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7:面倒なお客様

 世界に様々人間がいるように、客にも種類がある。そして中でもとりわけ迷惑で、鬱陶しい客もいる。その面倒な客の一団はこの時間、数日おきにはかったように現れる。


 フリントも今日あたりやって来るのではと予想していたが思った通り、閉店より一時間ほど前に扉が開き、ドアベルの音が響いた。


 入ってきたのは三人組の男女だ。それぞれ採掘者らしく武器を持っており、その他の装備も鉱床へ潜れるようにと素肌を隠せるブーツや手袋などを身につけている。

 

 また何より採掘者であることを雄弁に物語るのが胸元に光るバッヂだ。これは採掘者個人の序列を示す物で、様々な種類がある。


 そしてその三人組の一番前を歩いているのが、この付近では知れた名前の男で、名をベルグと言った。彼のバッヂだけは青銅で、残りの二人は石作りであった。


 ベルグの容姿は黒い短髪で眼光鋭く、体躯も細身ながら筋肉質であり、見るからに粗暴そうな雰囲気がある。このベルグだがログの話では王都の名士の息子らしく、あまり無碍にもし辛い相手であった。


 彼らは我が物顔で店内を歩き、一番奥の席に座る。そこへすぐにフリントが駆けつけると、ベルグが一言。


「いつもの持ってこい」


 それだけだった。そう、彼らの頼むメニューは常に固定だ。


 マスタードをよく利かせたベーコンとトマトのサンドイッチと砂糖とミルクを少量入れたコーヒーだ。ちなみにマスタードの利き具合でいちゃもんを付けられたこともあるし、コーヒーのミルクと砂糖は絶対に自分で入れず、全てフリントかログにやらせる。


 今の時間帯はログは休憩中なので、フリントが一人で店を回している。客数の少ない時間なので一人で十分なのだが、三人分の注文である上に、遅ければネチネチと文句を付けられるので冷や汗をかきながら慌てて用意をして持って行く。


 まずはコーヒー。だが運んでいってテーブルに並べている最中、早々に文句を付けられた。


「毎回なんでコーヒーごときを持ってくるのにこんなに時間がかかる?」


 そのクレームに対し大声で言いつけてやりたかった。『それは注文の度に豆を挽いてその後にもゆっくり豆を蒸らして丁寧に淹れてるからだよ!』と。


 しかしこのベルグは飽きることもなく今日も今日とて悪質なクレーマーだが、店に来て物を頼んでいる以上は客なのだ。


「いつもお待たせしてしまい大変申し訳ございません」


 フリントは心を押し殺して陳謝ちんしゃする。


「食事くらいはさっさと持ってこいよ」


「はい。少々お待ちください」


 苛立ちを必死に押さえ込みながらフリントは応対していた。


 その後も食事を持っていっても相変わらずの態度でフリントは酷く辟易したが、とりあえずは穏便に済んだ。その後は同じ空間にいるのも嫌になり、少し残っていた洗い物をするためにフリントは厨房へと戻っていた。


 だがフリント不在のフロアでも未だにベルグの吐き出す憎々しげな文句は続いていた。


「ったくこの店の料理はマズイな、相変わらず」


「ベルグ、いっつもそれじゃんか。店、変えたらいいのに」


 と同席している女のライラが言う。


「チッ、黙ってろブス。俺はこの店にはクソムカつく因縁があるから、毎回来てるんだよ」


「何だよそれ。本当性格悪いな、ベルグは」


 そう言ったのはもう一人同席していた男、メルブだった。


「あー、マズイ料理だ。全く、どうしようもねえ。この店はよ」


 吐き捨てるように言いながら、サンドイッチを乱暴に食べ進めていく。その言いようには他の客も不快に感じていた。当然だが彼らは選んでこの店に足を運んでいるわけで、そんなメープルをけなされて気持ちいいはずもない。


