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シロクロ男  作者: とど
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21-1 天才


「専務、受付に竜胆様というお客様がいらっしゃってます」


 会社の受付嬢から電話が入った時、ついに来たと私は期待半分、不安半分で心臓を早めた。


 ミスズテクノロジーが記者会見の場で発表した膨大な暗号、それを解いたと名乗る人間がついに現れたのだ。それも、彼女は警察からの紹介である。


「実はミスズさんに会って頂きたい方がいるんですが……彼女、あの暗号を解いたらしいんです。本人はIT企業で働く気はないからと解くだけ解いて放置していたようですが、せっかくですからミスズさんの耳に入れておきたくて」


 以前アンドロイドを現場投入した時に関わった警察官からそんな話が持ち込まれたのは、今から二日前のことだった。

 三珠洲社長からまだ解読者は現れないのかとせっつかれていたところに渡りに船だ。すぐに社長に報告すると、彼は警察からの話というところに少々引っかかったようだが是非直接会いたいと告げた。


 今まであの暗号を解読したと会社に連絡してきた人間が全くいなかった訳ではない。むしろ一億円に目が眩んだそういう輩は結構いたのだが、社長に報告するまでもなくすぐに嘘だと分かって会社から叩き出した。

 だが今回は警察から、それもそこそこ地位のある人間からの紹介だ。それだけで信憑性が高くなるし、第一これからアンドロイドを正式に稼働し始めることを考慮すると警察の心証を悪くしておくのは得策ではない。


「社長、例の方が……」

「そうか。……立川君、行こうか」


 社長が立ち上がる。そして応接室へと向かう背中を追いかけながら、私は一体どんな人間があの理解不能な暗号を解読したのだろうと想像した。そしてふっと蘇ってきたのは……あの男の顔だった。

 エレベーターに乗り込んで社長の表情をこっそりと窺う。この人はいつも何を考えているのか分からない。これから会う人物に対して何を思っているのか……できれば今度は、穏便に済ませてほしいものだ。


 応接室の扉の前に着き、一つ深呼吸をしてノック。そして扉を開けると、見慣れた応接室の中にカジュアルなスーツ姿の女性が一人ソファに座っていた。


「あなたが竜胆さんですか?」

「ええ。初めまして」


 私達に気付くと女性はすぐに立ち上がって綺麗な笑みを浮かべた。……見るからに普通の人間だ。女性にしてはまあまあ背が高くすらりとした髪の長い彼女は、私と社長を一人一人じっと見つめ静かに頭を下げる。


「急なことでしたが、今日はお時間を作って頂きありがとうございます」

「いえ、たまたま時間が少し空いていたのでね。こちらとしてもあの暗号を解いた有能な方と話が出来るのはとても有意義だ」


 社長も社長でメディアに顔を出す時のような見事な微笑みで彼女に対応する。ちなみに時間が空いていたのは本当だ。本来なら二日前に急に会いたいなんて言われても予定なんて取れないのだが、偶然にも今日の午後は珍しく急を要する予定が一つも入っていなかった。

 社長と私も対面に腰を掛けると、彼女は再びじっとこちらを観察してきた。面接等で見ることはあってもこうも観察されることはないので妙に居心地が悪い。それにどうにも目力があるというか、つい気になってしまう目だ。


