12-1 神様の村
「うわー、すっごい森の中……」
「陽太君、寒いから窓閉めてくれる?」
先ほどからじーっと外の風景を眺めている陽太君に声を掛けながら、私は足場が悪い所為でがたがたと揺れる車を慎重に運転していた。
今日はとある依頼を受けてこんな山奥にまでやって来た。朝早くから車を走らせているが昼を過ぎてようやく目的地の近くまで来られた。もう調査する前から疲れてきている。
「でも、全然村とか見えないね。ホントにこんな山奥にあるの?」
「うん。僕の情報が間違ってなければだけど」
「陽太君のことは信用してるけどね」
始まりはとある大学生が「友人が行方不明になった」と言って青海探偵事務所を訪ねて来たところからだ。何でも失踪者である青山という男は普段からホラースポットやオカルト関係の場所へ行くのが趣味で、よく危ない場所をふらふらしていたのだと言う。そして二週間前、とある村へ行くと告げて以降一切の連絡が取れなくなったのだ。
「瀬名ちゃんってオカルト信じる?」
「んー……何とも言えないかな。私の“これ”も他の人から見たらオカルトみたいなもんだし。陽太君は?」
「不思議なことはあった方が面白いよね! この村も……えっと八十口村も不思議な感じだよね。噂だと神様に守られた奇跡の村だとか」
「ずっと昔から一切災害とかに見舞われたことがないんだってね」
これから訪れる八十口村という所は、土着信仰が深く独自の神様を奉っているらしい。村の名前と同じ八十口様という神様は自身を信仰するその土地の守り神であり、水害も飢饉も疫病も、全て沢山ある口が飲み込んで村を守ってくれているのだとか。
「口がいっぱいある神様って怖くない?」
「えー僕は見てみたいな。……あれ?」
「あ」
ブレーキを踏む。一本道の山道をひたすら走っていたのだが此処に来て目の前に通行止めの看板と道を塞ぐコーンが現れた。看板には「ここから先、車の侵入禁止」と書かれている。細かく文字を読むと、どうやら地盤が緩んでおり車で通ると道が崩れる可能性があるらしい。
「ええ……どうしよう。陽太君、此処から村まで歩いてどのくらい掛かりそう?」
「うーん、一時間も掛からないと思うけど」
「しょうがないか。村まで歩ける?」
「頑張るよ!」
張り切ってるけど大丈夫かな……。まあそれしか行く方法がないなら仕方が無い。私は少し道から外れた場所に車を停めて、必要になりそうな物を鞄に入れたり身に付けたりした。陽太君は鞄といつものタブレットを手に持って、村までの道をナビゲートしてもらう。
流石に真冬にこんな山奥を歩くのは辛い。鼻が冷たくなって手で押さえながら山道を登っていると、案の定陽太君が十分ほどでもうへばったのか立ち止まった。
「瀨名ちゃん待って」
「ええ、もう……? まだ歩き始めたばっかりなんだけど」
「そうじゃなくて……あー圏外になっちゃった」
「え?」
「ポケットwifiも繋がらなくなってるし。おかしいなー、此処対応地域のはずなんだけど」
色々といじっているものの難しい顔はそのままだ。繋がらないのなら仕方が無いし別にそんなに問題ないのでは?
