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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死神急行ゆめざる号

 昔々、ある所で、一人の女性が悪夢にうなされ続けていた。


 「あぁ、や、やっぱり……」


 今日も『彼女』は、布団の中でその恐ろしい世界に辿りついてしまった。一週間以上も前からずっと、彼女はこの悪夢を見続けているのである。

 周りに広がるのは、星一つもない暗闇の世界を走る「電車」の車内。乗客は彼女しかおらず、車内にはモーターや車輪の音だけが響く。木造りの内装や硬めの椅子、そして薄暗い照明が、この電車が相当年式の入ったものであると言う事をはっきりと示していた。現実の世界だと『昔懐かしのレトロな電車』としてニュースや新聞が取り上げ、鉄道オタクがこぞってカメラに映しそうな電車だが、今の『彼女』にとっては、文字通り「亡霊」に等しい存在だった。


 そして、一人ぼっちの車内に、もう一つの声が響き始めた。独特なアクセントが耳に焼きついてしまいそうな、不気味な声の車内放送だ。


「今日も~死神急行『ゆめざる』にご乗車~いただきまして~、ありがとうございました~」



 一週間以上前、彼女は夢の中でこの『ゆめざる』号の乗客になった。どうして乗客になろうとしたのか、はっきりとは覚えていなかったが、見慣れぬ電車に興味を持ち、昭和を思い起こさせる車内にどこかワクワクしていた感情はしっかりと記憶していた。

 車内に入ると、彼女の周りには既に数人の客が座っており、他の車内にもちらほらと乗客の姿があった。しかし全員とも青ざめていたり、恐怖で震えているような様子であった。中には小さな声で助けて、もう嫌だと言う人もいた。一体どういう事なのだろうか、それは『ゆめざる』号が停車した次の駅で、嫌でも分かってしまった。


「間もなく~、『はらわた』駅でございま~す」


 原宿なら聞いた事があるが、「はらわた」と言う駅は聞いた事が無い。一体どういう駅なのか、と彼女は不思議に思った。

 そして、電車は問題の駅に到着した。軋むような音を立てて停まったホームの上に、何かの影がいくつも現れ、このレトロな電車に向けて光を発し続けていた。一体何だろうか、と考え始めたその時、彼女のずっと後ろの座席で何かが破裂するような音が聞こえた。


 ……そして、この時から、夢は「悪夢」に変わった。

 そこにあったのは、太鼓腹が文字通り破裂し、中から『はらわた』を覗かせて倒れている一人の男性……だった肉の塊であった。そして、そのまま肉の塊は黒い染みとなり、電車の座席から消え去ったのである。


「きゃああああああ!!」


 恐怖の悲鳴を上げた瞬間、彼女はゆめざる号の車内から、元のベッドの中に戻っていた。あまりにも強烈な内容だったため、その内容は記憶に鮮明に残ってしまっていた。だが、あれは単なる悪夢、こうやって目覚めればもう大丈夫かもしれない……と思って、安心したのもつかの間だった。テレビのニュースで取り上げられたとある人身事故の内容に映っていた男性の顔は……


「……う、嘘……!?」


 あの時、『はらわた駅』で命を落とした男性と、全く同じ顔だったのである。


 そして、次の日も彼女は『ゆめざる』号の夢を見た。今度は一切の興味も関心も無く、ただ恐怖に震えるのみの「悪夢」であった。しかも、それから毎日、『彼女』はこの亡霊のような古い電車に乗り、様々な駅に停車しながら終点へと向かう鉄道の旅を強制させられる事になったのである。


 『千枚』駅に停車した時は、彼女の近くの女性客が、文字通り千枚おろしにされたまま、黒い染みとなって消え去った。

  隣の車両に移動しても、『大岩』駅に停車した途端、彼女の傍の乗客が車内に現れた巨大な岩の下敷きとなり、そのまま消滅してしまった。

 ならば列車から脱出すれば良いかもしれない、と考えてドアの方へ向かった時もあったが、停車駅に着いても何故か一切開かず、押しても引いてもドアはびくともしなかった。その間にも、駅の名前にちなんだ様々な方法で乗客が一人、また一人と減っていった。

  時にはこんな車内放送も流れた。


「次の『針山』駅は通過いたしま~す」


 やけに楽しそうな車掌の声が流れた時、窓の外に通り過ぎる古ぼけた駅の姿が見えた。次の瞬間、車内に無数の針が現れ、数名の乗客がそのまま串刺しになってしまった。もう少し位置がずれていれば、『彼女』もまた同じ運命を辿っていたかもしれない。


