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1:失われていく最強

 仲間たちに囲まれ、時折鉱床(ダンジョン)に潜り、ゴーレムたちと戦い、そして美味い食事をとって、眠る。そんな、いつの間にか当たり前に感じていたような、かけがえのない日常が。


 このままずっと同じような平穏が続いていくのだと。


 誰に言われるでもなく、フリントは自然とそう思っていた。勝手にそう思い込んでいた。


 しかし人は己の日常と暮らしぶりについて度々間違え、勘違いする。

 今という刹那せつなが引き延ばされ、ずっと永遠に続いていくという、大きな勘違いを。


 荒くなってきた息を整えるのは、人気の少ない路地裏だ。

 元々日の当たらないその場所だが、すでに空は群青に染まり始め、夜の帳が降りようとしていれば、尚のこと薄暗い。


 絶対に落とさないように、手にあった銀のペンダントを再び握りなおす。


 フリントは壁際に背を預け、目をつむる。元来、体力に自信はあったのだ。

 この広大な王都サルヴァを一昼夜ずっと走り回ったとして、普段なら少しの呼吸の乱れも生まれない。鉱床を丸三日寝ずに行進したこともある。


 なのに今は息も絶え絶えで、激しく疲労している。


 しかし背負った黒い剣の凄まじい重量がまるで足かせのようにフリントの体力を奪っていっていた。自分の身に唐突にあてがわれた謎の、武器とも剣とも呼べぬような、何か。


 外すことも出来なければ、他の武器を持つことも許されない――呪い。


 ありとあらゆる混乱と困惑があって、自分の身を苛み続けるその剣の正体についてすら、今はもうどうでもよかった。何せまだこの我が身を滅ぼしかねない危険な状況を脱することさえ出来ていないのだ。


 予想通り、少しも休めぬままに追っ手が迫ってくる気配をフリントはひしひしと感じていた。

 だがぎりぎりまで休息したいとその場に留まり続けていると、程なくして大勢の足音が間近に響く。


 路地裏は憲兵たちの持つカンテラの光で照らされた。眩しさを億劫おっくうに感じながらフリントはそちらを横目に見る。


「ようやく見つけたぞ。悪魔フリント! 我々は貴様がどこへ逃げようとも必ず追いつき、必ず捉える! どこへ逃げ去ろうとだ!」


 気力の萎えていたフリントにとって、その指揮官の勢い込んだ口調は心底嫌気が差した。

 しかし意気軒昂なのはその指揮官ばかりで、部下たちは戸惑い、困惑していた。


「……おい! お前たちどうした? 総員、構えろ!」


 続けざまに指揮官がそう命じる。しかしすぐには命令に従わず、問い返していた。


「ですが、あの方は、我が国の英雄では……」

「違う! ヤツこそシュラウ殿下を殺めた大罪人なんだ! 構うな、撃て! 殺しても構わん!」


 上官の指示を受けてやむを得ずという風に長銃を構える憲兵たち。


「クソ……」


 フリントはそう独りごちる。銃を構えられたここで弁明の余地があるはずも無い。

 しかしかつての同胞を傷つけたくもない。だから残された最後の選択肢として、フリントはただ逃げ回ることしか出来ない。


 銃声が聞こえるよりも前に飛び上がり、近場の建物の屋根に乗る。

 そしてそのまま屋根の上を飛び移って走って行く。

 

 獲物を逃がした憲兵たちが騒ぎ、それを尻目にフリントは走っていた。

 とにかくこのしつこい連中を振り切るには街を出るしかない。街にいれば憲兵たちは際限なくフリントを追うだろう。


 だがそれで一体どこへ向かえばいい? 行く当てなどありはしないのだ。このロードラガ王国で戦い、生きて、日々を過ごしたフリントには。

 

 ――何故こうなった。どうして……。

 

 フリントは歯噛みしながら自問自答する。だがその答えは未だに見えてこない。 

 確実に分かるのはただ一つだけ。


 このロードラガ大王国に名を馳せたフリント・オブシディアの、採掘者の英雄の美名は、地に落ちたということのみ。



 

 ――事の始まりは数日前にさかのぼる。

 

 フリントは()()()()()でよく眠っていた。よく眠っていたのに、目を覚ましたのはどこからか風に乗って甘い匂いがしたからだ。


「くあ……ぁ。ねむい……」


 大きく伸びをして、傾斜のある屋根の上で器用に立ち上がると、こわばった身体をほぐす。眼下には王都サルヴァの見事な街並みが見える。フリントのいるその場所は【古霊祖これいその塔】と呼ばれる巨大な塔のその天辺だ。


 そして向かいには巨大な赤い岩で作られた石柱とその上に乗った紅の宮殿と呼ばれる荘厳そうごんな建物がある。これはロードラガ王の御座所ござしょだ。


 その上、最近亡くなった第三王子シュラウへの哀悼を示した黒い幕が随所に吊されており、紅の宮殿普段の粛然とした偉容に輪をかけて、仰々しい様になっている。


 王の住まう宮殿と同じくらいの眺望が心地よくて、フリントはよくこの古霊祖の塔の天辺を訪れていた。しかしそもそも人が登ることを想定していないこの場所に、柵や手すりなどと言った気の利いたものは一切ない。


