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シロクロ男  作者: とど
29/40

16-2 種明かし


「……ふあぁ」


 連日の残業からは解放されたがそれでも眠い。職場である為欠伸をかみ殺しながら、私は目を擦って目の前のパソコンに向き合った。八十口村の事件からしばらく経ち発見された白骨もある程度身元が特定されて来た。中にはどこの誰だかまったく分からない物もあるのだが……取引していた相手を考えると恐らくヤクザ関係だろうと言われている。


「こういうのは鑑識じゃなくて科捜研の仕事なんだけどな……」


 パソコンで送られてきた遺体のデータと行方不明者の照合をしながら思わず呟く。人手が足りないのは分かっているがこっちも怪我して復帰したてだ。だというのにまったく人使いが荒い。

 照合中の画面を見つめながら肘を付いた手に顎を乗せる。……これが終わったらちょっとお昼食べに行こう。せっかくだしちょっと奮発して高い物でも――。


「……え」


 ピピ、と音を立てて画面に照合完了の文字が浮かび上がる。そしてその文字と一緒に表示されているのは勿論遺体のデータと一致した行方不明者の情報だ。

 目を疑う。そんな、まさか。思わず声に漏れて、ただただ自分の目を疑いたくて仕方が無かった。


 ずっと探していた人、誰よりも愛している――恋人。




「……よう、た」



 

    ■ ■ ■  ■ ■ ■




「竜胆さん! 夕は!」

「笹島さん……急にお呼びしてすみません」


 あのまま倒れてしまった夕さんを前に、私は暫し何も考えられずに途方に暮れた。しかしこのまま彼を床に寝かせておく訳にはいかない為、まず力の入っていない体を無理矢理持ち上げてソファに寝かせた。

 そしてその後どうするべきかと考えた私は……最終的に笹島さんに助けを求めることにしたのだった。倒れたといっても外傷もないし心的なものだろうから救急車を呼ぶのも躊躇われるし、何より彼が一番事情を把握しているだろうと思ったからだ。

 それに……笹島さんにも“あのこと”を言わなくてはならないだろうから。


「夕が倒れたって言っていたが」

「はい。今はソファで寝かせています」

「何があった?」

「……ひとまず、こちらへ」


 意識がないとはいえ夕さんが居る場で話すことではないだろう。私は笹島さんを隣の資料室へ案内して脇に寄せてあったパイプ椅子を引っ張り出して座ってもらった。……此処で未来さんと楽しく舞台の映像を見たのが遠い昔のように感じた。

 私も彼の正面へ座り、そして……一度呼吸を整えてから頭の中で整理した言葉を口にする。


「ついさっき、夕さんに警察から連絡がありました」

「警察? また何か事件でもあったのか?」

「……落ち着いて、聞いて下さい。陽太君……いえ、行方不明になっていた青海陽太さんの白骨遺体が見つかったと言われたんです」

「っ、な」


 ひゅ、と息を飲んだ笹島さんが動きを止めた。言葉にならない、信じられないと言いたげに私を凝視して……まるで私が「冗談だ」と言うのを待っているかのようだった。


「……陽太の、遺体……? それは、本当、なのか」

「はい。失踪時に提出されたデータと完全に一致したと」

「……」


 言葉を失った笹島さんが唇を噛み締めて俯いた。それはそうだろう。私だって最初に聞いた時は耳を疑った。今私がある程度落ち着いていられるのは笹島さんが来る前に気持ちを整理する時間があったことと……そして。


 “青海陽太”に実際に会ったことが無いからだろう。


「……笹島さん。夕さんはずっと、弟さんを探していたんですよね? それで探偵になってこれまでやって来た。……自分の中に弟の人格を作り出すほど思い詰めて」

「! 竜胆さんがなんでそれを……夕から聞いた、のか?」

「夕さんから直接、という訳ではありません。あの人、探し人がいるとだけ言ってすぐにパニックになりかけて、結局あまり話は聞けませんでしたから」

「じゃあ誰から……」

「だから、調査したんです」

「調査?」

「今まで聞いた話から仮説としては考えていたんです。陽太君……夕さんのもう一つの人格は実在する弟をトレースしたもので、本物の青海陽太は別にいるって」


 夕さんは誰かを探して探偵に……いや、警察官になろうとした。これは話に聞いた通りだ。けれど実際には警察官にはなれず探偵になって、そしてその代わりに未来さんが警察官になった。

