表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シロクロ男  作者: とど
34/40

20 反撃の準備が整った


 けほっ、と思わず咳き込んだ。

 昼間でも薄暗いミスズテクノロジー本社の資料室の中、俺は過去の古い資料を捲って事件――陽太の誘拐についての手がかりを探していた。しかしながら部屋の中が埃っぽい。大体の資料はデジタル化されていて、念の為紙媒体を残しているだけなので普段は誰も使わないのだ。

 だが良いところもある。電子媒体だと見ると閲覧履歴が残ってしまう。そうすれば後から知られた際に一体何を探っていたのかと疑われる可能性があるのだ。しかし紙媒体であれば何の資料を見ていたかなど一々記録に残されることはない。おまけに誰も寄りつかないのだから一石二鳥だ。


 だが当然ながらそんな簡単に新たな情報など入っては来ない。もうずっとこうして資料を漁って来たのだ。諦めることなど絶対にないが、どんどん期待は萎んでいく。

 しかし陽太の遺体が発見された。あいつが生きていなかったことは悔しくて仕方が無いが、もしかしたらそこから犯人に繋がる証拠が――。


「此処に来るまで誰にも見られていないだろうな」

「ええ、勿論です」


「……!?」


 手に取っていた資料を元に戻したところで、突然資料室の扉が開く音と共にそんな話し声が聞こえてきた。多くの棚が邪魔をして姿は見えないが、それでも声で誰かはすぐに分かる。……社長である三珠洲と、そして専務の立川だ。

 咄嗟に息を殺して見つからないように部屋の端に寄る。言動からして居るのがばれたらやばい。それに他人に聞かれたくない話……何かの情報が得られるかもしれない。

 ミスズはネットワーク系のセキュリティはもう一人の人格の方の陽太ですら太刀打ちできないほど優れている。ミスズの技術を盗もうとする産業スパイも時折いるが、会社のパソコンに外部からでも内部からでも侵入しようとしたところですぐにばれる。が、紙媒体の資料にしかり逆にこうしたアナログな面には意外と抜け穴が存在する。


「……で、暗号を解いた者は?」

「未だにゼロです」

「無能な」

「何分我が社の技術者の誰にも解けなかったものですし、そう簡単には……」

「かろうじて分かったのは答えの文字数だけ……早く解明しなければ我が社の未来はないというのに」


 どういうことだ、あの一億の暗号は誰にも解けていない? うちの会社の誰かが作ったものではないのか……?

 疑問が頭に浮かぶがそのまま微動だにせずいると、「今のままでも大丈夫でしょう」と社長を宥めるような専務の声が聞こえてきた。


「あのアンドロイドは素晴らしい。一体我々が何十年先の技術を手にしたか。あれ一つでもこれからも十分にやって行けますよ」

「馬鹿を言うな。企業は成長し続けなければすぐに見放される。現状に胡座をかいたままでは資金力の高い海外の企業にすぐに吸収され、技術も全て奪われるだけだ」

「ですがもう、彼の技術は打ち止めです。現在我が社の人材でアンドロイドの次に打ち出せるようなものを作れる人間などいません」

「だからこそあのファイルだ。やつが残した最後の情報……しかもあの男が抵抗し、あんな訳の分からない暗号を解かなければ開けないほど大事にしていた情報。……ファイル容量も膨大で、それこそアンドロイドなど目じゃないほどのとんでもない技術情報のはずだ。一億なんて簡単に元が取れる」


 あの暗号は、もしかしたら陽太が……?

 少なくともミスズは、やはりどこからか技術を盗み出していたのか。


「それに、あの暗号が解ける人間が現れたらそれこそ我が社に素晴らしい人材が取り込める。もし断るようなら……まあ、中身だけ頂けばいいだけだ」

「あの頃よりも我が社の技術も大幅に向上しました。今度こそ失敗はありえない」

「ああ、よろしく頼むよ……共犯者君」


 そこまで話したところで資料室の扉が開き、社長と専務が出て行った。……いやまだ油断するな。一人だけしか出て行っていない可能性もある。まだ音を立てるな。


 口に手を当てて動きを止めることおおよそ十分。流石に出て行っただろうとそっと入り口近くを覗き込むと、やはり誰も居なかった。


「……はああああ、疲れた」


 緊張の糸が解けてしゃがみ込む。危なかった。もし見つかったらどうなっていたか。顧問解任だけでは済まされなかったかもしれない。


「……それにしても」


 ようやく落ち着いたところで俺の脳裏には先ほどの二人の会話が過ぎった。もしかしなくても俺は……とんでもない話を聞いたんじゃないのか。


 早く夕に連絡しなければ。だが此処でスマホを使う訳にはいかない。この会社内で電波を使ったものは軒並み情報を抜かれる可能性がある。会社の外に出て、やつらの目の届かない場所まで行かなければならない。

