亀様の夢
家紋武範さま主催『夢幻企画』参加作品です。
※『贅沢三昧したいのです!』(N7930DD)のスピンオフです。
※書籍派の方にはネタバレになるおそれあり。
永く
夢を見ていた
己がただ可愛がられていた頃には気にも止めなかったものを
時が満ち
兄弟と離れ
親代わりが儚くなり
己ひとりで世界をまわる
初めて見るものにときめき
それらを飽きるほど眺め
ひと心地つくと
地中で眠りについた
知らなかった
己の寝相の悪さを
ふと気がつくと地上に出ていた
そして
飽きるほど見つめていたものは無残に潰れ
何も残っていなかった
あの時の虚無を
絶望と言うのは
少し違う
の
かもしれない
そこから眠りは浅くなった
しかし
全く寝ないわけでもなく
そして
ふと地上で目覚める度に
美しかったろう景色はその名残りだけを見せた
ひとりでいる事は
苦ではなかった
地上の様子をぼんやりと感じられたから
地中は何も変わらないが
地上は目まぐるしい
その賑やかさは
小さな楽しみになり
いつしか
この目で見たくなった
だが
己の体躯は大きく
地上のものには
畏怖の対象であり
地上の生命を根こそぎ刈り取るものでもある
眠ってはならない
目覚めた時に
名残りしかないのなら
眠ってはならない
地上の賑やかさが
好ましいのならば
《という経緯があり、あの時にサレスティアにハリセンでぶたれたのは僥倖であった》
「ひ、ひええええ……」
大きなベッドの枕と並び、新しい白い亀のぬいぐるみを依り代とした四神の一である玄武は、第一子を産んで母となったサレスティアに自身の昔話をしていた。
サレスティアが6才の時、彼女の領地で玄武は目覚めた。
もちろんその時も意識はなく、頭にとんでもない衝撃を受けたところからの記憶しかない。
小さな人間の、さらに小さな幼子がその衝撃の正体と理解した時、その小さな体に内包された膨大な魔力量のこともあり、玄武の興味はサレスティアに向いた。
そして玄武の姿を見ても、サレスティアはなんの躊躇いもみせずに人の生活を直に見る機会をくれた。
依り代として提供された玄武のぬいぐるみは、いつもサレスティアと領地の子供等の背にあった。
そしていつしか、魔物の身でありながらも「亀様」と親しまれ、領地の守り神のように過ごすようになった。
人というものは、目まぐるしい。
それから少しの時を経て、サレスティアは大人になり、愛し愛される伴侶を得、子を産んだ。
《我も小さい頃は寝起きは悪くなかったはずだが、今こうして思い返すと、『玄武の巫女』が正してくれていたのだろうな》
「あはは、そうかもね。赤ちゃんには構っちゃうもんね〜」
乳を飲んで満足気な顔をした赤子を縦抱きにすると、サレスティアはその小さな背をトントンとしてゲップを誘発させる。そしてゆっくりと赤子を玄武の隣に寝かせ、サレスティアも横になった。
《……こんな日を迎えるとは、やはり感慨深い》
あの小さかったサレスティアが母になるまでの時間は、玄武にとっては瞬きをするようなものだ。
だが、知りたくて知りたくて焦がれた世界をたくさん見せてくれた。
それでも世界にはまだまだたくさんのものがあるらしい。
ぎゅ
と、小さな手が玄武の顔を無遠慮に掴んだ。
赤子の向こうでサレスティアがふふと笑う。
「亀様、この子もどうぞよろしくお願いします」
小さな手は、また小さな手に継がれた。
この手は、どんな風景を見せてくれるのだろう。
《ふふふ。こちらこそ》
お読みいただき、ありがとうございました(●´ω`●)