13-1 そういうところ
「笹島さん! 付き合って下さい!」
笹島さんが青海探偵事務所へやって来た。うちの依頼人の裁判を担当することになった彼に書類を引き渡したり裁判当日の話をしたりして、話が一段落着いたところで私は彼に向かってそう言って頭を下げた。
「は!?」
その直後、隣に座っていた夕さんにいきなり両肩を掴まれて揺さぶられる。
「ちょ、夕さん突然なんですか」
「何ですかってそれはこっちの台詞です。どういうことですか!」
「え、どうもこうも……これですが」
私は笹島さんに見せようと思っていたスマホの画面を至近距離の夕さんの目の前に掲げる。彼の目がスマホに向き……そして、目を瞬かせた後急に困惑した表情を浮かべた。
「コラボ……カフェ?」
「はい! なずな様のコラボカフェが始まったんですよ!! それでもって運良くご用意されちゃって!! 今度の土曜日に行くことになったんです!」
「え……と、よく分かりませんが、それに雅人を誘おうと?」
「そういうことです!」
拳を握りしめて力強く頷くと、夕さんは頭痛を覚えたように額に手をやって大きくため息を吐いた。なんだその反応、せっかく幸運にもチケット取れたんだから一緒に喜んでくれてもいいのに。
「……失礼、取り乱しました」
「取り乱しすぎだろ」
「お前は黙ってろ。笑うな。……いいですか竜胆さん。いきなりいつ、何処にとも言わずに付き合ってくれなどと言うのは誤解を招きます。言動にはくれぐれも気を付けて下さい」
「はあ、すみません。私笹島さんの連絡先知らないし、今日来るって言うから絶対に忘れないようにってずっと考えてたのでつい、勢いあまって」
「そういえば知らなかったな。今のうちに交換しとくか」
「お願いします。これからも何かあるかもしれないし」
「何かとは?」
「……夕さんが急病で倒れたとか?」
「不吉なこと言わないでもらえますか」
そのまま手にしたスマホに笹島さんの連絡先を登録する。これでよし、と顔を上げると、テーブルを挟んだ向こう側で笹島さんが苦笑を浮かべていた。
「ところでそのコラボカフェ? って何だ? 普通のカフェじゃないのか」
「えっとですね、コラボカフェっていうのはアニメとかゲームとかが多いんですけど、その作品をモチーフにした内装やメニューなんかが楽しめる期間限定カフェのことです。で、今回なずな様のコラボカフェができましてね? これはもう絶対に行かなければと」
「ほお……、最近はそういうのがあるんだな。で、何で俺なんだ? 適任なら他にもいると思うが」
「実は最初は未来さんに一緒に行ってもらうつもりだったんですけど……」
「あなた達知らないうちに随分仲良くなってますね」
「べ、別にいいじゃないですか! 何か文句あります!?」
「何でそんなに怒るんですか……」
未来さんが私の所為でオタバレしてしまわないか冷や冷やして思わず大きな声を出してしまう。ひとまず未来さんはある程度私に乗せられている感じだと思ってもらわないと。
あれから未来さんとは時々会ってお互いの趣味の話で盛り上がったりして結構仲良くなった。私は趣味の幅が広がったし、未来さんも推し、というほどではないがなずな様の曲を結構聞いてくれている。最近アニメとタイアップすることもあったので入りやすかったんだと思う。
それで今回、コラボカフェの抽選が見事に当選したので是非一緒に行ってくれないかと頼み込んだら快くOKしてくれたのだ。代わりに自分の時もお願い、と。
……だが。
「まあそういう訳だったんですけど……仕事が終わらないから来られなくなったって」
「ああ……未来は今忙しいでしょうね」
仕事が一気に立て込んで当日も無理そうだとこの前連絡が来たのだ。しかし勿論カフェに行く日時は変えられない。仕方が無いので代わりに一緒に行ってくれる人を探していたのだ。
「未来が忙しいって何かでかい事件でもあったのか?」
「あー……夕さん、これ笹島さんに言っていいやつですか?」
「雅人ならいいでしょう。誰かに吹聴する必要性もないので」
「分かりました。実はですね、私達この前ちょっと大変な事件に巻き込まれたんですけど……」
私は八十口村の事件について笹島さんに説明する。最初は普通に相槌を売っていた笹島さんだったが、食人の下りで顔を引きつらせ次第に表情が強張っていく。最後に無事に脱出したところまで話すと緊張が解けたように安堵して肩を落とした。
「……え、マジな話なのか? この現代社会で?」
「むしろ現代社会だからこそ死体を隠蔽するのに困った人を利用して成り立ってたというか」
「胸糞悪い話だな……」
「まあそういう訳で、智也君の証言で調べたら八十口様の像の下から白骨遺体がわんさか見つかってしまったらしくて、それを調べる為に結構な人数の応援が呼ばれたみたいなんです。で、未来さんも」
「事情は説明したが実はこれは機密事項だ。この村と遺体を取引していた連中はかなり居るらしいからな。そいつらを炙り出す為に情報は伏せられている。……村を調べても全ての情報があるわけでもないから捜査は難航しそうだが」
