい。どうぞ存分に楽しんで下さい」

「あ……あ、尊い、ハル君! ユウ君かわいい!!」

「……は?」

「あ大丈夫です夕さんのことじゃないんで気にしないで下さい!」

「いや気にしない訳ないじゃないですか。流石に許容できないんですが……ちょっと、あの、瀨名さん!?」

「うるさいですねちょっと黙ってて下さい!!」

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