10-3 私の所為じゃないです
「こっちであってるんだな?」
「はい」
車に乗り、私は助手席からタブレットの示す場所へルート案内をする。もう二時間以上は走っただろうか。かなり入り組んでおり一方通行も多い為、一本道を間違えただけでも辿り着けなさそうだ。
窓から外を見るとあまり良い空気とは言いがたい、寂れてどこか怪しげな店が時折目に入ってくる。
「……見るからに治安悪いですね」
「この辺はヤクザなんかが多くて警察も手を出すのを躊躇ってるからな。俺もたまに情報集めに来ることもあったが、あまり深入りしたことはない」
「情報集め?」
「俺、ジャーナリストなんだわ。やべー情報はやべー場所に転がってるからな」
「へー……そうなんですか」
ジャーナリストか。あんまり週刊誌とか読まないからいまいちピンと来ない。……私が逮捕された時の記事とか書いてないよね?
「どんな記事書いてるんですか?」
「事件に関する記事が多いが、まあ請われれば何でも書く。それこそ芸能人のスキャンダルからグルメレポまでな。……ああ、瀬名ちゃんのやつは俺は書いてないぞ」
「……知ってたんですか」
「夕との馴れ初めをこの前言ってたらしいじゃねえの。それで思い出してな」
「ああー……」
あんな馬鹿正直に言わなくても別によかったなと今更ながら思う。でもあれくらいインパクトがある方が疑われないだろうしな。
「そこの空き地に駐車して下さい。……ん? そうそう、木の陰になるように」
「此処なら外から死角になるな」
あ、成る程。陽太君の指示が細かいと思ったらそう言うことか。此処で車を降り、私はタブレットを鞄にしまってワイヤレスイヤホンを耳に付け、髪で隠すようにした。
準備を終えてすぐ、陽太君の声が聞こえて来る。
『この辺りが徳重さんが最後に監視カメラに映った場所だね。この先に港町があるからそこで聞き込みだって』
「了解。……颯さん、この先の町で聞き込みをします」
「分かった」
陽太君の――多分事前に夕さんに色々言われてるんだろうけど――指示に従って足を進める。
然程歩かずとも徐々に海の匂いが混じり始め、建物が多くなる。そして活気づく如何にも港町、という雰囲気の場所に辿り着いたその瞬間、私は思わず眉を顰めた。
視界の明度が明らかに下がった。行き交う人々は割合いて騒がしいというのに、その誰もが薄暗い色を持っている。一目見ただけであまりよろしくない場所だと分かってしまう。
「……とりあえず、人が多く集まっている場所で聞き込みをします。ちょっと今から説明しますので指示通りに」
「説明?」
耳元で陽太君が言う言葉を颯さんへと伝える。作戦を説明するとやや訝しげな目で私を見下ろして来たが、大丈夫だと頷いて近くにあった大衆食堂へと二人で足を踏み入れた。
「――おい」
たばこを吸って新聞を読んでいる柄の悪そうな店主がカウンターの中から私たちの方を見る。入って早々、颯さんは彼に大股で近付くと、威嚇するような低い声を出して店主の眼前に持っていた写真を突き出した。
「この男見たことないか」
「はあ? なんだいきなり」
「だから、こいつ知らねえかっつってんだよ!!」
ダンッ! と振り上げた手がカウンターを強く打つ。その瞬間、店中の視線が一気にこちらに集まるのを感じた。
「てめえうちの店で舐めたマネしてんじゃ――ぐぇ、」
「ああ? 舐めてんのはそっちだろうが。こいつ……徳重大河を知ってんのか知らねえのかさっさと答えろ! 俺の金持ち逃げしやがったクソ野郎をよお!」
「や、止めなよ……そんなに大声で」
「お前は黙ってろ!」
「でも、他のお客さん見てるし……」
颯さんが店主の胸ぐらを掴んで恫喝するのを見て、私は彼の腕を引きながら居心地悪く店の中を見回す。案の定迷惑そうな顔がずらりと並び、早く出て行けとヤジが飛ぶ。
……不自然にならない程度に視界に入る人達を一人一人観察する。大体の色は同じだ。煩わしい、面倒くさい、興味が無い……その人々の中に一人、明らかに違う色が混ざっているのが見えた。
――見つけた!