「まあ多少は不便かもしれないけどしょうがないよ。早く行こ?」
「んー……僕何の役にも立たないかもよ?」
「そんなこと無いって」
珍しいな、陽太君がそんなこと気にするなんて。
首を傾げながらも陽太君の腕を掴んで山道を引っ張って行く。日が落ちるのも早くなったし、明るいうちに村に辿り着かなければ大変なことになる。遭難はごめんだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■
「着いた……」
そうしてちょうど一時間ほど歩いたくらいだろうか、私たちはようやく八十口村へと辿り着いた。基本的に足場の悪い上り坂だった為距離以上に疲れてしまった。
私よりも更に疲れている陽太君を半ば引き摺りながら村の中へ入り、此処から見える限りの村の中を観察する。
……のどかだ。絵に描いたような、分かりやすい村の風景。畑が広がり小さな家がぽつぽつと建っている。子供は元気に走り回っているし、立ち話をしているおばさんやぼうっと空を見上げているおじいさんもいる。
「こんにちは!」「こんにちは……」
ふと走り回っていた子供が二人、私たちに気付いて走り寄ってくる。物怖じしない元気な男の子と少し大人しそうな女の子だ。
「こんにちは」
「お兄さん達外から来たの?」
「うん、そうだよ!」
「そっかー、いらっしゃい!」
男の子はにこにこ笑いながらそう言うと「行こ!」と女の子の手を引いて忙しなく走り去っていく。
「今日のご飯なんだろう」
「ご馳走だといいね」
「きっとそうだよ! だってお客さん来たから!」
そう言って村の奥に消えていく男の子達を見てそういえばちょっとお腹空いて来たなと思った。一応鞄に軽く食料は入れてあるが、思った以上に遅くなってしまったので泊まる場所も考えなければならない。
「あらいらっしゃい。こんなところまでカップルで旅行?」
そんなことを考えていると、今度は先ほど井戸端会議をしていたおばさんが話しかけて来た。気さくな人が多いな。申し訳ないが田舎だとよそ者は嫌われると偏見を持っていた。
「違うよ! 僕ちゃんと彼女いるもん!」
「へえ、じゃあ浮気?」
「もっと違う!!」
「陽太君ちょっと黙ってて……あの、仕事でこの人を探しているんですが見たことないですか?」
力強く否定する陽太君を押しのけて探し人である青山さんの写真を見せる。
「どれどれ……さあ? 私は分かんないね」
ん? 今ちょっと動揺したな。
「こういうことは先生に聞いた方がいいと思うよ」
「先生?」
「そう、先生は何でも知ってるからね。あそこの教会に居るから行ってみるといいよ」
指で示された方を見ると、村の奥の方に背の高い白い建物がちらりと見えた。教会か、そういえばこの村特有の神様を奉ってるんだっけ。
「分かりました、行ってみます」
このおばさんの動揺も気になるが、青山さんの目的がその神様を調べることならば教会の方がより詳しい情報が手に入るかもしれない。この人は後回しだ。顔だけ覚えておこう。
「もう大分暗くなって来たねー」
「うん、ついでに教会で泊めてもらえる場所がないか聞いてみようか」
「うん!」
「あ」
「どうしたの?」
「……なんでもない」
陽太君とそんな話をしながら歩いていてふと気付く。明日になったら入れ替わるけど大丈夫か? いや私は大丈夫だが、夕さん的にはちょっと気まずくなるのでは? ……うん、できるだけ何事もないように普通に接しよう。
そう心に決めているうちに件の教会の前に来る。遠目から見た時よりも大きく見えるが、白だと思っていた壁は思ったよりも薄汚れて塗装が剥がれ掛けている。両開きの大きな木製の扉は予想よりも軽く、片手で押すとあっさりと開く。
「ごめんくださーい……」
そっと声を掛けて中に入るがそこには誰も居なかった。「おじゃましまーす」と陽太君が無遠慮にずかずか入っていくのでそれに続くと、中の様子がよく見えてくる。
一定間隔に明かりがある為室内は暗くはない。天井が高く広い空間には左右にいくつもの長椅子が並べられており、中央の一番奥には大きな像が立っていた。男とも女ともいえない中性的な古い像は両手を広げ宙に視線を投げている。