「ご存じかと思いますが私が社長の三珠洲です。こちらは専務の立川君」

「ええ、よろしくお願いします」

「あなたを紹介していただいた警察の方から伺いましたが、うちで働く気はないと」

「はい。申し訳ないんですが、今の仕事に満足しているので」

「ちなみに職業は?」

「探偵です」

「……え?」


 普通の女性の口から全く普通じゃない職業が飛び出して来て驚いた。


「探偵、ですか」

「ええ。それで依頼の関係で時々警察の方と関わることもありまして」

「成程それで……」

「早速本題に入らせて頂いてもいいですか? あ、そうそう。ちなみに賞金の一億円ですけど、辞退します」

「は? 辞退?」

「はい。別に必要ないので」


 嘘だろう? 一億円が必要ない人間なんてこの世にいるのか? 目を剥いて彼女を凝視するが平然としているばかりで、私は思わず隣に座る社長を窺った。

 ……社長も相変わらず何を考えているのか分からない薄笑いだ。


「竜胆さん、あなたはうちで働く気はないと言った。それに賞金もいらないと」

「言いましたけど」

「では何故今日此処へ? 紹介した彼の顔を立てる為ですか?」

「それが無いとは言いませんが……一番の理由は勿論、答え合わせをしたかったからですよ」

「答え合わせ? 暗号の、ですか」

「はい。せっかく解いたのに合っているか分からないのは嫌じゃないですか。だからそれを確かめたくって」

「分かりました。では答えを私に」

「ですから――正解を知らない人はお呼びじゃないんですよ。早く答えを知ってる人を連れてきてもらってもいいですか?」

「!?」


 その瞬間、その場が凍り付いた。

 今、この人はなんと言ったのか。正解を知らない人はお呼びじゃない? なんで、そんな……私達があの暗号の答えを知らないと知っている?

 一瞬で目の前の女性を見る目が変わった。穏やかに笑うその顔が、先程と同じはずなのに……どこか末恐ろしいものに見えて来る。

 私が絶句していると、社長は竜胆さんをじっと見てから口を開いた。


「何を言っているんですか?」

「何って思ったことをそのまま言っているだけですが。だってお二人とも、というか多分社員全員あの暗号の答え知らないですよね。それを知りたくてあの暗号を一般公開したんじゃないんですか?」

「な」

「ああ……そもそもあれ、暗号っていうか何か重要なデータのパスワードか何かですよね? 解析して答えの文字数は分かったけどそれ以上は分からなくて、それも自力で試さないってことは回数制限がある。違いますか?」


 どんどん彼女の口からとんでもない言葉が飛び出して来る。一気に血の気が引くような感じがして、寒気を覚えながら私は睨み合うように目を合わせている社長と竜胆さんを交互に見ることしかできなかった。


「何故あなたはそう思ったんですか」


 そうだ、なんで彼女は社内でも今は私と社長しか知らない機密を口にしているんだ。何処からか情報が漏れた? けれどうちのセキュリティを突破するなど至難の業だ。暗号だけでなくそちらの技術も持っているというのか。


「え? 何故って、そんなの決まってません?」


 竜胆さんがきょとんとした顔で首を傾げた。何を言われているのか分からないと言った様子の彼女が、言いよどむことなく当然のように告げる。


「普通に、ちょっと考えたら分かることじゃないですか」



 ……その瞬間、私は十年前にとある男の頭の中を見た時と同じ、ぞっとする程の恐怖を思い出した。




    ■ ■ ■  ■ ■ ■




「――という訳なので。ですから竜胆さん、あなたにお願いするのは今回の件で最も重要な役目です」

「……はい」


 ごくり、と息を呑む。対面する夕さんは酷く真剣な顔で、私も釣られて気が引き締まる。


「まず、あなたには一人でミスズに乗り込んでもらいます。例の暗号の解読者としてね」

「あ、それで天才……」

「そういうことです。雅人の話から、ミスズが暗号の解読に躍起になっているのは分かっています。そこに都合良く暗号が解けたという人間が現れる。やつらはそれを無視できないはずだ」

「でも信じてもらえますかね。一億円に釣られた詐欺師だと思われません?」

「実際そういう輩はいるでしょうね。ですから誰かからの紹介という形を取ります。順当に行けば雅人ですね。顧問弁護士からの紹介ならばそう簡単に断らないでしょう。それにあいつなら社長のスケジュールも把握できるでしょうから」

「成程……」

「此処で大事なのは、この人間は社内の技術者の誰も解くことが出来なかった暗号を解読できるようなとんでもない天才だと相手に認識させることで――」

「いやそれは無理では」


 思わず食い気味に突っ込んだ。いや、私がそんな天才になるのは無理でしょ。だって白君ですら解けなかった暗号だ。彼以上の天才にならなくてはならないとか……いややっぱり無理だ。


