第7章 雨の窓
雨の朝だった。強い雨ではない。細い雨。
空が低く、町の輪郭が少しだけ柔らかくなっていた。
由香はカーテンを開ける。
窓ガラスに小さな雨粒。隣の建物の壁も、いつもより暗く見える。
やかんに水を入れる。
火をつける。
青い炎。コーヒー。湯気。
ノートを開く。
少し考える。そして書く。
6:38 低い朝
書いてから、文字を見る。
雨、と書かなかったのは、その朝の感じが雨よりも「低さ」だったからだ。
空が近い。押されているような朝。
由香はコーヒーを飲む。苦い。
住宅街。
傘。濡れた自転車。塀の上の水滴。歩道橋。車のライトが路面に反射する。
町が二重に見える。
ノートを開く。
7:21 濡れた街
昼前。
カフェ。ベルが鳴る。片桐がコーヒーを置く。
窓の外。雨。人影。
由香はノートを書く。
11:3 雨の窓
片桐が言う。
「若い子、最近よく一緒だね」
由香は少し考える。
「……たまたまです」
片桐はうなずく。それ以上聞かない。
夕方。
事務所。奈緒はソファに座ってスマートフォンを見ている。
画面はついているが見ていない。
岸本が言う。
「奈緒ちゃん、一本目」
「はい」
声が少し遅い。由香は鏡越しにそれを見る。
奈緒の目の下には、薄い影があった。
夜。
自動販売機。青い光。
奈緒がしゃがんでいる。前と同じ場所だった。
由香は缶コーヒーを二本買う。一本を奈緒の横に置く。
奈緒が顔を上げる。
「今日、だめでした」
由香は缶を開ける。
「そう」
奈緒は言う。
「なんか、自分じゃなくなる感じして」
沈黙。
遠くで電車の音。
「三浦さん、平気ですか」
由香は答える。
「平気じゃないよ」
奈緒は少し笑う。
「でも普通」
「見えないだけ」
奈緒は缶を見つめる。
「私、このままだと何も感じなくなりそうで」
その言葉に、由香は少しだけ息を止めた。