 夕に伝えるまで今の会話を何一つ忘れるな。あいつならきっと、此処から解を導き出してくれる。




    ■ ■ ■  ■ ■ ■




「青海さん、こちらです」


 翌日、鑑定が完了したと連絡を受けて私は夕さんと共に警察署を訪れていた。夕さんは何も言っていないが昨日の記憶はあるのかないのか……別に聞いてもいいのだが、白君に“本物”だと言った手前覚えていると言われたらちょっと気まずい気がして何も聞いていない。どちらにしろ、念の為タブレットに記録は残しただろうし情報共有は必要ないだろう。


「失礼します」


 受付から案内されて訪れたのは小さな会議室のような場所。そこでしばらく待っていると、ノックの音と共に木製の箱を持った未来さんが姿を現した。


「……おい」

「未来さん、あの……大丈夫ですか」


 主にその……顔が。

 夕さんも絶句している。昨日も昨日であれだったが、目の下の熊やら顔色やらが大分やばい。私達の心配を余所に彼女はしれっと「まあ一昨日から寝てないけど大丈夫」と言う。いやそれ大丈夫じゃないやつ。しかも昨日は自棄酒して荒れてたし……。


「まあ警察やってるとそういうことはよくあるから。……さて、今日はご足労頂きましてありがとうございます。青海陽太さんの遺骨の鑑定は終了いたしましたのでお返しいたします」

「……ええ、弟をありがとうございます」


 私達に対面するように椅子に座った未来さんがきりっと表情を引き締めて仕事の顔になる。そして手にしていた木箱……骨壺が入っているらしいそれを夕さんに差し出した。それを受け取った彼は無表情でしばらく箱を見つめていたが、ややあって未来さんに頭を下げる。


「続けて鑑定結果を。この遺骨が発見されたのは一昨日の早朝です。発見場所は――」

「八十口村の石像の下、でしょう?」

「……また勝手に情報抜いたの? まったく」


 はあ、一瞬素に戻った未来さんが呆れたようにため息を吐く。


「その通り、発見場所は八十口村。青海さんには言うまでもないかもしれませんが……供物として食された他の遺骨と同様に遺棄されていました。火葬などはされていない様子で、食す部位だけを取り除いた後そのまま埋められたのでしょう」

「……続けて下さい」

「鑑定の結果亡くなったのは十年ほど前、つまり行方不明になってからさほど時間は経っていないようでした。そして……問題は死因です」


 未来さんは数枚の資料を取り出して机の上に広げた。資料には頭蓋骨の写真が載せられていて、一部分が注目を促すように小さな赤い丸で囲まれていた。


「時間が経っている為百パーセント確実だとは言いませんが……死因は恐らく、感電です」

「か、感電?」

「この写真の通り、頭蓋骨のこの辺り……両側の耳の上の部分にほんの僅かですが熱で焦げた傷が見受けられます。あまりに極小ですし、焼け方から見て恐らく火ではなく電流によるものだと判断されました。頭蓋骨以外にも全身の骨が発見されていますが傷が残っているのはこの部分だけ。両側とも同じ位置に傷が残されていることから意図的に傷を付けたと思われます」

「位置的に雷に当たって、ということではなさそうですし、そもそも骨にまで傷が達している。頭に無理矢理穴を空けられて電気を流されたと言っても冗談にならなそうだ」

「はい、ですから恐らくこの傷が死因だろうというのが私達の見解です」


 刺されたのでもなく殴られたのでもなく、感電死。いまいちどうやって殺されたのかイメージが湧かない。夕さんが推測する通りなのだとしても、一体犯人はどうしてわざわざそんな回りくどい殺し方をしたのだろうか。

 私が考え込んでいると、「鑑定結果は以上です」と未来さんが資料を纏め始めた。


「貴重な情報を、提供ありがとうございました。必ず役立てます」

「……二人とも、お願いね」

「ええ」


 大きく頭を下げた未来さんに頷いて、私と夕さんは会議室から出た。お互い不可解な死因について考えているのか無言になっていると、少し歩いた所で通路の曲がり角の向こう側からばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「夕っ!」

「あ……」


 すぐさま角の先から飛び出して来たのは、夕さん達の両親だった。息を切らして走ってきたお母さんと、ふらつく彼女を支えるお父さん、そしてその後ろから付き添いらしい警察官が追いかけて来た。


