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第5章 夜でも明るい
奈緒とまともに話したのは、自動販売機の前だった。
夜の住宅街。古い自販機。青い光。
奈緒がしゃがんでいる。
スマートフォンを見ている。由香は缶コーヒーを二本買うと一本を奈緒の足元に置く。
奈緒が顔を上げる。
「……ありがとうございます」
「うん」
奈緒は缶を持つ。すぐには開けない。
「初めてで」
奈緒が言う。
「なんか、怖かったのに、顔見たらドタキャンで」
由香は缶を開ける。
「そう」
奈緒は少し笑う。
「怖いって思ってる自分が馬鹿みたいで」
由香は答えない。怖いと思っているとき、何も起きないことがある。
そのとき、人は自分の怖さの置き場所をなくす。
奈緒が聞く。
「三浦さん、平気ですか」
由香は少し考える。
「平気じゃないよ」
奈緒は目を丸くする。
「そうなんですか」
「うん」
奈緒は少し笑う。
「でも平気そう」
由香は肩をすくめる。
「見えないだけ」
二人は歩き出す。
住宅街。窓の明かり。洗濯物。
奈緒が言う。
「みんな普通に暮らしてるんですね」
由香は答える。
「暮らしてるね」
奈緒は少し黙る。
「自分だけ違う時間にいるみたいです」
由香は歩きながら言う。
「そういう日もある」
奈緒が笑う。
「三浦さん、それ好きですね」
「便利だから」
奈緒は吹き出した。
夜の道に、少しだけ明るい笑い声が落ちた




