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銀座のパフューマー 香りの記憶  作者: 昼間 ネル
第一章 香りの記憶。

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2/5

第二話:初恋の残像、残香(ラストノート)に寄せて

記憶のラベルを剥がす前に


五感の中で、唯一「感情」と「本能」に直結する器官。それが嗅覚です。

目に見える言葉は嘘を並べ、耳に届く旋律は心を誤魔化すことができますが、鼻腔をくすぐる「香り」だけは、防護壁をすり抜けて心の最深部へと到達します。

銀座の喧騒の隙間、街灯の光さえ届かない路地裏に佇む香水専門店『エテラ』。

そこを訪れる人々は皆、失くしたはずの「幸福な記憶」を求めてやってきます。

しかし、店主・九条ナギが提供するのは、耳に心地よい慰めではありません。

彼が調合するのは、あなたが忘れようとした傷跡、見ないふりをした汚れ、そして……隠し通せなかった真実。

ようこそ。

九条ナギは、カウンターの上の試験管を丁寧に洗浄し、次の調香に向けた準備を始めた。


数時間後ー。


ベルの音と共に現れたのは、淡い黄色のワンピースを纏った若い女性だった。


名前は、真中詩織。若い、お嬢様みたいだ。

彼女はカウンターに座るなり、縋るような瞳で九条を見つめた。


「SNSで見たんです。

ここなら、どんな記憶の匂いも形にしてくれるっ て。

……私、どうしても忘れられない人がいるんです。

高校の時に一度だけ、雨の図書室で言葉を交わした彼、通り過ぎる時にした、あの胸が締め付けられるような香りを……もう一度だけ嗅ぎたいんです。



九条は彼女の顔をじっと見つめる。

その視線は、彼女の容姿ではなく、彼女の記憶の奥底に淀む「不純物」を探っているようだった。


「……沈丁花じんちょうげですね」


九条の言葉に、詩織が息を呑む。


「えっ、どうして。まだ何も話してないのに」

「あなたの髪から、かすかにその残り香がする。自分でも気づかないうちに、その香りに似たヘアオイルを選んでいる。


だが、あなたの記憶にある沈丁花は、もっと……**『鋭い』**はずだ」


九条は棚から、小瓶を取り出し、青みがかった透明な液体を取り出した。


「初恋の思い出というのは、脳内で都合よく濾過ろかされる。

あなたは彼を、美化された春の陽光の中に閉じ込めている。だが……」


九条は、刺激の強い「オゾンノート」と、湿った土を思わせる「パチュリ」を数滴、沈丁花の精油に混ぜ合わせた。


「これ、は……?」

しおりが差し出された試香紙ムエットを鼻に近づけた瞬間、顔から血の気が引いた。


「湿雨、カビ臭い古い本、

そして……彼の制服に染み付いていた、

**『家庭の不和』と『安煙草』**の匂いだ」


「そんな……!

彼はもっと、爽やかで、優しくて……!」


しおりの声が震える。


「彼はその日、学校の転校が決まり図書室にいた。あなたが彼を『初恋』という綺麗な箱に閉じ込めている間、彼は現実の泥濘ぬかるみにいたんだ。


この香りが不快に感じるなら、あなたが恋しているのは彼本人ではなく、『恋をしていた自分』という幻影に過ぎない」


九条の言葉は、冷たいメスのように彼女の幻想を切り裂いていく。


しおりは俯き、しばらく黙り込んだ。やがて、ぽつりと呟いた。


「……そう、かもしれません。彼が去り際、ひどく悲しい顔をしていたのを、今の匂いで思い出しました。私は、自分の寂しさを埋めるために、彼を神様みたいに扱って……」


「気づけたのなら、調合を変えましょう」


九条は、先ほどの不快な混じり物を捨て、今度は温かみのある「サンダルウッド」と、微かな「ペパーミント」を調合した。


「これは、彼があなたに掛けた最後の言葉――


『頑張れよ』という体温の残り香です。

執着ではなく、純粋なエールとしての記憶。

……これをお持ち帰りなさい」


カラン。古びた扉が、ゆっくり閉じた。


向日葵「ありがとうございます。また、お願いします。」静かに発した。


「もう九条さん、女性に甘いんですね。

商売上がったりですよ!」


彼の商品価値は、お客次第、


「香りの記憶おもいで


時価なのである。


第二話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。よろしければ、評価やブクマお願いします!


初恋は、いつだって春の陽光のような暖かさで語られます。けれど、その記憶の裏側には、若さゆえの残酷さや、当時の自分が気づけなかった相手の「痛み」が隠れているものです。

真中詩織が求めたのは「理想の彼」でしたが、九条が突きつけたのは「孤独な少年」の姿でした。

美化された記憶は、時に人を過去に縛り付ける鎖となります。

九条が最後に手渡した「エール」としての香りが、彼女にとって過去を清算し、新しい一歩を踏み出すための「お守り」になることを願ってやみません。

『エテラ』の物語は、まだ始まったばかり。

次はどのような香りが、隠された真実を暴き出すのでしょうか。

銀座の夜は深く、まだ誰かの後悔が、路地裏に漂っているようです。

また次の「一滴」でお会いしましょう。

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