 何度も途中の駅で起きる出来事を目の当たりにし続けてきたせいで、眠りから覚めた後も彼女の記憶には『ゆめざる』号での出来事が完全に刻まれるようになってしまった。そして、毎朝テレビや新聞によって、車内で命を落とした人たちが現実世界でも死亡している事がニュースや記事で否応なしに伝えられていた。もはや彼女にとって、夢は安心できる眠りの時間では無く、強制的に引きずり込まれる恐怖の時間になっていたのだ。

 それでも、いくつもの駅を通り過ぎる中で何とか彼女は命拾いをし続けてきた。だが、それも今日で終わる事を、彼女は嫌でも認識していた。10両以上も連なる死神急行『ゆめざる』号の乗客は、今やたった一人となっていたのだ。


 そして、車内放送が、列車の旅、そして彼女の命の終わりを告げた。


「次は、終点『冥福』、『冥福』でございま~す」


 何が言いたいかは、駅名を耳にした途端にはっきりと分かった。間違いなく、最後の駅で彼女も黒い染みとなり、その姿を消す事になる。そして、現実の世界でも……。

 何とかして脱出しなくては、と考えて窓を見ようとした時、再び車内放送の声が静まり返った車内に響き渡った。


「駅以外での場所での下車は出来ませんので、ご注意くださ~い」


「……!?」


 まるで彼女の動きを見通しているかのような声だったが、そもそも脱出自体が非常に困難であると言うのは窓の景色からも分かってしまった。車内の明かりに灯された窓の外は、巨大な橋の下に無限に続く奈落が広がっていたのである。もしこのまま降りてしまったら……。


「も、もう駄目なの……?」


 そして、間もなく終着駅に到着すると言う車内放送が、顔面蒼白の彼女に向けて無情に響き渡った。窓の向こうには、既に終着駅の大きなホームが見え始めていた。完全に逃げ場は失われ、このまま大人しく命を落とすしか道は残されていないのだろうか。絶望に押し潰されそうになり、完全に諦めかけた、まさにその時であった。


 突然凄まじい衝撃が車内を襲い、『ゆめざる』号が急停車したのである。

 

 これで全てが終わった、と思った彼女だが……


「……あれ?」


 その体には、一切の傷も怪我も無かった。当然、命には何の別条も無い。


 一体何があったのだろうかと言う感情に包まれた『彼女』は、電車の前方や横が妙にざわついている事に気がついた。どこか殺気だったような声や怒ったような電車の警笛も混じり、かなり騒然とした雰囲気に包まれている。よく見れば、駅のホームには何かを抱えた人たちが大群で現れ、その「何か」は時折星のような瞬きを見せているようだ。

 ずっと前に『はらわた駅』で見た妙な影と、それらは非常に良く似ていた。


 運転手も乗務員も全員列車の前で起きた騒動に気を取られてしまっており、最後の乗客である『彼女』には構っていられる余裕は無いようだった。つまり、脱出できるチャンスは今しかないと言う事である。

 古い電車と言う事もあり、人が抜け出す事の出来るほど電車の窓を大きく開く事が出来た。いくら悪夢でもこれは「夢」、どこに落ちてもきっと命にかかわる事態は起きない、と彼女は信じていた。むしろこのまま『ゆめざる号』に乗り続けた方が……。


 

 そして、彼女は思い切って、電車の窓から飛び降りた。

 その下に広がる漆黒の奈落に吸い込まれるかのように。



「……はっ!!」

 そして、彼女は汗だくになりながら、悪夢から脱出した。


 しばらく経ってからも、『彼女』は例の夢をもう一度見る事は無いだろうか、と言う恐怖におびえ続けていた。何せもう少しで終着駅に辿りつくと言う所まで追いつめられていたから当然だろう。だが、不思議な事にあの日からばったりと彼女の夢から『ゆめざる号』は消え去った。何事も無かったかのように、夢見る時間は様々なイメージで満ち溢れる安楽の時間へと戻っていたのである。


 ようやく全てが終わった。彼女の人生の中で、ここまで安堵の気持ちに包まれた日は無いだろう。

 そして、あの時『ゆめざる』号を食い止めてくれた不思議な光を放つ人たちを、自分の命を助けてくれた存在であると考え、感謝をするようになっていた……。


=====================================================


――ったく、散々な目に遭ったぜ……。


――全くですね~、『ゆめざる』号の最後のお客さんが逃げてしまうなんて思わなかったですよ~。


――お陰で運転手の俺も、車掌のお前も、大目玉を食らっちまった訳だからな……。


――悪いのは駅で運転を妨害したあの連中なのに、理不尽すぎますよね~。


――ったく、あの連中、『生前』から全然懲りてないんだろ?


――ええ、そうですね~。

  レトロだったり新しかったり、レアな電車の写真を撮るためには、乗客も電車も一切お構いなしですからなぁ~。


――そして、挙句の果てに……。


――電車に轢かれて命を落とした、愚かな「鉄道オタク」の亡霊ですね~。


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