「ほ、ほら! 早く行くよ!」
私は未だに威嚇している颯さんを無理矢理引っ張って店の外へと出る。数メートルほど歩いた所で急に引っ張る力がいらなくなり、そして目立たない店の陰に入ったところで二人して足を止めた。
「いやーホントに柄悪いですねー」
「……やらせておいてその発言はどうなんだ?」
瀬名ちゃんそういうところ夕に似てんなー、と颯さんが苦笑する。作戦は上手く行った。まさか一発目で餌に引っかかる人がいるとは幸運だ。
まずは大声で周囲の注目を集める。そしてそのタイミングで失踪者の名前を出し、彼について知っている人間を炙り出す。徳重さんの失踪について何かしら知っている人が居れば名前を出した時点で何かしらの反応がある。そして案の定、表面上は澄ましていたが明らかに動揺の色を見せた男が一人、店内を見回した時に視界に入って来たのである。
それにしてもさっきの颯さん、演技だと分かっていてもちょっと怖かった。流石元ヤンである。
「……陽太君、見つけたから確認お願い。入って右側のカウンター席に居た、ちょっと禿げてるスーツの人」
『おっけー、素性も洗っておくよ』
ヘアピンを取って口元に近づけて陽太君にこそこそ伝えると、軽く了解の返事が返ってくる。再び髪に付け直して颯さんを見ると、何とも言えない……少しこちらを疑うような目を向けていた。
「徳重さんを知っている人が居ました。それもかなり動揺していたので何かしら失踪に関わっていそうですね。その男が出てくるまで少し待ちましょう」
「なあ瀬名ちゃん。それ、間違いねえの? 確証はあんのか?」
「はい、あります。私これでもかなり目がいいんです。夕さんのお墨付きですよ」
自信を持ってにっと笑ってみせる。すると颯さんは少し驚いたように目を瞠り、やがて面白そうに笑った。
「……ふうん、夕がねえ。ま、だったら信じるしかねえな」
『大体情報出たよ。前科あったから調べるの楽だったー。タブレットの方に送信しておくね!』
相変わらず早い。まだ一分も経ってないんじゃないのか。タブレットを取り出して画面を表示させるといつも通りずらりと情報が並んでいる。
「さっきの今でもう調べたのか!?」と颯さんが驚愕の声を上げた。
「夕のやつ、思った以上にやばいな……で、こいつがさっき言ってた徳重に関係するやつでいいのか?」
「はい。……どうやら暴力団員みたいですね。この辺りじゃあ有名な組っぽい」
「……」
横からタブレットを覗き込んだ颯さんの顔がどんどん険しくなっていく。この暴力団、結構色々やらかしてるみたいで警察にもマークされているようだ。十中八九、徳重さんが言っていた“やばいこと”に関係しているのだろう。
「……あ、出てきましたよ」
情報を辿っていると先ほどの店から例の男が出て来た。何処へ向かうのだろうかと颯さんと共に距離を取って彼のあとを追いかける。
「慣れてるな」
「尾行はいつもの業務なので。颯さんこそお上手ですね」
「隠れて追わねえとスクープは取れねえからな」
基本的に色を覚えておけば人混みであっても見失いにくい。どんどん早足で歩いて行くターゲットを自然な足取りで追いかけると、彼は狭い路地に入った後何度か入り組んだ道を曲がり、こそこそと何処かへ電話を掛け始めた。
……流石に距離があって何を喋っているのが分からないな。
『瀬名ちゃん、ヘアピンだけでいいからもう少し近付ける?』
「出来るけど……」
曲がり角に隠れている為そこからこっそりカメラだけを出すことは出来そうだ。陽太君の指示で私がそうすると、耳元からカタカタとキーボードを叩く音が絶え間なく聞こえてくる。
