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第9章 向いてない
奈緒は少しずつ遅れるようになった。
事務所に来る時間。返事。歩き方。全部が半拍遅い。
ある日、奈緒が言う。
「私、向いてないです」
由香は答える。
「そういう日もある」
奈緒は首を振る。
「今日だけじゃないです」
河川敷。夜。川の光。
奈緒が言う。
「私、このままだと何も感じなくなりそうで」
由香は川を見る。水面の光が揺れる。
奈緒が続ける。
「それが怖いです」
沈黙。
風。車の音。
奈緒が聞く。
「三浦さん、戻らなかったんですか」
由香は少し考える。
「戻らなかった」
奈緒は黙る。
「なんでですか」
由香は少し笑う。
「長くなるから」
奈緒も少し笑う。でもすぐに消える。
「私、向いてないです」
奈緒がまた言う。
由香は言う。
「やめてもいいんじゃない」
奈緒は驚く。
「そんな簡単に」
「簡単じゃないけど」
奈緒は川を見る。
光が揺れる。
その夜、由香はノートを書く。
1:17 揺れる水




