3:英雄の物語の終わり
翌々日。
アインの発見した鉱床は王都から離れた森の中にひっそりと草木の中に隠れていた。出入り口も重々しい金属製の蓋で封じられており、これまで見つからなかったこともうなずける話。
侵入していくと長い長い階段があって、その先には縦に長い広大な円形の空間が存在していた。
その中央には大きな円柱型の塔。天井はどこかから採光しているのだろう、強く光が降り注いでいて、塔の外縁には澄んだ水の入った堀がある。
そしてフリントたちが降りてきた階段の先から真っ直ぐ延びた道は塔の入り口らしき扉に繋がっていた。
「ここはどういう場所なんだ?」
フリントは辺りを見回しながら言う。今日の彼は先日の軽装と違い、衣服の下に鎖帷子を身に纏い、その背にはフリントの背丈ほどある大きさのスプーンのような武装がある。
「分からんが。どうもここはこの塔だけしか存在しない小さな鉱床のようだ」
答えるアインもまた細身に合うような軽量型の鎧を身につけている。そしてその右手には武器はなく、代わりに特別性のグローブがあり、手の甲側には大きな丸い金属製の玉が象眼されている。
「まあ、とりあえず検めてみるか」
「ああ」
フリントが扉を開ける、すると中からはやはりというかかび臭いが流れ出てきた。内にはじっとりとした空気がため込まれ、漂っている。それでも窓から光が入っているせいで、イメージに反して暗くはない。
室内は天井が高く、壁を沿うように作られた階段がある。また部屋内にはいくつもの円柱が並んでおり、銅のような光沢を持った人型のものが壁やその柱にもたれかかるようにして眠っていた。
だがそれらは侵入者の存在に気づくとゆっくりと立ち上がる。それらは一様に首がなく、しかし確かな殺意を持ってフリントたちを睨み付けていた。
これらこそゴーレム――そう呼ばれる、ダンジョンを住処にする怪物だった。その住まいを荒らそうとする人間たちを排除せんと、彼らは容赦なく襲いかかる。
「どうもこいつらが俺たちをお出迎えしてくれるみたいだな」
この程度の光景、見慣れたものでフリントは軽口を叩く。
「銅ゴーレムか。かなりの数がいるが、やれるか?」
カッパーゴーレムたちは名前通り銅のような赤茶けた色合いをしており、それらが
二十以上も居並んでいると流石に壮観であり、アインの返す声音は緊張にやや強ばっていた。
「もちろん」
自信満々に返すフリントに、アインは薄く笑う。
「本当にお前は頼りになるよ」
そしてゴーレムたちは自らの身体の中心に象眼された丸い球体のような核の部分から、まるで引っ張り出すように剣や槍を取り出していく。もちろんその核にはそんな長物を収納できる程の大きさはなかった。
これはゴーレムたちの扱う超常の技の一つ。武具を呼び出す法である。
その使用に合わせてフリントもまた自らの武器『自在匙』を握り、構える。
すると最初は匙様だった形状が変化していき、まるで大剣のような姿に。そして駆け足で向かい来るゴーレムたちに向けてフリントはその剣を構え、振るう。
振るう度に、近づいてきたゴーレムたちが斬られる、吹き飛ぶ、はじけ飛ぶ。
神速と呼ぶに相応しいほど、凄まじい速さの太刀筋だった。身の丈ほどもある大物を扱っているというのに、その重量を全く感じさせない。
それでいて塔を破壊しないように、支柱には触れぬよう繊細な動きを見せるというのだから、尚恐ろしい剣の冴えだった。
また同じくアインもフリントの邪魔にならないよう、距離を置いて戦っていた。
フリントの武具は剣や槍などでなく、その手袋〝コアグローブ〟というアイテムだった。手の甲側に埋め込まれている金属球。これはゴーレムたちが胸の辺りに埋め込んでいるものと同じものだ。
これは金属核と呼ばれる物で、この特殊な物体を媒体にすることで人はこの世界の理をねじ曲げるような力〝変成術〟を扱うことが出来るようになる。
アインにも向けて迫り来る三体のゴーレム。そのうち一つをアインは手刀で容易く切り裂いた。無論、ゴーレムの身体は堅牢で人の単なる手刀で切り裂けるような柔なものではない。
これぞ、アインの扱う神秘――その両手を刃の如く変化させる秘法・刃爪の法である。
次々にアインの爪が敵ゴーレムの身体を引き裂いていくが、しかし刃爪の破壊力はフリントの凄まじい剣裁きには比べるまでもなく貧弱。
四方から猛攻を仕掛けてくるゴーレムたちはそのタフネスでしぶとくアインに食ってかかり、一体のゴーレムがアインのその後背から隙を突くように襲いかかっていた。
けれどもゴーレムの刃がアインに届くことはなかった。
近くのゴーレムを既に一掃していたフリントがそれに気づいたからだ。フリントは自らの武器を突くように構える。するとその意思に応え、一気に剣の形が変化し、細長い槍のような形に。
