まるちのはなし
はじまり、はじまり
昔々あるところに学校の先輩後輩がいたそうな。
彼らはそこそこの友人付き合いとそこそこの交流を持っていたが先輩が卒業して疎遠になり、後輩も卒業した後は接点もなくなり一年近く連絡も何もとっていなかった。
あるとき先輩から後輩に連絡が来た。
「今、ファミレス居るんだけど暇なら久し振りに会おうよ」
後輩はその時仕事も終わって暇をしていたので了解をした。
合流を果たした二人は久々に会った相手と近況を確認したり、昔話を少しした。
そしてそこそこゆったりした時間が流れだしたところで先輩はとある話を始めた。
「ところでさ、今の給料に満足してる?」
今ある給料では生活出来るけど割りとギリギリですね、と後輩は言葉を濁しつつ給金がそこそこ低いことを先輩に伝えた。
「今さ、あっちの席に座っている人、分かる? あの人がさ俺らにでも簡単に稼げる方法教えてくれてるんだよ」
先輩が指した方向を見ると図体の大きな見るからにスポーツマンがスーツを着て座っていた。彼は真剣な表情で携帯画面とにらめっこしており机の上に置いてある霜が張ったコーラは氷が溶け切っていることからそれなりの時間そうしていた事が伺えた。
「今なら○○さんの時間あるらしいから教えてくれるらしいんだけど興味ある?」
後輩は表情は変えずに心のなかで「あー」と呟きながら、そういえばその手の人と会話したことは無かったなと思い、さて想像している中のどれが来るか、と興味本意で快諾をした。
それを聞いた先輩は満面の笑顔になり、ちょっと待っててと言い残し、○○の座っている机に近づいて行った。
暫くするとこちらの席に二人が来た。
「初めまして、私は△△の○○という者です。こちらの先輩君とは……んービジネスパートナーかな? をやっています」
後輩は挨拶を返すと先輩はとりあえずどういった事をしているのかと○○に聞いた。
「うん、良いですよ。でもその前に此方のさ、此処に名前書いてくれない? うちの商売は情報が命でね。君が興味が合って此方の話が聞きたいって証明が無いと話しちゃいけない社則なんだ」
そう言って渡された紙を後輩が見ると商品説明のパンフレットらしく、水素水サーバー☓☓万円、ゲルマニウムブレスレット☓☓万円、小顔用美顔ローラー☓☓万円など予想通り色んな意味で興味を掻き立てられる文字が踊っていた。
そしてその紙の裏側には『私は貴社のビジネスに関する説明を聞く意思があります』という文字と署名欄、日付欄があった。
後輩は少し考えるとその申し出に承諾し少し汚い崩した文字で苗字以外読み方は同じだが違う氏名と正しい日付を書いて○○にその紙を渡した。
「ありがとう、えっと□□君(以下後輩)って言うんだね。じゃあ説明を始めさせて貰うね」
「まず、私達の理念だね。助け合いと協力の力を以て社会や地球を考える。うちの社長はそれをモットーに西日本を中心に支社四社あと三社の提携企業と一緒に日本全国で活動をしているんだけど、まぁ、この辺は飛ばそうか」
それまでの軽快なトークを止めそう言うと○○は徐にこちらに向き直りこう言った。
「後輩君はさ、大体何時間働いてどれくらいの給料を貰ってる?」
それを聞いた後輩はまた少し考えてから大体の働いている時間と貰っている給料の話をした。ただし彼の姉の。
「そっか、でもさそれ時間給にしたら派遣とか契約社員とかとあんまり変わりないじゃない?」
契約社員の姉を持つ後輩は軽く○○の見識と色々なものに戦慄を覚えながら頷く。
だが姉の働いている場所の福利厚生は手厚く給料だけで一概に待遇が悪いとは言えないよなあ、と後輩が思考を脇道に逸らしている間も○○の説明は続く。
「私たちの仕事はさ、そういう報われてない人のためにあるんだ。例えば――君(以下先輩)がこの、ここにある布団をね、誰かに紹介してこのビジネスに加入してくれたらその人が買った商品の利益、その何割かが先輩君のところに入るんだ。これは仲卸とかそういうのを介してないから出来る方法でね。ここまでは分かる?」