『口の動きで会話を解析するソフトこの前作ったからちょっと使うね。開発途中だから精度はそんなに期待しないで欲しいけど』
「はあ……」
相変わらずすごいもの作ってるなあ。驚くよりもまたやってるなーとしか思わなくなって来た辺り私も慣れたものである。
「夕、何だって?」
「何か読唇術で会話読み取るそうです」
「……あいつが? 知らんうちにどれだけ色々やってんだ……」
「えーと、……『商品……知り合いが……早く、積み荷を出して……念の為始末した方がいい、はい……了解。では後ほ』っ!?」
解析が進み徐々に読み取れる言葉が増えて来たところで不意に視界の端に赤が散った。
「危ね!」
「!」
振り返ろうとしたところで颯さんに腕を引かれる。と、同時にもう片方の手で颯さんは殴りかかってきた男の鼻っ面に拳を叩き込んでいた。
は、はやっ! 多少格闘技囓ってるから余計に早いのが分かる。しかし感心している場合ではない、辺りを見回せばあちこちから威嚇や怒りの赤色が見え隠れしていた。
「とにかく逃げるぞ!」
「はい!」
捕まれた腕を引っ張られて走り出す。すぐに目の前に一人の男が立ちふさがったが一瞬で颯さんに蹴り飛ばされていた。狭い路地を更に奥へ行くと金網のフェンスが現れる。そこを迂回しようとしたところで、いきなり体が持ち上がって思わず悲鳴を上げた。
「は!?」
「あっち側投げるぞ」
「いや投げるって……あああ!?」
掬い上げるように抱えられた体がそのままの勢いで斜め上へと放り出される。ぎりぎり金網の上を飛んだ私は、慌てて手を伸ばして反対側の金網を掴んでそのまま落下するのを防いだ。
手痛った!! 確かにそこまで高さは無かったから落ちても何とかなっただろうけど気持ち的には死ぬかと思った。これ多分夕さんだったらそのまま落ちてたな。私が来てよかった……。
私が驚きで詰まった息を整えているとすぐさま隣に颯さんが降ってくる。そうして金網を登ろうとしている男達を置き去りにして私たちは再び走り出した。
「ねえ! どっか隠れられそうな場所分からない!?」
「そんなの分かってたらとっくに」
「颯さんには言ってないです!」
『瀬名ちゃんそこ右に曲がって。その後三つ目の十字路をまた右、その先に倉庫街があるから隠れやすいと思うよ』
「了解! 颯さんこっちです!」
「……まっっじで夕のやつどうなってやがんだ!?」
走りながら颯さんが叫ぶ。慣れてない人はそうなるだろうね。さっきから颯さん陽太君に対して驚きっぱなしである。
言う通りに進むとそこは確かにいくつもの大きな倉庫が並んだ場所があり、忙しそうに走り回っている人も多い。紛れ込みやすそうだ。とりあえず二つ先の倉庫の陰に隠れるようにして身を隠す。もう息も絶え絶えだ、疲れた……。
「はあ……あれ、絶対さっき言ってた暴力団員ですよね……?」
「だろうな。あのタイミングで来たっつーことは騒ぎを起こした時点でもう情報が回って来てたのか。探してるって言っただけであんなに追いかけるって、大河の野郎相当やばいことに首突っ込みやがったな……」
はあああ、と深く深くため息を吐き頭を抱えた颯さんだったが、しかし彼はすぐに顔を上げて「もうこうなった以上はしょうがねえ」と鞄からカメラを取り出した。
「絶対に何かしら情報を持って帰る。言い逃れ出来ないようなもの持ってって警察動かして、んであいつのことも捜索させる。夕、なんかこの辺にあいつらの組の倉庫って無いのか?」
『僕兄さんじゃないんだけどなー。えっとねー、今寄りかかってる倉庫がそれだけど?』
「これ、らしいです」
