青年が落とした銅貨
都から遠く離れた森の奥深くに大きな泉がある。旅人はその水で喉の渇きを潤し、そばにある木の実で空腹をしのぐ。
たまたま近くを訪れた一人の青年も同様で、手で水をすくっている。ひんやりと冷たい水が、喉を流れ落ちる。青年はごくごくと音を立てて水を飲み、続けて顔を洗おうと身体を泉に傾けた。
その時、胸ポケットに入っていた銅貨――城の絵が刻まれている――が一枚、ポケットから飛び出した。青年は慌てて掴もうとしたが遅く、銅貨は泉の中へと落ちていく。青年の腕は思い切り水面を叩き、袖は肘までびっしょりと濡れ、おまけに水しぶきを全身に浴びてしまった。
「ああ……貴重な銅貨が」
青年は落胆した。旅人である貧しい青年にとって、銅貨は一枚でも貴重な財産だ。
青年は顔を上げ、はるか遠くを見つめた。その時、泉の中心に光が差し込むのを彼は見た。やがて光の中から一人の美しい女性が姿を現した。女性の身体はつま先まで見え、その場で浮かんでいる。艶やかな髪は足よりも長いらしく水中に入り毛先までは見えない。身に纏うのは白い衣服。水面から出てきたはずなのになぜか全く濡れていない。
彼女は青年の元に近づくと、微笑みながら両手を差し出した。そこには銀色の硬貨と金色の硬貨が一枚ずつあり、どちらも作られたばかりであるかのように輝いている。
「私はこの泉に住む女神です」
「女神……」
青年は女性――女神に半ば見惚れていたが、次の言葉に目を丸くした。
「あなたが落としたのはこの銀の銅貨ですか? それともこの金の銅貨ですか?」
「……へ? 銀の銅貨?」
青年は女神の手に置かれた銀色の硬貨をじっくりと見た。この国には銅、銀、金の三種類の硬貨が発行されている。本来銀色の硬貨――銀貨には王冠が刻まれているはずなのだが、これは先程落とした銅貨同様に城が刻まれていた。そして金色の硬貨――金貨には有名な国王が描かれているはずなのだが、これにも城が刻まれていた。
「はい。銀の銅貨と金の銅貨、どちらを落としましたか?」
「いや、僕が落としたのは銅色の……」
「まあ、なんて正直な方! 褒美に銀の銅貨と金の銅貨、両方差し上げましょう」
女神は感激したように笑うと、青年の手を取り硬貨を二枚握らせた。
「……これ、銀貨なんですか? それとも銅貨?」
「銅貨ですよ。銀の銅貨と金の銅貨」
女神は当たり前のように答えると、再び光が現れ彼女はその中へと消えてしまった。
「銀の銅貨って……銅で出来た金が銅貨なんだから、銀で出来たのは銅貨とは言わないんじゃ?」
青年は困惑しながら二枚の硬貨を見つめていたが、やがてポケットに入れると森を出ることにした。
その後それらの貨幣は本物の銀と金で出来ていることが明らかになったが、青年はそれを使用しなかった。それというのも、世界中のお金を集めている収集家が、是非欲しいと彼に詰め寄ったのだ。彼は大金と引き換えに二枚の硬貨を差し出し、手にしたお金と共に故郷へと帰った……。
昔話にある金の斧と銀の斧。それをヒントにしてみました。
特に意味のない話ですね(笑)