「警察から連絡もらって……陽太は」

「……」


 夕さんが無言で骨壺の入った木箱をお母さんに差し出した。それを見て彼女は受け取る前に泣き崩れ、お父さんも痛ましい顔で項垂れた。……夕さんが二人を見て唇を噛み締めるのが見える。


「陽太……」

「ごめん、ごめんね。こんなになるまで見つけてあげられなくて」

「……私はもう行きます。陽太は、そちらで供養して頂けますか」

「夕……?」

「忙しいんですよ。遺体が見つかったおかげで新しい情報が増えた。……必ず、陽太を殺した犯人を特定しますから」


 早口でそう言って、夕さんはお父さんに骨壺を押しつけた。そしてそのまますれ違うように去って行く息子の後ろ姿を呆然と眺めている二人を見て、私も頭を下げて夕さんの後を追いかけようとした。


「瀨名さん待って!」


 が、その前に呼び止められる。足を止めて振り返ると、夕さんのお母さんが縋るような目でこちらを見ていた。


「夕のこと――」

「大丈夫です!」


 言いたいことは分かっていた。だから私は安心させるようにそう言って、大きく頷く。


「夕さんには私が側にいますから! だから大丈夫です!」

「瀨名さん……」

「一緒に必ず、真実を暴きますから」

「……あの子が無理だけはしないように、どうか見ていて下さい」

「分かりました」


 お父さんが夕さんを案じる言葉に少し安心した。やっぱり皆気付いてたんだ。陽太さんを探す為に夕さんがどれだけ自分を追い詰めてきたのか。夕さんだけが、周りの心配に気付かずにただ自分を責めていた。


 私は二人に会釈して踵を返す。早く追いつかなくてはと早足で通路を進むと、階段の手前で夕さんが壁に寄りかかって待ち構えていた。


「あれ、待っててくれたんですね」

「……両親がすみません」

「聞いてたんですか。まあでも言葉通りなので……一昨日も言いましたけど、私が側にいる以上夕さんが自分を責めるのは絶対に許しませんからね。口に出さなくても思ってたら見えますし、私が近くに居なくても駄目です。他の人にも密告してもらいますから」

「とんだ束縛の強さですね……」

「この件に関しては諦めて下さい。少なくとも、この事件が解決するまでは」


 開き直ってそう言い切ると、夕さんは何とも言えないもやもやとした色で額に手を当てて「分かりました、従いますよ」と諦めたように言って歩き出した。




    ■ ■ ■  ■ ■ ■




「だけど感電死なんて、いきなりよく分からない情報が出てきましたね」


 事務所に戻ると、私はデスクで腕を組んで考え込んでいる夕さんにコーヒーを出しながらずっと頭を回っていた疑問を口にした。


「それも何でしたっけ、頭に電流を流されたって……」

「ええ。犯人が陽太の頭脳を狙って誘拐したのだとしたらもっとも大事にするべき部分を積極的に破壊した」

「用済みになって口封じしようとしたってことは?」

「可能性はあります。他の人間に陽太の頭脳が奪われるのを防ぐために壊した。……ですが、誘拐してすぐに殺すよりももっと長期間監禁して新しいアイディアを作り出すのを待った方が効率はいいんですよ。あいつはまだ高校生だった。これからもっととんでもない技術を生み出す可能性を秘めた金の卵だったんですから」

「確かに……わざわざ外部の八十口村まで使って遺体を処理しなければならなかったんですからね。そっちから情報が漏れる可能性もあったのに使わざるを得なかった」

「そもそも口封じだけなら特殊な方法を使わなくても殺す方法なんていくらでもある。何故脳を直接壊す必要があった? たとえば死後に脳から何かしらの証拠が出る可能性あった……」

「殺された時の記憶とか引っ張り出せたらそんなことされるかもしてないですけど、まあそんな技術あったら警察がひっくり返りますね」

「……」


 殺人事件があってもそんな確実な証拠があったら捜査も楽だろうな。そんなことをぼんやり考えていると、いつの間にか夕さんが黙り込んでいた。厳しい顔で口元に手を当てて、そしてはっと顔を上げたかと思うと目の前のパソコンを触り始めた。


「脳波……」

「脳波?」

「前にミスズが脳波を読み取って思考を表示させる、そんな技術を実用化させました」

「あーありましたね。確か颯さんがそんなこと言ってたような」

「元々ミスズは脳に関する技術が専売特許でした。社長が脳科学専攻だったのでね。そして実用化されたあれはそれよりも前に発表した論文が元になっていたんです。……これですよ」