実を言うとこの手の基礎知識は授業で取り扱ったことのある後輩は先輩は授業まったく聞いてなかったんだなぁと感慨に耽りながら頷いた。
この時点で突っ込みたい事は多々あったが我慢して何も喋らないように、後輩は机の上にあるさっき頼んだミートドリアを食べた。安くて、美味い、これはやはり正義だと思った。
「うちの会社の凄い所はね、その加入した人が次にこのビジネスを誰かに紹介してまた加入してくれたら二人前の人までは利益が出るんだ。つまり最初にお金をちょっと払うだけで後は紹介するだけでお金が稼げるってこと。ああ、そうだ、ついでに言っとくとうまく紹介できそうに無かったら僕でも他の社員でもちゃんとサポートしてあげるから心配はいらないよ」
なるほど、そうなんですか、と適度に相槌を打ちながら話を聞いている後輩はふと気になった事がありそれを口に出した。
「どんな商品があるんですか?」
それを聞いた○○は手応えを感じたのか分厚いファイルを出し、嬉しそうに説明を始めた。
「ああ、そういえばそっちの説明をしてなかったね。ついでに他の説明もしちゃおうかな」
そう言った○○は活き活きとしながらファイルをペラペラと捲り目当てのページを見つけたのかこちらに見やすいように差し出してきた。
「まずはこのゲルマニウム鉱石を使用した布団だね。これはとても良い商品でね、今までうちのビジネスで成功してる人も最初はこれを買ってる人が割りと多いんだよね。実際に使ってみてもさ、やっぱりそれなりに値段がする物だからそれに見合った品質だね。私も買ったけど五年使ってまだ全然劣化した様子が無いし。いい買い物だよ」
へえー、と後輩が相槌を打つと○○は満足したように次のページに進んで説明を続けた。
「次はこのゲルマニウムブレスレット。これは先輩君が今腕に着けてるやつだね。さっきの布団でも出たゲルマニウムの説明をしようか。これはね体の不調を整える作用があるんだ。人間には微弱な電流が流れててね。それがうまいこと調和していれば良いんだけどそれが崩れる事がある訳だ。でもこいつがあればその電流を整えてくれるって効果がある。実際私もこの布団で寝るようになってから体調を崩すのが減ったんだよ。先輩君はどう?」
○○が喋り始めてからはドリンクを飲む係兼相槌担当だった先輩は唐突に指された事に焦りながらも右手首に光る銀色のブレスレットをこちらに見せながら語った。
「そ、そうですね。俺もこれつけてからあんまり病気とか怪我してないです」
怪我とゲルマニウム関係無くないですか? とかこのブレスレット二桁万円するんだ。など様々な思いが湧き上がりそうになった後輩はさっき頼んだイカフライと唐揚げを言葉と一緒に飲み込んだ。美味しかった。
「ほら、効果あるでしょ? 他にもさ、タオルとか色々魅力的な物があるんだけど───────」
そこから先は商品の説明が続いた。
柔らかいタオル、名湯の入浴剤から化粧品、家電、その他にも様々な商品がカタログには記されていた。
ふと最初に署名をした紙に書いてあった最安値商品がないことに気づいた後輩はそれについても聞いてみた。
「あー、これはね、ちょっと古いカタログなんだよ。今はこの商品はこれ、この化粧水と乳液とセットの商品になってるね」
ちなみにその商品はハンドクリームで単品なら大変お求め易い価格だったがセット化されたものは後輩の家のどれとは言わないが公共料金ばりの価格だった。
「やっぱり怪しいなーとかちょっと高いなーとか思っちゃう?」
急に口調が砕けた○○に驚きながら後輩は同意を返した。
「やっぱりねー。俺も最初はそう思ったんだよ。でもねやってみるとちゃんとお金は入ってくるし。びっくりしたよ。今まで俺は何であんなに無駄な頑張りをしてたんだろう、みたいなね」