「実際に天才になって頂く訳ではありませんよ」

「いや、それはそうでしょうけども」

「今から付け焼き刃で知識を得ようとしたところでむしろ逆効果です。中途半端に知っている事柄に口を出せばすぐに化けの皮が剥がれますから。それに大事なのは“天才”に見せることです。ただの頭の良い人間じゃない。そこが大きく異なります」

「というと……?」

「……十五年間天才を側で見てきた私が言いますが、あれは我々の理解の範疇を超えた存在です。何を考えているのかまったく分からない。すぐに奇行に走るわ、かと思えば何十年先取りしているんだと思うような技術を欠伸をしながら編み出す……本当に、馬鹿と天才は紙一重と言いますが紙一重どころか一心同体でしたよ」


 陽太さんのこと思い出しているのか、やけに苦々しい表情で夕さんがため息を吐く。そういえば陽太さん、小学校に話を聞きに行った時にも耳にしたが色々と問題を起こしてたみたいだったな……。


「……つまり、奇行に走れと?」

「流石にそんなことは言いません。ですがただ賢そうな人間を演じればいいという訳ではないということは理解頂けたかと思います」

「結局どうすればいいんですかね? 天才でしょ、私あんな暗号が解けるような人間に見せなくちゃいけないって」

「いいですか、ミスズにこの人間は常人ではないと見せかける為に一番大切なのは……」




    ■ ■ ■  ■ ■ ■




 ……上手く行った、だろうか。

 ぺらぺらとミスズが隠したい情報をひけらかして出来るだけ軽々しい表情で笑うと、立川と呼ばれた専務は顔色を真っ青にして硬直した。


『最も大切なのは、今私達が手にしているカードを最適なタイミングで、そして最高の演出で切ることです』

 これが夕さんからのアドバイスだ。この暗号がどういうものなのか、この会社の人間が作った物ではないこと等、本来こちらが知りえなかった情報をあたかも自分で推理しただけで推測したように見せかける。

 むしろどうして分からないのかと常人の心情を理解できないような素振りを見せると、より思考が普通の人間とかけ離れているように認識させられる。

 職業が探偵と言ったのもその説得力に繋がる。おまけにお金を必要としないということも、仕事が上手く行っている……つまり優秀な探偵であるという証左になる。こういう細かい所がじわじわ生きてくるのだという。


『それともう一つ、雰囲気作りです。どこか常人とは違う、薄気味悪く感じるほどの空気感。こちらについては、あなたは割と上手いと思っていますよ』

『普段から気味が悪いって言われてます?』

『違います。以前白とジムに行った時もあいつを庇う為に他の利用客に食ってかかりましたね? ああいう時の、一瞬で雰囲気を切り替えたのは中々見事でした』

『……あれ、夕さんの真似だったんですけど』

『私のことを薄気味悪いと思ってます?』

『いやいやそういうことじゃなくて』


 ……余計なことまで思い出した気もするが、つまりそういうことだ。私の中で、困った時はつい夕さんをイメージして乗り切って来たあれだが、周囲から見ると結構雰囲気が変わって見えるらしかった。

 最初はあえて自然体で、本題を切り出したところで突然雰囲気を切り替える。このギャップがより人を異質に見せてくれる。立川さんは明らかに動揺しており作戦が上手く行ったのが見て取れる。そして問題の三珠洲社長は……。


「失礼しました。……私はどうやらあなたを見くびっていたようです」


 波紋のない水面のような穏やかさ。……しかしそれは外面だけだ。私の目にはしっかりと、その内側の荒れた波と動揺の色が映っている。思わずにやっと笑いたくなるのを堪えた。


「で? そのデータを持って来られないんですか? 私答え合わせしたいんですけど」

「あれは流石に社の最重要機密ですから、おいそれとこんな所へ持ってくることは……」

「じゃあ私がそのデータのある場所へ向かうってことでもいいですよ。あ、無理なら無理って言って下さいね。それだったらもう用はないので」

「この女……」


 立川さん、ぼそっと言ってますけどちゃんと聞こえてますよ。三珠洲社長、あなたが取り繕っていても部下の態度で駄目駄目ですね。

 社長が少し考えるように俯いて黙る。私を連れて行くかどうか悩んでいるのだろう。私がこのまま帰れば暗号は一生解けないまま、だから連れて行くしかない。

 そして彼が賢い人間ならば……その後も、暗号の答えを聞き出すまでは絶対に私に危害を加えることはない。無理矢理情報を引き出そうとして、また陽太さんのように新たな暗号を作り出されては振り出しに戻ってしまうだろうから。