大きな像だからだろうか、視線も合っていないのに異様な威圧感を覚える。
「ねえねえ瀨名ちゃん、もしかしてこの像が噂の神様なのかな」
「多分……」
「そうですよ」
「!」
誰も居ないと思っていたところに突然知らない声が割り込んできた。すぐさま振り返ると、そこには白い服を着た体格の良い男性が穏やかな表情でこちらへ歩いて来るところだった。私達を見るその色は、嬉しそうな色をしている。
「ご旅行ですか? こんな寂れた村を訪れて下さる方がいるとは嬉しいです」
「えーっと、その」
「ねえねえおじさん! この像此処の神様なの? ホントに?」
「そうですが、何か気になることでも?」
「だって口一つしかないじゃん。八十口様っていっぱい口があるんじゃないの?」
「ああ、それでしたら簡単なことです。この像は確かに八十口様ですが、これだけが全てではないのですよ。この土地の土、水、空、そして私達まで、全てが八十口様と繋がっており、彼の一部なのです。もし水害が起きようとすれば川の水が、飢饉が起きようとすれば畑の土が、全て八十口様として災害を飲み込みのです」
「うーん……分かるような分からないような」
「はは、外から来た人はそう思うでしょう。ですが間違いなく八十口様は我々を守って下さる神なのです」
陽太君が首を傾げているが、まあざっくり守り神ってことだろう。私たちの仕事はこの宗教を理解することではないので適当に頷いて、私は鞄から先ほどの写真を取り出した。
「あのー、此処に先生って呼ばれている人がいるって聞いたんですが、もしかして」
「はい、私のことですね。上代と申します。この教会を取り仕切っています」
「私達人を探しているんですが、この人を知らないですか?」
写真に視線を落とす男の色を一切見逃さないように目を凝らす。今まで穏やかだった感情は青山さんの顔を見た途端――大きく揺らいだ。先ほどのおばさんとは比べものにならないほどに。
「瀨名ちゃん」
「うん」
ちらりとこちらを見た陽太君に小さく頷いていると、途端に彼はタブレットを操作し始めた。ネットは繋がっていないと言っていたが何をしているのだろうか。
「……私には分からないですね」
「最近この村へ行くと言って行方不明になったんですが」
さらに揺さぶって見ると、よく見ないと分からないくらいだが僅かに表情が引きつった。中身なんて言うまでもない。私の目を誤魔化せると思うなよ。
「……そうなんですか、残念です。ところで話は変わりますが――」
「やめろおおお!!」
「!?」
その時、私の声を完全に掻き消すように馬鹿でかい悲鳴が教会に飛び込んできた。三人とも反射的に入り口の方を見ると、数人の男に担がれた小学生くらいの少年が叫びながらじたばたと暴れていると所だった。
何これ、どういう状況……?
「先生すみません! こら、大人しくしろ!」
「あ、あああああっ!!」
「いつものあれですね」
「そうなんです! またこいついきなり暴れ出して……おい智也落ち着け! 何がそんなに気に食わないんだ!」
「はなせ、はなせよっ!!」
「はは、元気なことですね。すぐに行きますので少しばかりお願いします」
「分かりました!」
ひたすら叫び暴れている男の子に対して驚くこともなく全員がごく普通に教会の奥へと連れて行く。その時一瞬暴れていた少年と目が合い、彼は大きく目を見開いたまま体を硬直させた。そのまま扉の向こうへ消えていく少年を唖然としたまま見送ってしまうと、上代さんは少し困ったような顔をして「お騒がせしました」と頭を下げる。
「あの子は?」
「いえ、お恥ずかしながらこの村一番の暴れん坊で、時々ああやって手が付けられなくなるんですよ。そうなるといつも私がしばらく話をして宥めるんです」
「へー、先生ってカウンセラーなの?」
「真似事ですよ。この村にはそういう職業の方はいませんから。さて、私はもう行かなければなりませんが……」
「あ、すみません。そういえばこの村で何処か泊まれる場所はありませんか?」
「ああ、それでしたらこちらでどうぞ。奥の部屋はいくつか余っているので歓迎しますよ。夕食も七時頃に用意しますので」
「よかった! ありがとうございます!」