それはきっと真っ当な社会のレールなんだよぁと後輩は思いながらドリンクバーにあったカプチーノ飲みつつ相槌を打った。
「やっぱ生きてたら欲しい物ってあるじゃん? 家とか車とかさ、俺の場合は車だったんだけど。後輩君はなんか今欲しいものある?」
強いていうなら美味しい珈琲を飲める環境を整えたかった後輩はカフェセットとか珈琲用の器具ですかねと答えた。
「いや、そういうのじゃなくてもっと大きい……。いやまぁいいや例えばそういう物を買う余裕すら無いわけよ。これは今の後輩君もそうでしょ?」
いやちょっと食費と交際費抑えたら高くないのは買えますよ、と後輩は思ったがとりあえず頷いておいた。
「これに加わればそういう心配は無くなるよ。俺がそうだもん。ならなんでこんな事してんの? って思った? それはねまだこのビジネスを知らない人に一人でも多く紹介したくてやってんだよ。このビジネスね紹介した人数が多ければ多いほど利益率が上がっていくんだよね。で、俺はもうある程度稼いだからここ見て、このピラミッドの外側みんなに広める役をしてる」
そう言った○○は割りと誇らしそうに胸張った。
それを見た後輩はいちごティラミスを食べながらこれは凄いなぁと思った。
「工業高校出てさ、安い金でこき使われてた俺がさ、今では結構な稼ぎでスポーツカー買って会社の仲間とドライブしてんだよ? 凄いでしょ?」
反応を求められた後輩は素直に(色んな意味で)凄いですね、と答えた。
「でさ? 後輩君も一緒にやろうよ? とりあえず登録しとくだけでもいつか君の助けになる時が来るよ。一回、たった一回買うだけで儲けれるんだから。そうすれば紹介した先輩君も紹介された後輩君も得するんだ。Win-Winの関係だね。で、どう?」
それを聞いた後輩は少し考え込んだあと笑顔でこう言った。
「すいません。今回は縁がなかったということで申し訳ありませんがお断りさせていただきます」
後輩はそう言うや否や立ち上がり、呆然としている二人を尻目に深くお辞儀をして失礼しますと言い残して去っていくのだった。
そして、後輩の座っていた机の上には彼が食べた物の記された伝票と大量の皿だけが残っていた。
自分が昔学校の先輩から誘われたマルチの理念は「今、君が登録することで他の友達がお金を稼げるかもしれない」でした。
彼らの理論は必ず根本に自分一人ではないという謎の思想があります。
お金に困っているのは、これをまだ知らない人は、それを広めているのは、なんにでも応用出来ますね。赤信号みんなで渡ればなんとやら。
そして、これを広める事によって人類が救済されるということを念入りに刷り込みます。
漬け込んで完成したあたりの最後らへんには必ず顧客が先細るため立派なマルチトレーナーとなって彼らは日夜新規の知り合いの知り合いを探しています。単純にお金が欲しい人も頑張って探しています。酷いところは借金まで抱えている彼ら彼女らの明日はどっちだ。
これらがファミレスで2時間半楽しく喋った結果分かった事実です。
ちなみに自分は見せて貰ったファイルと契約書を一文一文微に入り細に入り説明をしてもらって、その人と周りにいる人の体験談なんかを和やかに聞いて、お金は出すと先に言われていたのでこの話の中の後輩通りしこたま食べて、ドリンクバーをしこたま飲んで、笑顔で断って帰りました。ミートドリア美味しかったです。
なんかファミレスにファイル開いて真剣に話してる集団がいたら多分それです。まぁ水売買か、浄水器をつけないと体を蝕むか、未公開株か、今回の題材かは分かりませんが。
あ、ただの仕事の打ち合わせの場合もあるのでそういった人達に安易に白い目を向けてはいけませんよ。
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