「分かりました。ご案内します」

「社長!?」

「ありがとうございます」


 予想通りそう言って愛想良く笑った三珠洲社長が立ち上がる。その後ろに付いて立川さんと並ぶように足を進めた。隣から気味が悪いとでも言いたいような色がちらつくが勿論無視だ。興味のある事柄以外には一々反応しない、陽太さんはそういう人間だったと聞いている。

 そうしてエレベーターに乗り込んで最上階近くまで上がると、奥まった部屋の前で社長が立ち止まった。


「竜胆さん、此処から先は殆どの社員は入れません。くれぐれもこの中で見た情報を口外することの無いようにお願いします。もし守られない場合は……うちの優秀な弁護士が損害賠償の請求をさせて頂きますので。少なくとも個人では払えない額だと思っていて下さい」

「……分かりました」


 うちの、ねえ。残念だけどこちらのなんですよね。

 心の中でこっそりマウントを取りながらも顔は神妙な表情を作る。私意外と演技の才能あるんじゃない? と自分を鼓舞して、二人に続き厳重そうな部屋の中へと足を踏み入れた。


 入ってすぐに目に入ってくるのは所狭しと並ぶ大きな機械の数々。中央に鎮座する一際大きなコンピューターの前に連れてこられると、三珠洲社長は静かな音を立てて動いていたそれを操作して、そして私に見えるように体を横にずらした。

 大きなディスプレイに映し出されていたのは大量の暗号。そして下へスクロールしてみるとパスワードを打ち込む場所がある。


「どうぞ」

「……一応、暗号が同じものか確認させて頂きます」

「慎重ですね」

「一部すり替えられていて間違っていたなんて言われたらたまったものではないですから」


 まあ、私を此処に連れてくる予定なんてまったく無かったのだからそんな細工をする余裕などあるはずもないが。

 私は目の前に置かれていた椅子に腰掛けると、頭から暗号を確認し始める。勿論私自身はあの膨大な暗号を全て記憶している訳ではない。だがこれも記憶力がいいという演出で、そして他にも重要な意味がある。


「……大丈夫なようですね」

「勿論です。ではパスワードを」


 椅子に座る私の背後に社長と専務がいる。……恐らくパスワードを全て打ち込んだ瞬間、エンターキーを押す前にこの二人は動く。夕さんの見立てでは一度しか打ち込めないパスワードだ。失敗は許されないのだからこんな怪しい女が打ったパスワードでその一回を使うなんて博打を打つはずがない。


「……」

「どうかしましたか」

「ところでこの暗号、何処の誰が作ったんですか?」

「は?」

「いえ、少し気になったもので。あなた達がこんなに必死になって求めているデータを隠し、そしてこんな暗号を残した人物。是非会ってみたいなと思いまして」

「……この暗号の答えが見事に合っていれば、すぐにでも会わせて差し上げます」

「へえ? それはつまり……あの世で、ってことです?」

「!?」


 きっと彼らはこの後陽太さんにしたように私の頭の中を残らず手に入れるつもりだ。その後は……また、同じように処分するつもりなのか。


「一体何を言っていることやら。ミステリー小説の読み過ぎでは?」

「ああこれはすみません。探偵ですので、どうにも疑り深くなってしまうというか。……まあいいんですけどね。大方予想は付いているので」

「……予想?」

「ええ、それは勿論――」



「失礼します。――少しよろしいでしょうか」


 その瞬間、重たい扉が開かれ、外から数人の人間がこの部屋へと入ってきた。


「……は」

「警察です。三珠洲社長に少々お話を窺いたいのですが」


 警察官の制服を来た男女が四人。そしてその後ろから大柄な警察官に隠れるようにもう一人。私は振り返って彼らの姿を見つけた瞬間、思わず肩から力が抜けた。……何とか時間稼ぎができたようだ。

