9:初回登録
以前ロードラガ王国でアインとパーティを組んでいたときも、何度かこのザーガスの採掘者組合に訪れたことはあったが、久々に訪れると新鮮な気分を覚えた。
内装や雰囲気はロードラガのそれとほとんど代わりは無く、広さがかなりあって、その中に人は多い。採掘者もそうだが、それをサポートする人間や、採掘者の消費を当て込んだ商人や、逆に採掘者の見つけて来たアイテムや金属核を買い付けようとする商人など、様々な目的を持った人間が集まっている。
特に金属核に関しては裏に膨大な金銭が動く、この世界の人々の野心や野望の中心点となっていた。
金属核――それは鉱床内に存在するゴーレムたちからのみ手に入る貴重な品。この金属核はそのほとんどが鉄で出来ているが、中心部分は至高銀という特殊な金属で出来ている。
ここに鉱素が流れると、現実に『特定の現象』を発生させる機能がある。その特定の現象とは熱を発生させることだったり、周辺の気圧を変化させたり、逆に温度を下げたりと多種多様だ。
しかしゴーレムから獲れたすぐの金属核は『素』であり、そこに鉱素を流しても何も起きない。固有の現象を発生させられるようになるのは、優秀な冶金士がそのミスリルを製錬した後のことだ。
故に優秀な冶金士も採掘者同様重宝されている。
ともかくこの金属核は乗り物や照明などから始まり、それこそメープルで使われている厨房機器に至るまでありとあらゆる物に用いられ、現代の暮らしに密接に関わっている物だ。
しかし人類は未だそれを一から作ることはまだ出来ていない。依然としてゴーレムから手に入れることを繰り返している。
要するに鉱床は人類が生きる上で切っても切れない関係となっているのだ。よってその鉱床攻略の地上拠点であるギルドに集まる人間が多いのも当然のことなのだ。
そして人が多ければ自然、様々な人間が集まる。装備や外見などを差別化して、色々と目立とうと画策する採掘者もいるわけだ。
それでもこれほどおかしな見た目をした者もそういない。
現在のフリントはギルドの中で、ただ歩いているだけでもしっかり悪目立ちしていた。
すれ違う採掘者たちは呆然としたり、ある者は笑ったりと、フリントはともかく強烈に奇異の視線を浴びていた。
何せその兜は明らかにケトルをいじったようなお手製のもので防御力は期待できそうにないし、剣も後ろに背負っているからかろうじてそう見えるだけで、刃もなくただの棒のようで、とてもまともな武器には思えない。
挙げ句、服も割と普段着に近く、鎧などを着込んでもいない。
『お前何しに来た?』『その装備ギャグなのか? ネタなのか?』
浴びる視線の中に、そんなセリフを空耳するフリント。無論その好奇の空気に気分は良くなかったが、客観的に見てやむを得ないところはある。
色々とムダ事を考えるのは止して、とりあえずフリントは新人用の受付に向かった。
受付口は六つあってそれぞれパーティションで区切られており、その前には登録に来た人間が腰掛ける用の椅子がある。フリントはそのうち、今空いている最後の一つの受付へと進んだ。
「すみません。新人として鉱床攻略に参加したいんですが」
「……承知しました。私、サーニャがご案内いたします」
出迎えてくれた受付嬢サーニャは声も小さめで覇気のない小柄な人物だった。ただ特徴的なのは彼女の窓口にはずらりとゴーレムを模した手の平大の人形が並んでいたこと。
「では採掘者としてご登録させていただく前に、鉱床攻略に関しましていくつかご説明させていただきます。始めにお名前を頂戴してもよろしいでしょうか」
口調こそサーニャは丁寧なのだが、言いながら彼女はしきりに手元のゴーレム人形をいじっていた。
「……シュガーと言います」
当然ながら偽名を使うことは先に決めていたのだが、いざ実際にその名前を使うに当たって抵抗があった。
「ありがとうございます、シュガー様。では説明に移らせていただきます。まず鉱床攻略は四名以上の採掘者免許をお持ちのパーティで行っていただくこととなっております」
「へぇーそうなんですね」