不意を打とうと迫っていたゴーレムを真横から激しく貫く。その穂先は金属核を打ち据えており、カッパーゴーレムの身体は砂のように消えていった。
アインは自らの後ろで起きた出来事にすぐ気づき、フリントの方を見やった。
「悪い。助かった」
「任せろ」
そのまま二人は合流し、しばらくするとゴーレムたちの煩わしい駆動音が消え去り、立っているのはフリントとアインだけになっていた。
その結果に満足しつつ、アインは息を荒げながら訊ねた。
「しかしこれほど量がいるとは思わなかったぞ。フリント、お前何体潰した?」
「うーん。分からないけど、十五は超えてるかな」
「お前……相変わらずだな。カッパーゴーレムなんぞは物の数にも入らないか」
その褒め言葉がなんとなくフリントは面はゆかった。
「それより、上に行こう」
「……ああ、そうだな」
長い螺旋階段を上りながら、ふとフリントが口を開く。
「若干変則的だけどさ。この密集したゴーレムの量だと、たぶんここにはいるよな、守護者が」
「おそらくそうだな」
守護者。それはゴーレムの中でも実力のある個体のことを指す。これはどこにでもいるわけではなく、下の階層をまたぐ階段や昇降機の近く、あるいは宝物庫の前など、基本的に重要な場所を守るように配置されている。
故に、守護者と呼ばれるのだ。
二階に上がると短い廊下があり、すぐ近くには大きな両開きの扉がある。
フリントとアインは黙って視線を交わして、それからフリントが扉を開いた。
二階はその部屋だけなのだろう、大部屋で祭壇のようなものと蹲るようにしているゴーレムが一体だけあった。
その体色は銀。先ほどの物より一つ格上で、しかも首がある。
「顔つき――やっぱ守護者がいた」
鉱床にまばらに存在しているゴーレムたちは皆、決まって首がない。しかし守護者にだけは首がある、顔がある。彼らは例外なのだ。
そしてここにいる銀ゴーレムはまるで老人のような顔をしていた。マントを身につけており、剣を手にしながらよろよろと立ち上がる。その様子だけ見ると、朽ちた枯れ木のような振る舞いだが、守護者は押し並べて強敵。油断は禁物である。
フリントは素早く剣を振りかぶり、その長い間合いでゴーレムの脚を薙ぎ払った。
こんな単純な攻撃、シルバーゴーレムの守護者になら躱されるだろうとフリントは予想していたが、しかしあっさりとゴーレムの脚を切り飛ばして砕いた。
すぐさま間合いを詰めたフリントは間断なく、ゴーレムの胸元に手を伸ばし金属核を抜き取る。すると何事もなかったかのようにゴーレムは砂のように身体を消し去って、次の瞬間には滅んでいた。
「え、弱っ」
思わずそんなセリフがこぼれた。通常、銀級の守護者がこれほど弱いはずがないのだ。腕利きのフリントとは言え、もう少しは苦戦させられるはずなのだ。なのに何の手応えもなく、これほど呆気なく死んでいった。拍子抜けする事態だった。
「ああ、まぁ妙だが、ともかく勝てたならそれでいい」
アインも怪訝そうにしていたが、何にせよ勝ったことは間違いない。ゴーレムの精神たる金属核を破壊していることが何よりの証拠だ。
「しかしこの弱っちい守護者以外、この部屋は何もナシか」
フリントは周囲を見回しつつ、そう言った。部屋は質素な物で、まともな調度もなければ、持ち帰って高値になりそうな物もない。
「いや、ちゃんと奥を見ろ」
アインにそう声をかけられ、フリントは慌てて後ろを振り向く。
するとそこには黒い色の布がかけられた祭壇と、その上に黒い剣のような何かが置いてあった。フリントは不思議そうにそれをじっくり色々な角度から眺める。
「これ、もしかして神鍛武器なのか?」
「そうだな。まだ未踏の鉱床であったことも加味するなら、ほぼ間違いなく」
――神鍛武器。それは鉱床内部に置かれている、人ではない何者かによって鍛えられた武具やアイテムの総称だ。
多くはその中に金属核としての機能を内蔵しており、所有者に特殊な変成術を扱う力を与える。
変成術は通常、術士が何年、何十年の修行を経て使用にまで至る困難な技であり、この神鍛武器はインスタントにそれを扱える力を分け与える。
フリントの自在匙もその一つになる。
詰まるところ、とても強力な品であり人類にとって特に有用な品だ。しかし鉱床で見つかることは滅多になく、貴重だった。
しかしこのアイテム、見かけは剣のようだが、その刀身は何かを斬るには相応しくないようなゴツゴツとした凹凸の多い形状。ひとまず持ち手と柄があることだけが、フリントが剣であると予想した理由だ。
しかしどんな物であれ、神鍛武器ならば重要で貴重なことに代わりは無い。
「おお! おめでとうアイン! どうする自前の武器にするか? でもこれ何なんだろう?