「教会の中でしたら鍵の掛かっていない部屋は好きに使って頂いて構いません。それでは後ほど」
そう言うと、上代さんは早足で少年が運ばれて行った扉の方へと去って行った。私はその後ろ姿を注意深く観察しながら少々首を傾げる。
「どうしたの?」
「写真を見せた時明らかに動揺した」
「うん、そうみたいだね」
「普通は何かやましいことがあるんならそれを隠そうとする。私達が探していると知ったのなら此処から追い出そうとするんじゃない?」
「確かにそうかも。でも快く泊まらせてくれそうだけど」
「そう……色も、嘘は吐いてなかった」
邪魔だと思いながらも体裁を整える為に提案したのなら分かる。しかし実際は普通に歓迎しているようだったのだ。私の目が間違いだと思うよりも、その理由について考えるべきだ。
「とにかく、教会の中は自由に動けるんなら好都合だよ。陽太君、とりあえず中を散策して手がかりを探そうか」
「おっけー」
再びタブレットを触っていた陽太君に声を掛けて、八十口様の像の側にある扉を開け奥へと足を向けた。
■ ■ ■ ■ ■ ■
「瀨名ちゃん何かあったー?」
「特に……」
客室がいくつか、食堂、図書室、小さな教室のような場所、あとは物置なんかがあったがどれも青山さんがいたらしい痕跡はゼロだ。……この前のように死体が出てこないだけまだましだけど。
「どうする? そろそろ夕食の時間だけど」
「……ちょっと、さっきの男の子に会っておきたいかな」
「暴れてた子?」
「うん。ただの暴れん坊っていうより、本気で錯乱してたみたいだからちょっと気になって」
話が出来る状態かは分からないが、一瞬目が合った時に見た色――煮詰めた恐怖のような色が忘れられない。
食堂を通るとそのまま捕まりそうだと思い、私達は少し遠回りをして最初の広間まで行くと周囲に人が居ないのを確認して少年が運ばれて行った方の扉を開ける。あっさりと開いて息を吐いたが問題はその後だ。扉の先には更に別の扉が四つあって、しかもどれも鍵が掛かっていたのだ。
「どうしようか、諦めて戻る?」
「うーん……陽太君、ちなみに鍵開けとか」
「颯君と一緒にしないでよ」
「だよねー……」
このまま収穫無しに戻るしかない。その代わりに上代さんをちょっときつめに問い詰めてみるか……?
「――誰か、いるのか?」
逆上されると困るな、と思いながら踵を返したその時、何処からか小さな声が
聞こえた。
「! 今の、何処の部屋!?」
「もしもーし、何処にいますかー?」
「陽太君緊張感無いな!?」
「……一番、右の部屋だよ」
もう一度聞こえた声は少し呆れているように思えた。慌てて向かって一番右の部屋の扉の前に立ちノックしてみると、中から物音が聞こえて来た。
「君はさっきの……えっと、智也? 君なの」
「そうだ。あんた達は、さっき見たよそ者か?」
「うん、陽太と瀨名ちゃんだよ。よろしくね」
「――っ! 出て行け!! 今すぐ、この村から出てどっか行け!!」
がたん、と部屋の中で大きな音がしたかと思うといきなり先ほどのように少年が叫んだ。何だ、また錯乱してしまっているのか。扉越しでは色が見えないので彼が何を思ってそんなことを言ったのかが分からない。
「ねえ智也君、とりあえず開けてくれない?」
「無理だよ! 手も足も椅子に縛られてんのにどうやって開けろってんだ!」
「え、」
「とにかくあんたらさっさとこの村から逃げろよ! お前らが居たらまた……!」
「逃げる?」
「……」
「ねえ智也君、この村に僕たちが居たら何が問題なの? 僕たちこの村に来たばっかりで全然分からないんだけど」
扉の向こうが黙った。彼が私たちに出て行けと言ったのは、居て欲しくないのは何かから私たちを逃がす為なのか。……やはり、青山さんもこの村で何かあって帰って来られなくなったのだろうか。
「……食われる」
「は?」
「この村に来たよそ者は、八十口様に……俺たちに、食われるんだよ! あああああいやだ! もう人間なんて食べたくないっ! あんなのっ、もう……」
「……」
冗談でしょ、からかってるんでしょ。そんな風に返したいのに咽び泣く少年の声が嘘だとは思えなかった。陽太君も言葉を失って、目を白黒させて私の方を見た。
この村は……人間を食べている?