「当事者といえどもお前達はそこまで情報掴んでいるんだな」
「あ、それは陽太君が全部」
「……そうか」
笹島がげんなりしている。陽太君が「未来ちゃんと全然会えないんだけど!!」と叫びながらハッキングしているところを見たらもっと呆れると思う。
「それで話戻しますけど土曜日暇ですか?」
「いや暇っちゃあ暇だけど……というか夕じゃ駄目なのか? 陽太でも……いや、土曜日か」
「夕さんは駄目です!」
「何故、ですか?」
「え? だって夕さん土曜日仕事あるじゃないですか」
「……そういえばそうですね」
何を当たり前なことを。私は予約が取れた時点で有給入れたが夕さんは普通に勤務日だ。そのくらい自分で把握していると思ったのだが。
「おい夕、負けんな」
「お前は黙ってろ。……竜胆さん、そのコラボカフェとやら何時からですか」
「十三時半です」
「でしたら行けます。元々土曜日は朝から依頼人に最終報告をするだけですから」
「えー……でもな」
「何が不満なんですか」
むっとした顔をしている夕さんに、私は居住まいを正して真剣な顔で彼に向き合った。
「……いいですか夕さん。コラボカフェというのはですね……戦いなんです」
「戦い」
「そうです。大体メニューを一つ頼むごとに一つコースターやら何やらが付いて来るんですが、それが基本的に何種類あるうちからランダムなんです。つまりコンプ……最悪でも一番欲しいのは絶対に確保したい訳で、できる限り沢山食べたり飲んだりする必要があるんですよ」
「そうやってお金を巻き上げている訳ですね」
「ファンが満足してるからいいんですよ! で! 笹島さんも見て下さいよこのうっすい体! このもやしっ子代表者! 絶対量食べられないじゃないですか」
「はっ倒しますよ」
「まあそういう訳で夕さんじゃなくて体格のいい笹島さんにお願いしているんです」
ランダム配布がなければ別に一人でも行くのだが、未来さんが居ない以上彼女と同等には食べられる人が望ましい。ちなみに未来さんは体力勝負の警察官だけあって結構食べる。
「……竜胆さん実はな、夕はこんななりだが実は結構食う」
「はあ……」
いきなり笹島さんが真剣な顔したと思ったら何だ。私に向かってそんな見え透いた嘘吐かれても困るんだけど……。
「いやたまに一緒にご飯食べますけどそんなに食べてな」
「普段はセーブしてるんだよ。な、夕」
「……竜胆さん、コラボカフェというのは先ほど言ったように加神さんモチーフのカフェになっているんですよね?」
「あ、はいそうなんですよ! 先に行った人の感想見まくっててもう楽しみで楽しみで」
「でしたら同行者も、彼女にある程度理解のある人間の方がいいと思いませんか? この男はテレビはニュースしか見ないし、アイドルどころか芸能人にも滅法疎いです。一緒に行っても何一つ共感してもらえませんよ。……まあ? 私でしたら竜胆さんのおかげで加神さんの情報は一通り把握していますが」
「! た、確かに……」
はっと目が覚めたような気分だった。そうだ、グッズコンプの為に誰と行くのが最適かとばかり考えていたが、元々コラボカフェはなずな様が好きな人達が行って楽しむ為の場所だ。まったく興味の無い人を無理矢理連れて行ってもなずな様が喜ぶはずがない。
「夕さん私が間違ってました! 土曜日仕事手伝いますから一緒に行ってもらえませんか!」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます!」
「……すげーな、瞬殺じゃねーか」
「お前と違って相手を理解しているだけだ」
■ ■ ■ ■ ■ ■
「す、すっごい……すごい! 尊い……」
「あなたさっきからそれしか言ってませんけど」
「それしか言うこと無くないですか? ほら夕さん、これデビューして一番最初のライブで着ていた衣装ですよ! あ、コメント書いてある!」
さて、来たる土曜日私は約束通り夕さんと念願のコラボカフェを訪れていた。もう何処を見ても興奮するしかない。見たことのないショットのポスターは貼られていたり、非売品の記念グッズが展示されていたり……内装もオシャレで可愛くて、なずな様が監修して考えた空間に自分が居るなんてもう今世界で一番幸せなんじゃないかと思ってしまう。
周りを見回すと男性客八割、女性客二割といったところだ。何が素晴らしいってその誰もが皆嬉しそうな色をしているってこと。
「ほら、あそこの人が食べてるアップルパイ、セカンドシングルのモチーフなんですよ! でね、この煮込みハンバーグは」
「加神さんの好物でしたか」
「流石夕さんよく分かってますね! そういう所好きです! なずな様は小さい時からお母さんが作ってくれた煮込みハンバーグが大好きで、このメニューもできる限り味を近付けたとかなんとか……つまり私は今なずな様と同じものを口にしてるんですよ!」
「まあ試作は食べたでしょうから同じものは食べているでしょうね」
「……夕さんのそういう所嫌いです」
「それはどうも」