フリントが驚いたのはパーティ単位での攻略という話ではなく、人数の規定だ。フリントの古巣ロードラガでは三人という決まりだったので、国によって微妙に差異があることが少し意外だったのだ。
「パーティに結成に関してははあちらの掲示板で直接やり取りしていただくか、パーティ斡旋用の専用受付がございますので、そちらをご活用ください」
サーニャはゴーレム人形を使って場所を指し示した。
「了解です」
「また誠に勝手ながら、当ギルドの査定によって採掘者の皆様には等級を付けさせていただいております。
これは件のパーティ結成などにおきまして、個人の能力を明確にすることで手続きを円滑にする目的がございます。
また等級上位の皆様には特別な報酬も存在いたしますので、より上の等級を目指して鉱床攻略に励まれる採掘者の方々もいらっしゃります」
この辺りの内容は採掘者でなくとも知るところだった。特にその序列は現実の社会においての地位にも等しいからだ。知らなければ恥をかく。
「等級の具体的な区分でございますが、下から順に、ストーン、青銅、鉄、カッパー、シルバー、ゴールド、ミスリルとなっております」
と言ってサーニャはゴーレム人形をその等級の順に並べていく。そもそもこの採掘者の序列というのは、ゴーレムの等級をそのまま模倣しているものなのだ。
要するに石で出来たストーンゴーレムや青銅で出来たブロンズゴーレム、鉄で出来たアイアンゴーレムなどがいて、下層に降りていくほど危険で強いゴーレムと遭遇する。その外見の違いを元に、採掘者の序列を考えたわけだ。
ちなみに人類はまだミスリルゴーレムと遭遇したことはないので、鉱床で発見された文化財や遺跡・遺構などから予想されているものに過ぎないが。
「ただしシルバー以上の採掘者の皆様には出入国において制限が発生します。
またゴールドランク以上を有する方は国の要請に従って、鉱床攻略その他に参加する義務が発生します。その他、詳細な注意事項に関しましてはこちらの書類をご確認ください」
サーニャに手渡された書類は厚みがあって全部精読するには何時間もかかりそうだった。
「詳細についてご確認いただけましたら、こちらの同意書にご記入と、初回登録料をいただけますでしょうか」
フリントは注意事項はほとんど目を通さずに同意書にサインして、用意しておいた登録料の代金を渡した。
「前置きが大変長くなってしまい申し訳ありませんでした。それではシュガー様の等級をお持ちの武具や経歴で判断させていただきます」
ここだ。当然初心者、経験がない人間なら始めのランクは一番下のストーンになる。だがストーンと言えば、募集をかけるパーティ側にとってリスキーな相手になる。
もちろん始めは誰しも通る道なので、ピンキリだが、やる気のない人間や鉱床に潜るだけの体力や能力をそもそも有していない人間もいる。
だからこそストーンランクはかなり敬遠されるのだが、ここでストーンより一つでも上ブロンズなどに認定されれば、後の選択肢の幅がかなり広がる。
いいパーティに拾って貰えれば、下層へと降りることも出来るようになるし、そこで強いゴーレムを倒して質の良い金属核を入手出来れば、フリントの収入にも直結する。ここはいわば採掘者として初回登録時の勝負どころなのである。
「あー、実は自分、この国では初めてなんですけど、一応経験者なんですよねー?」
フリントがそう言うと、サーニャは人形いじりの手を止めた。
「左様で。では具体的に何かライセンスや過去を証明出来る物はお持ちですか?」
ただ難しいのはここである。自分の過去をはっきり明かしてしまえば、国外に逃亡した英雄フリントだと知れてしまう。そうなれば採掘者登録云々という話どころではなくなる。かといって何も話さないと信憑性を損なうだろう。
「いやあ以前攻略した第二層のラグラス遺跡地帯、鉱床の中にあるというのに立派なもんでしたよ。まるで王墓のような雰囲気で。いや、不思議と鉱床って俺たち人間の世界を真似たような文化物がいろいろあったりするんですよねえ」
しれっとフリントは第二層に足を運んだことがある事実をアピールした。