 夕さんがぽろっと零したその言葉を聞いた時に私は違和感を感じていた。親の夢を子供に託すとかなら分かる。サッカー選手になれなかった父親が代わりに子供をサッカークラブに入れたりとか。けれども夕さんが警察になれなかったといって友人の未来さんが代わりになる、という流れは正直あまり理解しにくかった。だが実際そうだと言うのなら考えられるのは……彼女にも同じように警察官になる共通の理由があったのではないか、ということだ。つまり、夕さんの探す人物を未来さんも探していた。これなら理解できる。


 ここで思い起こされるキーワードがミスズテクノロジーだ。ミスズの会見の後に夕さんがパニックになりながらも口にした言葉からして、この件にはどこかでミスズが絡んでいる。いや、夕さんは関係していると思っている。


 そしてミスズといえば……目の前に座る、顧問弁護士の笹島雅人。

 前に夕さんと笹島さんがこそこそ話しているのを盗み聞きしたことがあった。彼らは何らかの手がかりを得るために何かを探っていた。確か記憶では笹島さんに仕事がどうのと言っていた。……強引かもしれないが、それはミスズのことだと考えられないだろうか。そう考えればその後唐突にミスズのアンドロイドの話題が上がったことも繋がるのだ。ただの脈絡のない世間話だと思うには話の変え方がおかしかった気がするし。


 まとめると、夕さんが探すその人の手がかりはミスズにある可能性が高く、笹島さんがそれを探っていた。私はそう仮説を立てた。

 そして此処が一番大事なのだが、あの時の彼らの会話の中で重要な名前が出た。それが、陽太君だ。夕さんと笹島兄妹を繋ぐ共通の人物として真っ先に上げられるのは彼だろう。

 シンプルに考えれば夕さん達が探しているのは陽太君、ということになってしまう。だが陽太君なんて探す必要は全くない。何せ四六時中ずっと一緒にいると言っても過言ではないのだから。


 ……今まで聞いてきた事がひとつひとつ蘇る。一つ仮説を立ててしまえば、驚くほどそれが噛み合ってしまうのだ。陽太君は夕さんの人格、でもそれが居ないってことは――つまり、他に別の青海陽太がいたってことじゃないのかと。


「強引に話を組み立てているのは分かっています。けれど、そう考えると全て話が繋がったんです。あまりに昔から人格が分かれていたとしたら学校はどうしていたんだろうとか、いくら隠していたと言っても親戚の皆さんが一日おきに入れ替わる多重人格についてまったく知らないままでいられるのだろうかとか、颯さんに陽太君のことを知られた時にあまりにも順応が早かったこととか」

「……」

「ちゃんと昔は二人いたんですよね? それで全て納得できたんです。だって笹島さん、陽太君のこと弟みたいに可愛がってるのに、妹の恋人なのに、それでも夕さんが元に戻ることを……陽太君の人格が消えることを望んでいた」

「ああ、そうだな」

「でもやっぱり、私がこの可能性に思い至った一番の理由は未来さんなんです。ずっと疑問でした。――未来さん、私が知る限りたったの一度だって陽太君の名前を口にしたことがない」


 彼女とは仲良くなって今まで色々と話をしたが、初対面から今に至るまで私は未来さんの口から陽太、という名前が出たのを知らない。本人がいる時もいない時も、『あいつ』とかそんな曖昧な呼び方ばかりで、最初は照れ隠しかと思ったがそれにしてもあまりに不自然に名前を呼ばない。夕さんの名前は普通に呼んでいたからこそ余計に違和感が際立って、わざと呼ばないようにしているとしか思えなかったのだ。