 パソコンの画面の表示されていたのは著者が三珠洲社長の論文だ。見ると十五年は前のものになっている。


「えっと……脳の記憶領域の外部媒体へ移行に関するなんたらかんたら……」

「つまり、頭の中にある記憶を出力してデータ保存をする、という理論です」

「記憶を、データ保存……? そんなことできるんですか?」

「昔ミスズを調べるに当たって読んだことがあります。私は脳科学にさほど詳しい訳ではないので概要を理解するのに留まりましたが、当時は脳に悪影響を与えるだとか机上の空論だとか叩かれていたそうですよ。……ですが、これが本当に作り上げられていたとすれば後々抜かれたくない情報を消し去る為に脳から壊した……?」

「……ん? おかしくないですか。だってその技術を持っているのはミスズなんですよね? 他の企業や警察がそれを使えるんなら分かりますけど、ミスズだけの技術なら情報を抜き取られる心配なんてする必要がないじゃないですか」

「そう、なんですよね。……何かがおかしい。いや、ひょっとして……そうか、いやそうだ、そもそも前提が違う!」

「え?」

「なんで殺したかじゃない、結果的に殺してしまっただけで本来の目的が違った。犯人の目的は陽太の頭の中身。それを抜き出す過程で……誤って死んでしまったとしたら」

「!」


 はっと目が覚めるように頭の中がクリアになる。それなら全てが繋がったように思える。生かしておくよりもあまりメリットのない殺人を行ったことも、過失で結果的に殺してしまったのなら話が通るのだ。

 夕さんが論文に目を走らせる。何十ページもあるそれをすばやく流し見していると、彼はとあるページで手を止めて思わずというように口角を上げた。


「やはりそうだ、これを見て下さい」

「あ! これって……さっき見た火傷の傷と一緒の」

「ええ。脳を丸々コピーする際に脳波を読み取る時にこの……両耳の上に機器を取り付ける仕様になっています。陽太はこの技術を用いて記憶を抜き取られた可能性が高い」

「やっぱり犯人はミスズだったんですね!」

「……いや、ですがそう断言は出来ません」

「え、なんで」

「この論文を見た他の人間がこの装置を作り上げたのではないと言い切れないからです」


 今まさに歓喜の色を見せていた夕さんが途端に慎重な姿勢に戻った。でも……そうか。確かにその可能性は否定できないし、ミスズが犯人だとしてもそう言い逃れができるってことか。

 一歩前進したかと思ったのにまた半歩下がってしまった。やっぱり確実に犯人を特定できなければ前に進めないのか。


「八十口村の方に何かミスズの情報は無いんですか?」

「昨日よう……白がやっていましたが結果は芳しくありません。十年も前のことですし、顧客情報の管理も杜撰だったようですから」

「あのサイコ指導者ほんっとうにふざけるなよ……!」

「ですがそれが顧客にとっては都合がよかったようですからね」


 あいつ何一つろくなことしないなと毒づく。大きくため息を吐いて立ったまま冷めてしまったコーヒーを流し込むと、私はその足でシンクに空になったコーヒーカップを置いた。


「……何か、何かないのかな」


 夕さんが十年間も手を拱いている事件だ。私がちょっと考えたところで何にもならないと思うが、それでも考えてしまう。

 彼が長年目を付けていたという事実も、そして論文の件からも私はやっぱりミスズが犯人だと思っている。それを裏付ける何かがどこかに転がっていないものか。

 ミスズ……脳を読み取る装置。色んな技術を持っている。アンドロイドを作って反対運動を起こされて……そういえばアンドロイドも陽太さんの技術なんだよな。ああ、だから――、


「……ああああ!!!」

「なっなんですか一体!?」

「あっ、あの! すごく言い忘れてたことがあるんですけど!」


 キッチンで特大の叫び声を上げると、酷く驚いた顔をした夕さんが駆け込んできた。私は彼を見ると衝動的に両肩を掴み、勢いのままにぐらぐらと体を揺らす。


「私、あのショッピングモールで事件に巻き込まれましたよね!」

「ええ、そうですが……」

「その時にミスズのアンドロイドに助けられましたよね!?」

「だからそうだと」

「あのアンドロイド……色が、見えたんです」


 そう言った瞬間、夕さんは呆けたような顔で固まった。

 そうだあの時、私と未来さんを助けたアンドロイドには私の目にしか見えない色が見えた。だからこそあれがアンドロイドだと言われてもすぐには信じられなかったのだ。だってつまり、本当に心を作り出してしまったってことになる。