 私が社内に入った後、一定の時間の後に警察が突入する手筈になっていた。場所の特定は……勿論いつものヘアピンである。このセキュリティだらけの社内で使うのはどうかとも考えたのだが、結局後で発覚しようがこの瞬間だけ欺ければそれでいいと使うのを続行した。


 そしてほっとした私とは裏腹に専務は警察を見てびくっと大きく体を揺らす。社長は相変わらず涼しい顔をしているが、さてさて内心はというと。


「いきなり何の用ですか。此処は関係者以外立ち入り禁止です。いくら警察といえども……」

「申し訳ありません、こちらも大事なお話があったもので」

「話?」

「はい。そちらの会社のアンドロイドについて、警察に提出された資料とは異なる仕様、もしくは不具合が判明したんです」

「……何?」


 一番地位が高そうな年嵩の男性がそう言って前に出ると、今まで全く揺らがなかった社長の表情がようやくぴくりと動いた。


「困るんですよ。例の爆破事件の際に責任はこちらの会社が取ると言われたので仕方が無くアンドロイドの稼働を許可したというのに、実際には説明と異なる点があった。今回はそこまで大きな問題にはなりませんでしたが、もしもっと大規模な災害地域に派遣した場合、死者の数が増える可能性すらある。こちらが許可を出した以上、きちんと調査しなければなりません」

「不具合、仕様と違う? 一体何のことを言っているんですか。我が社のアンドロイドは完璧です。テストでも一度の失敗もなくバグだって見つかっていない。どの部分を指してそんなことを……」

「はいはーい! それは僕が説明しまーす!」


 社長が冷静に警察に対して反論していたその時、今まで他の警官に隠れて見えなかった男がひょっこりと顔を出した。緊迫した空気をぶち壊すように気の抜けた声で現れたその彼をミスズの二人が目に入れた途端……彼らの色が激変した。

 ひ、と立川専務が殆ど声にならない悲鳴を上げた。そんな彼を見て現れた男は首を傾げ、しかしすぐに興味を失ったように視線を逸らして三珠洲社長を見上げる。


「あなたは……」

「こんにちは、僕は青海陽太。今回のアンドロイドの件のアドバイザーだよ!」

「アンドロイドのような精密機械は我々警察だけでは到底調査が困難です。ですから外部から優秀な技術者にご協力を頂いております」

「……お、青海、だと」


 男――白君はいつも通り暢気な表情でそう言って社長に挨拶した。

 実は……社長のスケジュールの件もあったが、夕さんは初めから今回の作戦を白君で決行することを決めていたのだという。そちらの方がミスズを精神的に追い詰められ、ぼろを出させやすい。

 自分たちが殺した人間が平然と、しかも成長した姿で現れたらどう思うだろうか。夕さんと陽太さんはそっくりではないが結構似ている。十年後の姿なんて知らないのだから、兄弟が成り代わっていても気付くはずもない。

 ちなみに白君が陽太と名乗ることは「今日だけだから!」と未来さんに土下座して許してもらっていた。乗り込んできた警察の中にいる未来さんが白君を見ている。ただ黙って、静かに彼を見守っていた。


「……あ、瀬名ちゃんお疲れー!」

「陽太君も。ちゃんと上手くやってくれてよかったよ」

「!」


 と、私が自分を見ていることに気付いた白君がこちらにぶんぶん手を振ってくる。私も普通に返事をしていると、それを見て社長と専務が勢いよくこちらを振り返った。わなわなと、立川専務の手が震えているのが間近で見える。


「お……お前ら、まさか」

「ん? 専務さん、どうかしましたか? ……ああ、そういえばちゃんと自己紹介していませんでしたね。これは失礼しました」


 とうとう堪えきれずに少し笑いが零れた。しかしすぐに表情を取り繕うと、私は胸ポケットから名刺を取り出してそれを彼らの目の前へ差し出した。


「申し遅れました、私は竜胆瀬名――青海探偵事務所で探偵助手をしています」




 罠に掛かったと気付いても、もう遅い。


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