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第1章 朝の光
遠くで電車の音がした。
まだ朝とも言えない時間の、街の底を通り抜けるような音だった。
三浦由香は目を開けた。
しばらく天井を見ている。
白い天井。
少し古いアパートの、わずかに黄ばんだ色。
部屋は静かだった。
家具は少ない。整っているが、生活の匂いは薄い。人が暮らしている部屋というより、誰かが一時的に置いていった部屋のようだった。
由香は体を起こし、冷たい床に足をつけた。
いつものように台所へ行き、やかんに水を入れ青い炎の上に乗せた。
由香は窓の前に立った。
カーテンをつまむ。ゆっくり開く。白い朝の光が入る。強い光ではない。
空がまだ完全に起きていないような光だった。
由香は少し目を細めていると台どころのやかんが鳴り始めた。
カップに入れたインスタントコーヒーに入れ湯を注ぐ。
湯気。
小さな机の前に座り、引き出しから小さなノートと短い鉛筆を取り出す。
ノートを開くと由香は少し考えて書き始めた。
6:42 朝の光
それだけ。
書いたあと、その文字を少し見つめる。
同じように見える朝でも、同じではない。
光は少しずつ違う。
空の白さ。窓の反射。影の長さ。
だから書く。今日の光を。
ノートを閉じる。
コーヒーをひと口飲む。苦い。
由香は窓の外を見る。
遠くのビルの上に、白い空が広がっている。
今日も朝が来ている。
それだけで、十分だった。