 人が三人いられるかどうかくらいの面積の上で、こうして風景を満喫できるのは世界広しと言えど、性格の図太いフリントくらいのことだろう。

 

「そういや大事なこと、忘れてた……。早めに降りなきゃ閉まっちまうよな」


 まだ眠気で鈍ったままの思考を整理するために、ぽつぽつと呟くフリント。


 数日前に採掘者ギルドの仲間内で聞いていた情報をうたた寝の最中にふと思い出したのは、あのどこからか流れてきた甘いバターの匂いのおかげだろう。


 思い出したら善は急げ、だ。

 フリントは軽く身体を動かして準備運動をした後、塔を下り始めた。


 古霊祖の塔は大きな三角の形で出来ており、地上に近い階ほど大きく面積を取っている。


 つまり下の階は上の階より大きく面を取っているわけで、そこをフリントはまるで自宅の階段でも降りるかのように、ジャンプしてひょいひょいと駆け下りていく。


 軽快な動きのおかげであっという間に地上へ辿り着く。最後の着地地点には観光客や礼拝に来る信者たちもいて、フリントの突然の登場に少々驚きこそすれ、その軽業じみた着地に対し、慣れたように拍手する。


「またフリント様が頂上へ登っておられたぞ」

「よくもまあいつもあんな高い場所でお休みに……」

「流石は六傑の英雄だ。肝が太い」


 などという声がちらほら聞こえる。いつもこの瞬間、フリントは少し恥ずかしくなる。正直、自分でも子供のようなバカなことをしているという自覚はあった。

 

「上は風が涼しくて気持ちいいですから、みなさんも是非今度登ってみてください!」


 照れ隠しにそうフリントは挨拶した後、すぐさま駆け出す。


「いやこんなこと出来るのはこの街でもフリント様だけでしょう……」


 おかげで、そんな呆れたような声はフリントの耳には届かなかった。 


 王都サルヴァは王都と言うだけあって、多くの場所が混雑している。

 地上を歩いていては時間がかかる。

 狭い道沿いに並ぶ石造りの建物の上を飛び跳ねるように進んで、フリントが向かったのは王都東部。


 そこは一層混雑しており、ござを引いた露天商たちが居並び日用品や雑貨、あるいは鉱床攻略に役立つような様々な物を売っている。

 

 他にも軒を連ねる商店街や屋台の並んだ市場など、人でごった返している。

 ぼんやりと立っていれば行商たちが次から次へと現れて、押し売りのごとく買い物させられる。

 フリントも慣れない頃に、気づけば両手一杯の買い物をさせられたことがあった。


 それでもこの混沌とした雑踏の雰囲気が、フリントは嫌いではなかった。

 路面に降りてから雑踏の中をすり抜け、フリントが向かった先は一層大きな建築物。


 五階建ての建物で、エントランスの上には堂々と【王都東部共有鉱床管理採掘者組合】記されている。


 このいかにも立派そうな建築物こそ、鉱床に富と冒険を求めて採掘者たちが訪れる、採掘者組合マイナーギルドだった。だからこそこの建物の周囲はあれほど賑わっていたのだ。


 エントランスホールにも人が多く、パーティの契約を求めて待ったり、鉱床攻略の報告書を書き上げたり、気も早く鉱床で手に入る貴重なアイテムの売買契約をこなそうとする商人がいたり、あるいは理由もなくたむろしたりする者もいたり、様々な目的を持った人間がたむろしている。


 しかし今日、ここに立ち寄ったのは鉱床へ入るためではない。いくつかある受付の中で暇そうにしているところへ近寄る。


「お疲れさま」


 声をかけると茶色の髪をした受付嬢ララは苦笑いと微笑みとが混じった複雑な表情でフリントを迎えた。


「こんちにはフリントさん。今日もまたいつもの用件ですか?」


 言いながらララは紙とペンを用意してくれて、フリントはそこに勢いよく文字を書き込んでいく。


「そうそう」


「もうー、困りますよ。いつも私が窓口になってるせいで、アインさんに怒られるんですよ。ちゃんと引き留めて事務所に戻ってくるように言ってくれって」


「ごめんごめん。今度からは頑張るから。とりあえず今日だけはこれあいつに渡しといて」


 書き上がった紙を受付嬢に手渡すと、呆れた表情を浮かべた。


「しょうがないなぁ。わかりましたよ。でもちゃんと私は言いましたからね」


「うん。俺もちゃんと聞いたから大丈夫! それじゃ、よろしく」


 それだけ言い残すとフリントはさっさと建物を出て行ってしまう。


「相変わらず適当だなあ……本当に」


 ララはフリントの後ろ姿を見送りながら、そんな風にぼやいていた。 

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