 ……今思えば、彼女にとっての青海陽太は別に居たのだろう。


「試しに検索してみたんですよ、青海陽太って。そしたらあんまりにもあっさり出てきました。……ほら、これです」


 私はスマホの検索結果を表示して笹島さんの目の前に掲げた。そこにはまだ小学生の男の子が大きなトロフィーを手にして重そうな顔をしている画像がある。


「これは確か……陽太のやつがプログラミングのコンクールで最優秀賞を取った時に取材が来てて」

「はい。小学校のホームページに載せられていたんです」


 画面に映る少年は確かに夕さんに似ていたけど、完全にそっくりとは言いがたい。しかし昔の写真なので彼が夕さんの人格ではないという確証は持てなかった。


「だから今度は、この小学校に行って当時の話を聞いてきました」


 私は陽太君のように何でも簡単に調べ上げられる訳じゃないから地道に足で情報を探った。小学校へ行き、当時を知っていそうな事務員のおじいさんを捕まえて「子供の頃の初恋の人を探していると依頼を受けた」と言って青海陽太の話を聞き出したのだ。

 最近は個人情報の扱いも厳しくなっているが、いかにも昔語りが好きそうな人を選んだ為か次々と話が出てきた。正直全く関係のない話も大量にされたが、目的は果たせたのだ。


「昔、青海陽太という天才が在籍していた。授業態度は悪かったけど得意な分野の飛び抜け方は圧倒的で、何度も賞を取ったり留学の打診も来ていたと。それに……隣のクラスの女の子にくっついてばかりで授業が始まる直前になるといつも二つ上のお兄さんに引っ剥がされて教室まで連行されて行っていたなんて話も」

「……はは、懐かしいな」

「それから……卒業後、高校に入学した直後に突然行方不明になったと聞きました」


 話を聞いて、やはり本物の青海陽太が存在していたんだという確信を得た。そして夕さんが探していた人物が本当に彼のことだったんだとはっきりしたのだ。

 私が話し終えると、笹島さんは少しだけ笑って「竜胆さんは探偵に向いているな」と呟いた。


「全部その通りだ。夕には元々二歳年下の弟がいて、未来と付き合ってた。けど十年前に突然失踪して、それで夕は……いや俺達はずっと陽太のことを探していたんだ」

「やっぱり、そうだったんですね」

「あいつはさ、陽太は天才だったんだよ。特に数学には異様に強かったし、他にも面白半分で作ったプログラムが小学生とは思えないと専門家の度肝を抜いた。だから……あいつが行方不明になった時、誰もが思ったんだ。陽太の才能を狙った誰かに誘拐されたんだってな」

「それを、夕さんはミスズが犯人だと?」

「未だに確証はないが、ミスズが突如急成長した時期と陽太がいなくなった時期が一致している。それもミスズは当時脳科学専門だったのが急にあちこちの分野の技術開発を始めた。そして……今まで開発されて来たもの殆どが今まで陽太が遊び半分に作って来た技術と似ていたんだ。まあ、あいつの場合すごい技術でもっとしょうもない物ばっかり作っていたんだが。アンドロイドも、陽太が失踪する直前にちょうど取りかかろうとしていたものだった。理由はそれだけだ」

「……」

「確証なんて何処にもない。たったそれだけの可能性でも、夕も俺もそれに縋った。……けど、顧問弁護士になって内部から探ってもろくな情報は出てこない。情けないことに、俺はちっとも力になれていなかったんだよ」


 笹島さんが、今まで聞いたこともないような弱々しい声で項垂れた。


「陽太が居なくなって、未来が笑わなくなって俺はずっと妹のことばかり気に掛けていた。陽太の脳みそ目当てで誘拐したんだ、絶対に生かされているはずっていう夕の言葉に励まされて、二人でずっとあいつの行方を追っていた。けど……あいつが、夕がどれだけ自分を追い詰めていたか俺はまったく気が付かなかった。大丈夫だ、陽太は必ず取り返すって意気込む夕が、とっくに壊れかけていたなんてあの時まで知りもしなかった」