 しかしこのベルグ一行は乱暴な性分で、しかも地元名士の息子であり、青銅ブロンズ級の採掘者とあれば面と向かっては刃向かえない。


 そんな店内にわだかまった鬱屈うっくつした空気を察したわけではないだろうが、ベルグたちがかけていた席テーブルより一つ手前の席から幼い少女の声が上がった。


「ねえ。おじさんたち、うるさいよ」


「あ?」


 よもや自分たちに楯突く者がいるなどと、微塵みじんも想定していなかったベルグは驚きつつも、ドスの利いた声で脅しをかける。しかしそんなものはどこ吹く風で、しれっとエクレアは言った。


「ご飯も静かに食べられないの? ご飯は静かに食べる物だよ。おじさんたちはテーブルマナーを勉強しないとダメだね」


 王様気分で店内に居座るベルグが、年端もいかない少女に痛烈な言葉で叱られるという滑稽こっけいなシーンに、残り僅かだった客たちが一斉に失笑する。


 その瞬間ベルグはしたたかにテーブルを叩き、店内に嫌な緊張が走る。そして無言で立ち上がり、エクレアの座る席へと近づく。


「お前、この俺になめた口を利きやがったな? 俺は子供でも行儀のなってねえヤツは容赦しねぇぞ」


 エクレアは近づかれてちらりとベルグの方を見たが、それだけで無視する。その騒ぎを聞きつけ、フリントは皿洗いを中断して飛び出てくると明らかに一触即発な状況。慌てて間に割って入った。


「お客様。いかがなさいましたか?」


「黙ってろ! 口を挟むんじゃねぇよ!」


 耳が痛くなるような怒声が響いた。しかし近くでこれだけ騒がしいのに相変わらずエクレアは我関せずといった様子で、嬉しそうにレアレアを少しずつ食べ進めている。


「こいつ確かお前らのとこの小娘だよな?」


「エクレアがお客様に何か不作法を致しましたか?」


 訊ね返すと、青筋を立てながらベルグは言う。


「舐めた口を利いてくれたんだよ。客であるこの俺に」


「左様でございましたか。この度はお客様を不快な思いにさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」


 フリントはとりあえず定型文で謝意を示した。だがもちろん本意ではない。何せエクレアが何もなくお客に突っかかったりすることはないからだ。エクレアは基本的に礼儀知らずだが、それでも弁えはある。


 ここまでの数々の傍若無人ぼうじゃくぶじんぶりを見ても、ベルグが先に何かろくでもないことをしでかしたのだろうことは察しが付く。だからこそ本気で心の底から謝ることなど出来ようもない。


 しかしその心のこもらない謝罪が気に障ったか、あるいは最初から因縁を付けるつもりだったのだろうか。ベルグは矛を収めなかった。


「そんな一言で俺の苛つきが解消されると思ってるのか? ったく料理も低レベルなら従業員とその身内の態度もなってねぇなぁ……!」


 と、ベルグは不意に自分たちのテーブルにあった飲みかけのコーヒーカップを手に取った。


「こんなどうしようもない接客の上に……マズイもんを出す店に来てやってるお客様なんだよ、俺は。たっぷり感謝しろよ?」


 その言葉と共に、ベルグはフリントの頭上でカップを傾け、フリントの髪から衣服までべっとりとコーヒーで濡れる。だがフリントはあくまで笑顔だった。そして口調も態度も丁寧だ。


「なるほど。申し訳ございません。当メープルの繊細な料理がお口に合わなかったようですね」


 それでも言葉の節には隠れた棘があった。ベルグもいよいよ異変に気づき、目を眇めた。これ以上、何かヘタなことを言えば容赦しない。そんな無言の圧力があったのはフリントも周囲の客も気づいていた。それでも尚、フリントは囀るのを止めなかった。


「――しかし不思議なのですが、こんなと仰る店にわざわざ足繁く通っていただいてるのは、お客様に何か《《ご自分を痛めつけるような趣味》》がおありになるからなのでしょうか?」


 その言葉が最後の一線を越えたようだ。ベルグは言葉ではなく実力で自分の意思を見せようとした。


 大ぶりに構えフリントに向けて拳を放つ。だがフリントからするとそれは、本当に採掘者なのか疑いたくなってしまうほど遅い。目をつぶっていても躱せそうなその一撃をふわりとスウェーで避けた。そして柔らかく、拳の威力を殺しながらその腕を触った。


