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第8章 帰らなかった朝
眠れない夜だった。
由香は机の前に座っている。
古いノート。ページをめくる。
6:51 初めての大阪
まためくる。
5:58 帰らなかった朝
指が止まる。
駅のホーム。朝。白い光。電車。乗れば帰れた。でも乗らなかった。
なぜかは、今でもはっきりしない。戻ることが怖かったのか。戻らないことが怖かったのか。
ただ、朝の光だけは覚えている。線路の向こうの壁が白かった。
さらにめくる。
7:02 父の葬式の朝
父の顔は思い出せない。先に浮かぶのは、。黒い服。冷たい廊下。線香。窓の朝。
人は、あとから少しずつ消える。残るのは光だった。
由香はノートを閉じた。
窓の外。まだ暗い。でも夜の底ではない。朝の手前。
由香は新しいノートを開く。そして書く。
4:59 まだ暗い朝
朝。
カーテンを開ける。白い空。コーヒー。ノート。
由香は書く。
6:34 戻らない朝
その言葉を少し見つめる。
帰れない、ではない。戻らない。
それだけだった。




