大魔王の食卓
少し前まで、魔王たる父上のそばで命の危機に瀕する状況に追い込まれることがあるなど、想像すらしていなかった。
しかも、身内の手によって――。
テーブルに並ぶ手料理を、呼吸も忘れて見入る。
(居合わせたが不運……)
とんでもない災厄に巻き込まれてしまった。
深い後悔と共に、嬉しそうに皿を並べていく末妹を眺める。
父上のお部屋に呼ばれ、いつものお説教を賜っていた時、末の妹が訪ねてきた。いわく「すぐ上の姉と一緒にはじめて料理を作ったから、父上に食べていただきたい」と。
それはいい。それは。
なぜ、ひとりで来たか。
料理の味見をした姉が、急に体調を崩した。
そう聞いた途端、不穏な予感が頭をよぎり、次に侍女達が運び込んで来た皿の数々を見て、言葉を失った。
あ、これ、無理なやつだ、と。
例えばこの皿。
6本角の蝸牛の上に、デロデロなドドメ色の液体がかけられ、小さな目玉がいくつも乗っている。隣は棘竜の兜煮。人面植物まである。
未知過ぎる。
小麦でも肉でも魚でも、普通の食材があるだろ?
何で古代料理のレシピ再現なんかに挑戦する!
妹達で共謀し、俺と父上を排除して魔王位でも狙ってるのか?
チラ、と父上を振り返る。
無言だ。その表情から読み取れるような感情は何もこぼれていない。
ひとつくらい、食べれそうなものがあってもいい筈だが……。
見回しても、手を出す勇気が湧く品は唯の一つも存在しない。生の果実でいい。添えていて欲しかった。
末っ子が期待に満ちた表情で、俺と父上を見ている。
純粋な眼差しが、痛いっ。
「どうぞ召し上がって下さい、お父様、お兄様」
ついにきた死刑宣告!
ダメだ。ここはきちんと言おう。
残念だが、これは食べれない、と。
妹の悲しむ顔は見たくないが、許容できることと出来ないことがある。父上が言わない以上、俺が言うしか――。
「うむ、なかなかいける」
耳を疑う言葉!
慌てて父上を見ると、口をもごもごと動かし、何か咀嚼されている?!
嘘だろ――?
探ると、密かに魔術を使った形跡が父上の周囲に漂う。
何だ? 一体どの術を使えば、この料理を食べることが出来るんだ?
幻覚? 自己暗示?
気圧と乾燥を駆使しても、味覚は3割も鈍らない。
くっ、考えろ。時間は残されてないぞ!
父上は娘に甘すぎる! これじゃ俺だけ食べないなんて許されない。
「さ、お兄様も」
微笑む妹が、今は怖い。
その日、無敵の魔王とその王太子が同時に倒れ、大魔王の食卓事件として、歴史に刻まれる珍事となった。