鉱床においてたった一つでも層の違いは大きい。出現するゴーレムのランクもさることながら、地形の差異、危険度など全く別物になる。
故に第二層に足を運んだ経験があるといえば、ブロンズランク以上の経歴の証明ともなる。
「第二層の地形をよくご存じのようですね。……それで証明できる何かをお持ちですか?」
「古霊を祀ってるザーラン大神殿、天井が高くて驚いたなあ。あれどうやって作ったんでしょうかね?」
相変わらずのとぼけたフリントの発言に、サーニャの人形いじりがだんだん激しくなっていく。
「具体的な証明の品をお持ちですか?」
「しかもザーラン大神殿は奥の秘所には、三層へと繋がる昇降機があったんですよね。誰がどういう意図で作った場所なんでしょうね? あそこ」
「……具体的な、何かを、お持ちですか?」
そう訊ねるサーニャの目は据わっていた。
「ありません……」
しょげて小さく呟き声で返すと、サーニャは頷いた。
「そうですか。恐れ入りますが、それを証明する物がなければ査定に考慮出来ません」
「そ、そうですか……」
「では、代わりにお持ちの武器を見せていただけますか。あるいは防具でも構いませんが」
武器や防具は使い込めば使い込むだけ劣化するのが常識だが、鉱素の充満するダンジョンでは使い
古せば古すだけ、その性能が向上していく。
その武具に用いられた金属が鉱素を吸い上げていくからだ。故に採掘者の技能や経験などは武具を見ることでもある程度判別が付く。
「防具は無しで、武器はこれ――なんですけど」
どうすべきか迷いつつもフリントは背中からエクレアを抜いて見せた。そしてそのまま真っ直ぐ持ち縦に構える。
その様子をサーニャは怪訝そうに眺めていた。
「あの、こちらに置いて貰えますか?」
「置きたいんですけど……」
受付のカウンターに剣が触れるか触れないかというところまで持って行きながらフリントは言いよどんだ。
「置いてください」
「置けません」
「……置いてください」
ますますサーニャの人形いじりが激しくなっていく。
「置きたいのはやまやまなんですよ! 俺としても!」
ただエクレアの呪いのせいで手を離せない。というより剣を誰かに渡すことが叶わないのだ。
しかしそんな事情を理解してくれるわけもなく、サーニャは初めてフリントの顔を見つめた後、淡々と言った。
「わかりました。もう結構です。査定は完了しました。あなたは初級採掘者、等級としては石となります」
「ですよねえ!」
とまあ、当たり前すぎる結果に落ち着いた。
その後早々にライセンスとバッヂが支給された。バッヂは灰色で石を模した物である。それを仕方なく胸元に身につけながら、とぼとぼと受付口から去った。
しかしこの結果を嘆いている暇はない。経歴で認めてもらうことは叶わなかったが、別にストーンでもパーティは組める。そして良き仲間を見つけ出し、そこで活躍すれば認めて貰えるはずだ。
そうすれば精力的にゴーレムを狩るパーティや、もしくは第二層に潜るような強力なパーティに恵まれることもあるかもしれない。いずれも奇跡的なシチュエーションになるだろうが。
査定に失敗して、がっくりときつつもこのギルドでの仲間集めという感覚が懐かしく、脳裏には過去の出来事が鮮明に浮かび上がる。
初めてアインと会った七年前のあの日のこと。
親代わりだった養父がいなくなって、それで食い扶持を失ったフリント。カネの稼ぎ方も分からず、唯一自分の取り柄だった戦闘能力を活かすためギルドに入り、そこで鉱床に潜るためパーティを探した。
右も左も分からないフリントと違って、アインはすでに飛ぶ鳥を落とす勢いであっさりアイアンランクまで辿り着いていた。そんなアインは募集にかかってやって来たフリントを見るなり、こう言った。
「ストーンだろうが、強いのなら使ってやる。俺と一戦交えろ」
そう挑発されて、結果フリントとアインはお互い外に出てギルド前の広場で実際に勝負することになった。
――懐かしいな。
ふつふつと沸いてきた過去の記憶を辿って郷愁にぼんやり浸っていたフリント。その後ろ姿に声をかける人物がいた。
「あのう、少し良いですか?」