「マジか。じゃあとっとと中調べんぞ。んでやべー証拠がっつり撮る」
言い終えると早速彼は辺りを警戒しながら倉庫の表に回り込む。目の前にはすぐ別の倉庫があって視界が遮られている為周りの人間には気付かれにくそうだ。それでもさっきの男達や通りがかりが居ては困るので私が周囲を見ていると、かちゃん、と金属がぶつかる音と共に扉の前にしゃがみ込んでいた颯さんが立ち上がったのが分かった。
「鍵……その、もしかしなくても」
「昔取った杵柄ってやつ」
「悪い杵柄だなあ……」
どうやらピッキングでさっさと開けたらしい。さっき夕さんのことどうなってんだとか言ってたけど颯さんの方がどうなってんだである。まあピッキングだのハッキングだの似たもの従兄弟ではあるが。
まあ開いたのなら入る。私も結構倫理観やばくなってないかな、と今更懸念を抱きながら倉庫へ足を踏み入れ、中をぐるりと一瞥する。結構色んな荷物が置いてあってごちゃごちゃしている。
『一応表向きに運送業やってるみたいだよ』
「へー……」
「閉めるぞ」
重たい扉が閉まると辺りは随分と暗くなる。一応高いところに窓があるのである程度物は見えるが此処から何かしら犯罪の証拠を見つけ出そうと思うと苦労しそうだ。今度からペンライトも調査道具に入れておくか。
「二手に分かれますか?」
「いや、やつらに勘付かれた時に離れてるのはまずい。瀬名ちゃんに何かあったら夕に顔向け出来ないからな。効率は悪いが一緒に探すぞ」
「分かりました」
頷いて、薄暗い中で捜索を開始する。……とか言っても片っ端から荷物を漁って行くしかないのだろうか。こっちが犯罪者になった気分だ。
まず一つ、目に付いた段ボールのガムテープを慎重に剥がそうとしていると……隣からベリバリと元気な音が響いてきた。
「……颯さん、そんな派手に破いて」
「時間がねえ。見つけたら見つけたでとっととずらかるから気にすんな」
そう言って彼は次々と荷物を開封しては中身の写真を撮って行く。はあー、私一人が慎重にやってても意味ないな。諦めて颯さんのように適当に箱を開けていくことにする。
なんだろこれ、ただの服か? こっちは携帯が大量に入っていて、あとこれは……何かネジやらナットやら金属の部品が沢山入っている。
「……お、これは」
「何かありました?」
「銃のパーツだな。他の部品に紛れさせていくつも入ってる」
ほら、と箱の中からいくつかの部品を拾い上げていくがちっとも違いが分からない。まあともかく重要な物が見つかってよかった。後は何か徳重さんの行方を知ることができるものがあればいいのだが、まあそんな都合の良いものなんて――。
「……」
とある箱の前に来た所で、とんでもなく嫌な気分になった。
「あの、颯さん。これから嫌なこと言いますけどいいですか」
「勿体振って何だよ?」
「これ、多分……死体入ってます」
「…………は?」
どうにも見覚えあるなー……この、人が居るはずのないところから見える微かな色。たっぷり十秒ほど沈黙した颯さんが気の抜けた声を出すのを聞きながら、私は嫌々目の前の箱を観察する。
大きめの同じサイズの箱が全部で四つ。その中でかろうじて色が見えているのは二つだ。……夕さんの仮説では時間経過で色が薄れていくのではないかと言っていた。何も入っていないのが一番いいが、正直その可能性は低いだろう。
「まあ、とりあえず開けるが」
私を疑うような目で見ていた颯さんが一番色の濃い箱に手を伸ばす。そうして更に中から現れたのは発泡スチロールの箱で、それを見た彼が息を飲んだのが分かった。