「本当に、色が?」

「間違いないです! 夕さんは私の目を疑うんですか!? いや今回ばかりは私も疑いたくなりましたけど!」

「アンドロイドに心が……いや、AIの思考が竜胆さんの目から見えるほどに人間に近付いた、ということか……?」

「いや大事なのはそこじゃないんです! 問題はその色!」

「……どうだったんですか」


 頭の中で出来るだけ思い出さないようにしていた事件の光景。瓦礫が振ってきて、突然真っ暗になって、そして現れたあの人は。


「――未来さんを見たあのアンドロイドに、本当に綺麗な桃色が見えました」


 一番近いのはローズピンク。だけどそれだけじゃ表せないような、今までに見たことがないほど綺麗な色だ。恋のような、愛のような、見ているこっちが思わず息を呑んでしまうような美しさだった。

 アンドロイドは作り手の望むように作られる。ならばそれを作り上げた人は……彼しかありえないのではないのか。


「……く、」

「え?」

「ふはっ、あいつは本当に……」


 驚きで固まっていた夕さんが、不意にその表情を崩して笑い始めた。


「いつもそうだ、あいつは頭がおかしいんだよ。いっつも訳の分からないものを作ったかと思えば専門家の腰を抜かさせて、未来ちゃん未来ちゃんと馬鹿の一つ覚えのようにあいつのことしか考えない。……竜胆さん」

「はい」

「あなたが見たアンドロイドの情報、その時の状況、一つ残らず全て話して下さい」

「勿論です!」


 私は必死に頭を絞って、何一つ忘れたことがないようにと慎重に爆破事件について当時の状況を話し始めた。

 夕さんはデスクに戻って私の言うことを忘れないように書き留めたり、時折パソコンで何かを調べたりしながら噛み締めるように話を聞いていた。


「――それで、私は救急隊に運ばれて夕さんと合流しました。以上です」

「なるほど、ありがとうございます。それにしても……こんな単純なことを見落としていたとは」

「え?」

「あなたのおかげで大事なことが分かりました。これで、陽太の誘拐にミスズが関わっていたことが確実になった」


 夕さんがそう言って私に微笑みかける。私、役に立てたんだろうか。

 ……だけど、そうは言っても私の目を信じてくれるのは夕さんだけだ。私が見たと言っただけで、しかも共感覚なんて一般的にはオカルトな話をミスズや警察が聞いてくれるとは思えない。


「夕さん、でもこれじゃあまだ……」

「ええ。竜胆さんの想像通り、足りない物が……?」


 その時、夕さんのスマホが鳴った。デスクの上に置いてあったそれを手にとって画面を見た彼は、「少し失礼します」と言って立ち上がり窓の方へと向かいながらスマホを耳に当てた。


「雅人、どうした?」


 どうやら相手は笹島さんらしい。夕さんのお母さんの時のように向こう側の声が筒抜けになっている訳でもないので何を言っているのかは分からない。

 電話している間に洗ってしまおうと夕さんが飲み干したコーヒーカップを持つと、次の瞬間「は?」と驚いたような声が聞こえて来た。


「……」


 それ以降夕さんは相槌すら打たない。ただただ笹島さんの言葉に聞き入るようにスマホを耳から離さず、背中を向けて立ち尽くしたまま動かない。

 私も釣られて動かずに夕さんを見ていると、たっぷりと時間を置いた後にようやく夕さんの頭が動いた。


「記憶をファイル分けして厳重にロックを……」

「は?」


 それって私が昨日白君に無茶振りしたやつでは?

 いきなり何を呟いているんだと思っていると、夕さんはいつの間にか柔らかい色を混ぜて小さく肩を揺らしていた。


「雅人、本当に助かった。お前は今――最も欲しかった情報を手に入れてくれた」

「! それって」


 思わず声を上げたところで夕さんが通話を終了する。振り返った彼は、くしゃりと泣きそうな顔で笑っていた。


「夕さん! 笹島さんは」

「ええ。あいつが持ってきた情報で物的証拠が揃いました。これで――ミスズを追い詰めることができる」

「っ、やったあああ!!」


 喜びのままに夕さんに抱き付く。まだどんな状況だか分かっていないが、とにかく笹島さんがやってくれた! 背中に回った腕に一度強く抱きしめられてすぐに解放されると、夕さんは気を取り直したように「ですがそこに辿り着くまでに多くの準備が必要です」と冷静な声で告げた。


「失敗は許されません。十分に慎重を期す必要があります。警察への根回しやミスズ社長に会うためのアポイント、雅人との打ち合わせ……やることは沢山ある」

「私に回せる仕事は全部寄越して下さい! 夕さんは夕さんだけが出来ることを」

「ありがとうございます。では早速……竜胆さん」

「はい!」


 夕さんは眼鏡を押し上げると、随分楽しげににやっと笑ってとんでもないことを口にした。




「あなたには“天才”になって頂きます」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