私は何もかもに喜んでいるが、夕さんは当たり前だが冷静だ。が、適当に相槌を打たずにちゃんと返事をしてくれる。
私は目の前に並ぶ四角いコースターを眺めて思わず口が緩んだ。今のところ被り無し、まだコンプはしていないが一番欲しかったものは手に入ったし成果は上々だ。
「……心底楽しそうですね」
「そりゃあそうですよ、楽しくない訳がないです。夕さんが一番欲しいの引いてくれましたしー、やっぱり物欲センサーがない方がいいんですね。ありがとうございます!」
「ええ、まあ来た甲斐はありましたね」
喜びを抑えきれずににやにやしていると夕さんに妙に微笑ましいものを見るような目で見られた。
「――あー! 最高!」
「それは良かった」
コースターは結局最後の一枚が被ったが勇気を出して頼んだら隣の人が交換してくれたし、グッズは欲しい物を全て買った。これは大勝利。
今日の私は全てにおいて無敵であるとご機嫌で店の外に出ると「車取ってきますので此処で待っていて下さい」と夕さんが近くのコインパーキングへ向かっていった。
いやしかし、もうお腹が苦しい。一人でドリンク三杯にフード二つ……明日の朝くらいの分まで食い溜めたと思う。これ以上は無理だったので奇跡的に揃って良かった……。
「なあ、君なずなちゃんのコラボカフェ入ったよな?」
外は結構寒い。手を摺り合わせながら店の壁に寄りかかって夕さんを待っていると、ふといつの間にか隣に居た男の人に声を掛けられた。ちらりと見ると彼も私と同じショッパーを手にしており、聞くまでもなく同志だと分かった。
「はいそうです! あなたもですよね?」
「そうなんだよ。ところでコースターの交換って出来ないかな? 俺まだコンプ出来てなくて」
「ごめんなさい。私もうダブリ無いので……」
「あ、そうなのか。いいなあ……じゃあさ、交換はいいからちょっとそこら辺の店で話さないか? 一緒になずなちゃんの話出来る人探しててさー」
「え? あ、でも私もう帰」
「――竜胆さん、お待たせしました」
推し語りが出来る機会を逃すのは残念だが、夕さんを待たせる訳にはいかないと断ろうとしたところで目の前の道路に車が停止した。
「……彼女に何か?」
「え、その」
「ああ、この人は一緒になずな様のこと語りたいって言ってて」
「ははあ、成程。別に構いませんよ。私も是非参加させて下さい」
「え……! 夕さんもとうとうなずな様の魅力が分かってくれたんですね!? じゃあどっか別の場所で三人で話を」
「い、いややっぱりいいよ! 連れがいると思ってなかったし……それじゃ」
「あ」
急に焦りだした男性がそそくさと離れていく。何だ一体、せっかくなずな様のこと語り合えると思ったのに。
「乗って下さい」
「はい。……残念だったなー」
「……」
肩を落として助手席に乗り込むと、夕さんがジト目でこっちを見てくる。そして見せつけるように大きくため息を吐くと「あなた加神さんが絡むとポンコツになるのホントにいい加減にして下さい」と言われた。
「は? 何の話ですか」
「今の男、明らかにナンパだったじゃないですか」
「……ナンパ?」
「何でそんな未知の言語聞いたみたいな声出してるんです」
「いやだって、私ナンパなんて生まれてこの方されたことないですよ?」
何かの間違いじゃないかと懐疑的な目で夕さんを見ると「そうじゃなければあの男も私を見た途端に逃げないでしょうが」と返された。……確かに?
「大体もっとちゃんと色を見ておけばすぐに分かるでしょう」
「いや何か嬉しそうだったんで同志を見つけた喜びかと」
「だからポンコツだと言っているんです。普段ならあっさり見抜く癖に浮かれているからそうなるんですよ」
「それは夕さんがちょっと買い被りすぎでは」
「正当な判断です」
……そこまで買われると嬉しいようなプレッシャーになるような。まあともかく、夕さんが言うのなら確かにあの男はナンパして来たのだろう。
「いやーでも、私をナンパしてくれる人がいるってちょっと嬉しいですね。普段声掛けられたら大体宗教勧誘とか怪しいもの売りつけて来る人ばっかりなんで」
「それはあなたがいつも死んだ目だからですよ」
「は?」
「何か生きてることがあまりに楽しくないような荒んだ顔してますからね」
「え、まって、待って私そんな顔とか目してるんですか!?」
「最近は大分ましになりましたが」
全然自覚してなかった……。そうか、まあ確かにこれだけ色んな人間の裏の色を見せられて、ましてや冤罪に掛けられそうになったらそうなるのか。
「マジかー……私の目、死んでるのか」
「今日は生き返ってますから安心して下さい」
「……成程、なずな様のパワーですね! やっぱなずな様は神!」
「はあ……」
「つまり生き続ける為には常になずな様のこと考えておけってことですね」
「私は別にずっと死んでいたところで構いませんが」
「は?」
「虫除けが面倒なので」
ぱっと隣を見ると夕さんは涼しい顔で運転していて、じっと見てもこちらを見向きもしなかった。
……はあぁ。
「夕さん、ホントそういうところさぁ……」
「何か」
「何でも無いです」
 