剣っぽいけど。それなら変成術士のアインには無用の長物かな? でも売ってもいい値段になるだろうし。儲けたなアイン!」
レアアイテムの発見に一人浮かれきっているフリントに対し、所有者となるだろうアインは平然としていた。
「どうしたんだ? 何か問題でもあるのか? やっぱりこっそり国に嘘吐いて鉱床に潜って引け目を感じたとか?」
「違う。これは俺の物じゃない」
アインの珍妙な言葉に、フリントはすぐさま訊ね返した。
「ん? どういう意味だ?」
「くれてやる」
「えっ?」
「くれてやると言ったんだよ。今回の貢献度もゴーレム討伐数もお前の方が上だったのは言うまでもないことだしな」
確かに討伐数だけ見ればフリントの方が上回っているが、結局フリントはアインに言われて付いてきただけの存在でしかない。やると言われて、こんな高価な物を簡単には受け取りがたい。
「でもこの鉱床を見つけたのはアインだろ?」
「そうだ。だからその中の物をどうしようと俺の自由だ」
アインの決意は固いらしく、迷いない口調でさらに言葉を続ける。
「それに前に言ったろ。お前への誕生祝いを考えてると。色々案はあったが、ちょうどいい。俺からお前への誕生日プレゼントをこの剣にする――これを俺たちの友情の証にしよう。だから受け取れ」
そこまで言われてはもう断る理由もない。思わぬ展開に面食らいつつも、アインの言葉がフリントには嬉しかった。
友情の証――六年近くパーティを組んでいるアインだが、友情や仲間などという言葉を毛嫌いしていた男なのだ。
だからフリントは認めて貰えた気持ちになった。始まりの日から今日に至り、ようやく自分はアインの傍にいることを許された。そんな気がしたのだ。
「じゃあ、受け取る。ありがとう、アイン」
綻んだ表情でフリントは応える。
「いいさ。気にするな。それより早くお前がそれを手に取った姿が見たいが」
「ああ、ならそうさせてもらう」
その時のフリントに疑う気持ちなど微塵もなかった。ただただ友人の心遣いに、厚く感謝していたから。
しかし思い返せば不穏な箇所は数多あった。
何か出来すぎたような流れ。アインが突然鉱床を見つけ、フリントに協力を要請し、そこで見つかった神鍛武器を譲ってくれるという一連。
おかしい。奇妙。異常だ。
だが親友のアインを疑うことなど、フリントにとってはあり得ない。譲ってくれるというその黒剣にフリントは無邪気に手を伸ばし、触れる。
そして把手を取った、その瞬間だった。
「なんだ、コレ……!」
手に持った剣から黒髪のようなものが伸び、フリントの腕に勢いよく絡んでいく。そして背負っていた剣は突然目に見えない何かに弾かれたように吹き飛び、後ろに落ちる。
体中に絡んでくる髪に、力が抜けるような感覚。フリントは思わず膝を折る。目の前がスパークするような錯覚と激しい動悸に見舞われ、思わず目を閉じる。
くるくると、回る。
ゆらゆらと、揺らぐ。
ここはどこなのか。
暗い穴の中を無限に落ちていくような感覚。突如やって来たまどろんでいるような、全てが曖昧になっていく感覚の中、フリントは確かに聞いた。
それは誰かの声。聞いたこともない声。
なのに、優しく、柔らかく、郷愁を呼び起こすような、慈悲深い声。
「あな……、…く……す」
途切れ途切れの言葉が黒い闇の中で反響する。
「…な…が、…め……い、あ……が、………の…す。――フリント」