「――今から三年前だ。陽太が失踪して七年、法的には死亡したとも認められるその日……もう一人の陽太が現れた」

「もう一人の……つまり、夕さんの」

「あの日俺が此処に来たら、眼鏡を外して随分と無邪気な顔をした……まるで、昔見た陽太みたいなやつがいたんだ。『あれ、雅人君いらっしゃい』なんて暢気な顔で言って」


 翌日にはいつもの夕さんに戻っていたから笹島さんもひとまずほっとした。記憶は無いようでそれは気がかりだったけど、きっと夕さんも疲れていたんだと思うことにして忘れようとした。……けれど更に翌日、また“彼”は現れたのだという。


「それがずっと続いた。そこまで行ってやっと夕が多重人格になったことを理解して、俺は今まであいつに何もしてやれてなかったことを後悔した。恋人を失った未来は勿論、弟を失った夕だってどれだけ傷ついているのか分かってたはずなのに、俺はそれに全然気づけてなかったんだよ……」

「それは笹島さんだってそうじゃないですか。笹島さんだって大事な弟分を失って、苦しんでいたんじゃないんですか」

「俺はあの二人から見れば大したもんじゃない」

「でも」

「だから俺がちゃんと二人とも見てやらなきゃいけなかったんだ。けど夕が壊れて、もう一人の陽太が当然のように未来の恋人のように振る舞うようになって……俺は、どうしたらよかったんだろうな」

「……」

「あれから夕のことは人一倍気に掛けて来たつもりだ。だけど、俺、臆病なんだよ。余計なことを言って、更にあいつが壊れてしまったらと思うと怖くて、だから夕に直接もう一つの人格について尋ねられなかった。これ以上酷いことにならないように、腫れ物のようにそっと触らないでおくことしかできなかったんだよ……」


 懺悔するように、ぽつぽつと苦しげに後悔の言葉がこぼれ落ちる。笹島さんだってずっと一人で苦しんでいたんだ。夕さんにも未来さんにも言えないことを抱えて、この三年間ずっと後悔し続けて来たんだろう。


「……竜胆さん」

「はい」

「俺はさ、本当に君に感謝してるんだよ」


 その時、ずっと俯いていた笹島さんが顔を上げた。


「君が此処へ来てからというもの、夕が不安定な姿を随分見なくなった。それまで時折情緒不安定になってパニックに陥りかけることもあったのに、今じゃ全く見なくなった」

「それは、部外者がいるから気を張っていただけかもしれないですけど」

「そうじゃない。そんなもんじゃないんだよ。あの夕が君に気を許している姿を見た時、俺がどれだけ驚いたことか。あいつには竜胆さんが必要なんだ」

「……そうだといいんですけど」

「あいつはいい方向に向かってた。もしかしたら元に戻ってくれるんじゃないかって期待してしまうくらいには落ち着いていたのに……なんで、こうなっちゃったんだろうな」


 夕さん達は今まで必死に陽太さんを探して、苦しんで精神を病んで、それでも探し続けていた。それなのに……肝心の彼はもう亡くなっていた。どれだけショックだっただろう。どれだけ悲しくて虚しくて……後悔したんだろうか。


「竜胆さん。退院したてで悪いが、夕が起きるまで側に居てやってくれないか」

「勿論です。笹島さんは」

「俺は未来の様子を見に行く。……あいつは警察だ。きっともう、陽太の遺体が見つかったことについて話を聞いているかもしれない」

「……あ」

「俺が此処に居ても夕には何もしてやれないから。無責任なことを言っているのは分かっているが……夕のこと、頼む」


 笹島さんはそう言って椅子から立ち上がると資料室の外に出た。ちらりとソファに横たわる夕さんを見て、拳を強く握りしめて無言で事務所を出て行った。


 私はその後ろ姿をじっと見つめた後、夕さんの側へと近付いた。ソファの前に膝を着いて、静かに目を閉じる彼の顔を覗き込む。

 夕さんの意識は、まだ戻らない。


「……夕さん」


 この人が起きた時、彼は現実を受け止めきれるだろうか。


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