ギュギュ、と耳障りな音を立てて今度こそ中身が露わになる。開けた瞬間白い靄が箱の中から溢れた。一瞬別の“色”かと思ったが違う、冷たさを感じるそれは中に入っていたドライアイスから出たものだった。
「! 大河……」
膝を折り畳まれるようにして詰め込まれた人。発泡スチロールの中に入っていたのはやはり――死体だった。
手遅れだった。最悪の状況は頭の中にはあったが、実際に直面すると何とも虚しい気持ちになる。颯さんは真っ白な徳重さんの顔をじっと見つめた後、無言で写真を撮って立ち上がった。
「証拠は集まった。戻って警察に通報するぞ」
「はい」
平然とした顔でそう言うものの、踵を返した背中からは沈んだ薄暗い色がはっきりと映る。こういう時は特に、勝手に人の心を覗き込む罪悪感が沸き上がって嫌になる。
「しっかし、驚いた」
けれども、振り返った颯さんはこんな状況で私に対して笑いかけた。
「お手柄だな瀬名ちゃん。これであいつの仇を取れる」
「い、いえ……そんな」
「それにしても何だ? もしかしてあんた超能力者的な何かか? 透視能力とかあったりする?」
「颯さんってオカルト好きなんですか?」
「そういう記事を書くこともある」
「ホントにジャンル広いですねー……」
「で? 実際のところどう――」
「見つけたぞ!! 例の二人組だ!」
「!」
適当に追求を躱そうと考えていたその時、倉庫の扉が勢いよく開いて一気に外の光が入ってきた。眩しくて目を瞑ると同時にバタバタと何人もの人間の足音が聞こえて来て、思わず血の気が引く。やばい、見つかった。
「てめえら、よくも時間食わせてくれたなぁ! ブチ殺して高く売り飛ばしてやるから覚悟しろ!」
「瀬名ちゃん、そこの荷物の隙間に隠れてろよ」
「颯さん、勝算があるんですか……?」
「勝算?」
さっきよりも人が多い。十人はいるんじゃないか。私の言葉に返事を返す前に怒号が響き渡ってあっという間に騒がしくなる。此処からじゃ荷物が壁になって何が起きているのか把握できないが、それでも何かがぶつかる音や壊れる音、それから叫び声や呻き声なんかは沢山耳に入って来た。
だがそれも、一分ほどで静かになる。
「言うまでもない……あ、勝算の話な?」
「……はは、」
戻ってきた颯さんが怖すぎて腰が抜け掛けた。え? 滅茶苦茶血飛んでるんですけど? って聞いたら全部返り血だった。この血筋色々と規格外過ぎない?
腕を引っ張られて荷物の隙間から外に出ると先ほどの男達が小さく呻きながら倉庫の床に転がっていた。まじまじと見る暇もなく倉庫の外に連れ出されるとようやく現実に戻ってきた気がして、頭がはっきりとしてくる。
「早く逃げなきゃ……!」
「ああ、どうせまだ追っ手来そうだしな。って言ってるそばから来た」
「! よ……夕太君車まで最短ナビお願い!!」
『ゆうた君って誰!? 間違えすぎでしょ!』
陽太君から夕さんに言い換えようとしたらどっちか分からなくなってうっかり混ざってしまった。耳元から文句が飛んでくるが同時にキーボードのタイピング音も聞こえてくる。すぐさまナビゲートが始まって、私が颯さんに指示を出しながら彼は追っ手を蹴散らして先を急ぐ。周囲で働いている人達は少し驚いたようだがすぐに無関心になって仕事に戻る。……そうでもしないとこんなところで仕事なんてしてられないんだろうけども。
「っ、颯さん前方右の道から来ます!」
「了解!」
先に見えた色を告げて出会い頭に叩き潰す。更に陽太君の言葉を颯さんに伝える。忙しいったらない。走りながらこれなので余計に頭が混乱して来た。
でもあと少し……町を抜けて空き地に――見えた!