「腕を振り回して物に当てれば拳が痛みます。お気を付けください」


 またしても笑顔。しかしベルグの取り巻きたちは騒然としていた。


「あ、あっさり避けたぞ。ベルグのパンチを」


「何なのよ、あいつ」


 採掘者として鳴らしてブロンズ級との評価を得ているベルグがパンチを透かしてしまった。しかもよくわからない、街場の喫茶店のウェイターごときを相手に。


「お前……っ!」


 

 避けられてますますいきり立ったベルグは今度こそ本気になったと言わんばかり、乱暴に拳を振り回し始める。だがフリントにしてみれば、目の前で駄々をこねた子供が暴れているのを観察しているような気分で、少なくとも「戦っている」という感覚は一切ない。


 身体の位置や避け方を調整して、店内の物を傷つけないよう汚さないよう誘導し、ベルグをコントロールしながら動く。そのフリントの意図に気づいて尚激昂したが、当たらない物は当たらないのだ。


 最後にますます苛立ってベルグは飛びかかる勢いで殴り込むが、当然それもふわりとした身のこなしで避けられ、ベルグは体勢を崩してうずくまる。しかしそれでもまだ闘志は萎えていないようで、再び立ち上がったのだが――


「お召し物が乱れていましたよ」


 ベルグが立ち上がり振り返った瞬間にフリントは近づき、暴れたせいで歪んでしまっていたジャケットを直してやった。

 

 するとその瞬間にベルグの瞳からは先ほどまであった獰猛どうもうな鋭い光が消え、代わりに僅かに怯えの色を含んだものに変わっていた。

 フリントの腕を振り払い距離を取るベルグ。


「お、お前……っ! お前は……っ!」


 肉食獣が縄張りを争う時に発するような唸り声を吐いて歯ぎしりし、フリントを睨み付けるだけ睨み付けた後、席に残っていた仲間たちに声をかける。


「おい帰るぞ、お前ら!」


 そのまま代金だけを置いて、三人はさっさと行ってしまう。


 その後、騒ぎを察したログが遅まきながら厨房側から現れる。


「何があったんだ?」


 コーヒーに濡れてただ事ではない様子のフリントを見て、ログは瞠目していた。


「フリントくん、これで顔拭いて」


 エクレアはいつの間にか席を立ってタオルを用意してくれていた。


「ありがと」


 それをもらい受け、とりあえず余分な水分を拭き取った後、ログには起きた出来事について掻い摘まんで話した。


「――そういうわけで、すみません。上客を帰しちゃいました」


 ベルグ騒動もあって客は残り一人なので、店の端の席でフリントたちは腰掛け、さきほどの出来事について話し合っていた。


「いいんだよ。ならず者の客を追い出しただけだ。俺も清清したし、お前は何も気にするな。それ以外は何もない。世は事も為し、だ」


「しかしお前もやるときはやる男だなあ。あのベルグを前に大立ち回りしたって言うんだから。エクレアちゃんも見てたか?」


「うん。あいつのパンチをひょいひょい避けてた」


「ひょいひょいか! そりゃすごい!」


 ログは喜んだ様子でフリントの活躍ぶりについてエクレアと話し込んでいた。そんな時、入り口付近で客の呼び声。


「すみません、お会計お願いします」


「あっ、はーい!」


 店に残っていた最後の客に呼び出され、フリントが向かう。


 これで波乱あった一日も終わる。結局ベルグはいきり立ったものの、フリントには何も出来ず、店にも何も出来ず、平穏無事に問題は解決したと。

 一見すればそのように思える。


 しかしフリントもログもお互い分かっていた。

 仲間の前で恥をかかされ、ああいうベルグのようなプライドの高い人間がそのままでいられるはずがないと。


 つまりこの先、間違いなく何かあの男は面倒事を起こしてくる。そんな察しは付いていたのだ。いずれ凶事に巻き込まれると。

 しかしながらそんな二人の予想に反して、それ以来一週間ベルグは一向に店を訪れなかった。



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