「っ、他のやつらはおかしいんだ。みんなみんな、当たり前のように八十口様の供物だって言って自分達と同じ人間を食うんだよ! おかしい……おかしいよ……俺の方が、おかしいの……?」
「そんなことない! 智也君の方が正しいよ!」
「でもみんなそれが普通だって、嫌がる方が変だって……供物が村に持って来られると、午前二時にそれを焼いてみんなで食うんだ。俺たちは神様の一部だから、俺たちが食べれば八十口様が食べたことになるって……っうえ、」
「智也君!」
その時のことを思い出したのか、一枚隔てた先で智也君が吐く音が聞こえてくる。私は居ても立ってもいられず扉のノブを掴んで無理矢理こじ開けようとした。
「瀨名ちゃん!」
「陽太君も手伝って! この子を助けてから私達もにげ――」
「おやおや、物を壊されるのは困るのですが」
今度は思い切り扉へぶつかろうと後ろに下がった所で肩を思い切り捕まれた。驚いて振り返るとそこには先ほどと同じように穏やかな表情で私を見下ろす上代さんがいる。無我夢中でちっとも気付かなかったと歯噛みする。
「上代さん……」
「もう夕食の用意が出来ていますよ。早く戻って食べて下さい。村で採れた野菜やハーブ……お腹に詰め込んで焼けば良い味付けになりますから」
「な、」
智也君の言葉が嘘だとは思わなかった。だけどこうも直接「私たちは食材なのだ」と言われた衝撃は大きすぎた。
目の前に見える色が、本当に冗談ではないことを嫌でも見せてくる。
「さあ、それじゃあ食堂に、うおっ、」
「瀨名ちゃん!!」
力強く腕を引かれたその時、上代さんの顔面にタブレットが叩き付けられた。咄嗟に手を振り払って彼から距離を取ると、すぐさまタブレットを拾った陽太君が私の手を掴んで外に向かって走り出した。
「陽太君ありがとう!」
「へへ、役に立ててよかったよ」
もう真っ暗な暗闇の中でちらりとタブレットを見ると画面がひび割れていた。かなりいい音したからな……。
とにかく今は車に戻らなければ。村の中で隠れるのも一つの手だが、智也君の話を聞く限り村人は全員私たちを食料と見なして探し始めるだろう。危険ではあるがどちらにしても最終的に車で逃げるのだから、闇に紛れて村から離れた方がいい。
すぐに前を走っていた陽太君が失速して今度は私が彼の腕を引っ張って走る。焦っている所為かいつも以上に息が上がる。逃げなきゃ、それで車に着いたらすぐにその場から逃げて警察に連絡を……。
ダン、と妙に現実味の無い音が鼓膜を叩いたのはそんな時だった。
「え、」
陽太君を引っ張っていた腕が思い切り後ろに引かれて立ち止まる。見ると彼は地面に倒れ込んでいてその足からは暗闇でも分かるくらい赤い血が流れていた。
「せ、なちゃん、にげ」
「逃げればあなたも撃ちます」
「あ……」
村を出る寸前の所だった。後ろから追いかけてきたのは十人ほどの村人で、そしてその中心で右手に持っている拳銃を私に向けているのは、やはり上代だった。
「拳銃……なんでそんなもの」
「なに、供物を持ってきてくれる連中と少し取引しただけですよ」
「供物を……持ってくる?」
「死体を秘密裏に処理したいやつら、と言えばいいでしょうかね。利害の一致ですよ。私たちは供物が手に入り、向こうは見つかることなく遺体を処理できる。……まあ、最近規制が厳しくなったのか中々供物が手に入らなくなりましてね、仕方が無くこうしてあなた達のような旅行者を使うことにしたんですよ」
つらつらとなんてことないように喋る男が不気味で仕方が無い。
どうする。このまま陽太君を連れて強引に逃げることは……不可能だ。しかし怪我をした彼をおいてひとりで逃走することは勿論考えられない。
どうすればいい。こんな時夕さんだったら……。
「捕まえて下さい。いつも通り、午前二時に始めます」
考えているうちにあっという間に男達に取り押さえられる。咄嗟に袖に隠していたスタンガンを使って右腕を掴んでいた男に押しつけるが、その男が倒れると同時に私は頭を殴られて地面に叩き付けられた。
「く、」
「それを取り上げて下さい。下手に触ると彼のように感電します」
上代の指示に従った男に手を蹴られてスタンガンが地面に転がる。
駄目だ、私じゃあ何も解決策が出ない。それでも抵抗しようとすれば無理矢理押さえつけられて、髪を掴まれた拍子にいつものヘアピンが外れて地面に落ちる。
「あ……」
「ほら、早く歩け」
手を伸ばしたがその前に教会の方へと引き摺られてしまう。陽太君も先ほどの智也君のように担がれて運ばれていく。
歩いて行く男の足下で、バキリ、とタブレットが踏みつぶされた音を聞いた。