「早く乗り込め!」
助手席に飛び乗ると同時にエンジンが掛かる。そして間髪入れずに勢いよく車が発進して、追いかけていた男達が驚いたように咄嗟に道を開けた。
アクセルの勢いで背中がシートに思い切りぶつかりちょっと息が詰まった。そのまま車は追っ手を突き放し、一般道へと飛び出して更にスピードを上げる。
私が恐る恐る後ろを振り返ると、もう男達は影も形も見えなくなっていた。
「……あああああ! 怖かった!!」
「そうか? 随分てきぱき指示出してたろ」
「必死だったんですよ! 死ぬ気でやってたんです!」
あ、シートベルト締めてないや。これで事故って死んだら元も子もない。
『瀬名ちゃんお疲れー! 僕ドキドキしちゃった』
「私もだよ、寿命が縮んだ。……サポートありがとね」
「俺からも。助かった、ありがとな。さーて、これから警察署に行って」
『あ、それなら大丈夫だよ。もう警察向かってるから』
「は?」
『何か確実な犯罪の証拠を押さえることが出来たら即座に動いてもらうって、あらかじめ警察に交渉したって言ってたよ。カメラ映像ももう渡したし』
「そうなの!?」
「うん。ほら、兄さん普段から警察に恩売ってるからさー」
それが今使われるのかと驚いていると、「夕のやつ、何だって?」と颯さんがこちらを向いた。……いや、運転中なんだからこっち向かないで下さい。
私が今聞いたことをそのまま伝えると、彼は酷く驚いた表情を浮かべて「あいつの方が一枚上手だったな」とぽつりと呟いた。
「というか何なんだよ夕は……あいつこんなに滅茶苦茶なやつだったか?」
颯さんがちょっと途方に暮れている様子を見て、無意識に私の口角が上がる。いやそうなんですよ。夕さんも陽太君も色々ハチャメチャだからね。
「夕さんはすごいですから」
「惚気か?」
「事実です!」
私が得意げにすることではないがついついうちの子自慢みたいになってしまった。
■ ■ ■ ■ ■ ■
やっと地に足が着いた、と事務所の前で車から降りて無事に帰還したことを喜んでいた矢先、ぱたぱたと軽い足音を立てて外階段を降りてくる人影が見えた。
「お帰りー!!」
「ちょ、」
何で陽太君出て来てんの!?
「二人とも危なかったね! 無事で本当によかったよ」
「は……?」
「で、出てきちゃ駄目って言ったでしょ!?」
「仕事中はって言ったじゃん。もう仕事終わったよ?」
「屁理屈! 依頼はお金貰うまでが仕事だよ!」
「固いこと言わないでよー」
「夕さんに怒られるの私なんだけど!」
ちょっと口を尖らせて不満アピールされても困ります! お願いだから夕さんの顔で今それ止めて下さい。
「それにしても颯君相変わらず強いね、すごかったよ!」
「……ゆ、夕?」
「い、いや、あのそのこれは」
「もー何度間違えたら気が済むのさ。僕は兄さんじゃなくて陽太だよもう!」
「ああああもう全部言った!!」
どうすんのこれ? 収拾着かないんだけど……。
颯さんはひたすらぎょっとした目で陽太君のこと見てるし、こっから上手いこと言い訳するなんて無理なんだけど。
私が頭を抱えて蹲っていると、ふと何処からか小さな笑い声が聞こえてきた。
「……そうか。はは、お前のサポートが無かったら危なかった。ゆ……陽太、ありがとな」
「へへ、どういたしまして!」
「!?」
慌てて顔を上げると、颯さんが陽太君の頭を撫でていた。
嘘でしょ……この数秒で順応してる!? 私が驚愕の目で颯さんを凝視していると、その視線に気付いたのか彼はこちらを向いて……そして、神妙な表情で頷いた。
「瀬名ちゃんはこいつを隠してたのか」
「あああの、このことは他の親戚の人にはどうか内密に」
「分かってるよ」
再び陽太君を見た颯さんの目は随分優しいものだった。とりあえずほっとする。その色に憐れみのようなものが見えたが、気付かない振りをした。
……なお翌日、予想通り夕さんが頭を抱えて唸っていたが、こちらも気付かない振りをした。いやあれは不可抗力だから。私にはどうしようもなかったからこちらを睨まれても困ります。
 




