王太子(仮)に婚約を破棄されたのは馬神様に愛された超幸運体質なご令嬢です
「ゼルマ・イェシュケ伯爵令嬢! 出てこい! 貴様のような思い上がった女には王太子妃など無理だ! 婚約は破棄させてもらう!」
ギラギラとした印象の男が唾を飛ばして壇上で悦に入っている。僕はそれを見ているだけの背景。たくさんのモブと一緒に見守る側。そのはずだった。そこに主要人物っぽい顔の整った小柄な女性が華麗にドレスを捌きながら歩み出た。正直めっちゃかわいい。
「バルドゥル様、そのように声を荒げなくともしっかりと聞こえておりますわ。婚約破棄、承知いたしました。これまでの諸々に感謝いたしますわ。ですが、ご縁もこれまで。できる限り健やかにお過ごしくださいませ」
前世だったらアイドルになれそうな見た目も声も可愛いゼルマ嬢は優雅なカーテシーをキメた。かっこいいな。そこへ駆けつけたのはおっさんたち。
「間に合わなかったか……」
息を切らせてガッカリしているおっさんたちは、ケンプフェルト王国の国王陛下と宰相とその騎士たちだ。今夜はケンプフェルト王立学園の新年を祝う夜会。学生だけで楽しく社交体験をという配慮が仇となり、バルドゥルの独断でやらかしたっぽい。
バルドゥルは良くも悪くも『ボンボン』で何もかも自分の思い通りになると思っているフシがある。まあ、王太子だから権力があるんだろうけど。人当たりも気前も良いけど、気分屋で女好き。イチャイチャしようとして断られた場面に何度か出会したことがあった。まさにセクハラ最低野郎。図書館でやんなっつの。それにあの人本棚に寄り掛かるから整髪料が本に付いてマジで迷惑だった。この世界の整髪料はちょっと匂う。
まあ、イチャイチャって言ってもこの世界のイチャイチャだからそんなにイチャイチャしてない、とは思う。まあ、僕は前世でもそういうご縁がなかったからまあ、アレだけど。生まれた時から前世の記憶がある僕は、残念ながらどこの誰だったのかまでは覚えてない。だけどそういう言動とか文化とかはしっかり覚えてる。誰か大事な人がいたのかなんかも全く思い出せないけど、逆に良かったのかもしれない。
だって会えないのに覚えてたら辛くない? 僕にはもうこの世界で会えないって分かってる大切な存在がいる。何度も探したけど見つけられなかった。それが前世で出会った僕の特別とかだったらなす術もないでしょ? あぁ、なんか、また悲しくなってきちゃった。
「シルヴェスター・カウニッツ侯爵令息様を指名しますわ!」
ん? なんか今僕の名前が呼ばれたような。
「シル! 呼ばれたわよ!」
「え?」
「早く前に行きなさい! いい? 絶対に逃しちゃダメよ!」
隣に立っていた母上がキッと僕を睨む。
「何がだよ!」
「こんな機会二度とないわよ! あなたが指名されたの! 早く行きなさいよ!」
「は? 何に?」
「いいから!」
イキリたった母上は僕の腕を掴んで会場の前方に僕を連れて行った。バルドゥルが僕を睨む。感じ悪。なんか、あいつが治める国、住みたくないなぁ。
「不詳の息子、シルヴェスター・カウニッツをお連れしました」
母上は恭しくカーテシーをして、僕の方を向いたまま群衆に帰って行った。器用な人だな。なんであの速さで前を向いたまま後ろに下がれるんだ? ん? 僕は柔らかな何かが僕の腕を包み込んでいることに気がついた。
そこには見知った顔があった。ゼルマ嬢だ。相変わらずめっちゃかわいい。お肌ツヤツヤ。綺麗だなぁ。個人的な会話はしたことないけど、僕のバイト先の図書館常連の一人でもある。貴族の長子なのにこの世界で大切な存在を失った喪失感を埋めるためにほぼ毎日バリバリ働いていた僕。前世でも図書館で働いていたんだと思う。落ち着くし、仕事に没頭できるし、前世クオリティだからかめっちゃ褒められるし。僕の腕に、さも親しげに絡みついた彼女は満面の笑みを浮かべて、国王陛下を見ていた。
「私は、この方を希望します」
ゼルマ嬢はうっとりとした顔で僕を見た。え。底抜けにかわいいな。
「なるほど! その者が良いのだな?」
喜色の混じった声で国王陛下がゼルマ嬢にキラキラとした顔を向ける。
「はい」
「その者がいれば保証されるのだな?」
「はい」
「分かった。ならばそうしよう。バルドゥル・ケンプフェルトとゼルマ・イェシュケ様の婚約を解消し、新たにシルヴェスター・カウニッツとゼルマ・イェシュケ様の婚約を結ぶ! 神託の乙女、ゼルマ様はこの王国の繁栄を保証した! 皆のもの、祝うがいい!」
国王陛下はすごく嬉しそうに両手を天高く上げた。歓喜の音楽が鳴り始め、観衆の歓びの歌が会場を揺らした。ああ、この歌知ってる。授業で習ったやつ。満面の笑みで僕を見つめるゼルマ嬢と置いてけぼりの僕。
僕とゼルマ嬢の周りを、朗らかに歌う観衆が巨大な円を描く様に回り始めた。ぐるぐるぐるぐる。無数の歓びの顔が回る。
「カオスだ……」
僕は天を仰いで立ち尽くした。
歌は三回。歌い終わった瞬間ゼルマ嬢は光った。ついでに僕も。めっちゃ眩しい。光った僕たちから光の柱が天を貫いた。……らしい。家に帰った後で、興奮状態の母上が言っていたことから想像すると、どうもそういうことらしい。そしてそのままカウニッツ侯爵家は祝いの宴に突入した。酒を嬉しそうに飲む両親と姉上。よく分からないながらも楽しそうにしている弟。
誉だ、ボーッとしてるだけだと思ったけど凄い子だった、まさかこの子が選ばれるなんて! 泣きながら喜ぶ母上に、何に選ばれたのかなんて聞ける雰囲気ではなかった。父上も姉上も弟までもが喜んでいる。僕はさっきの夜会でとても大事な何かの話を聞き逃したらしい。
宴は朝まで続き、一人、また一人と眠ってしまうことで必然的にお開きになった。残念なことに僕は眠くなれなかった。全てを忘れて眠ってしまいたいのに、全くもって眠くない。不思議なことに体力気力も満ちていて、いくらでもどこまでも走って行けそうな状態だった。徹夜、楽勝。
家族も使用人も皆、眠っている。
「なんか変だな」
僕だけが起きているなんておかしい。朝番の使用人もいるはずで、二十四時間体制でカウニッツ侯爵家を支えてくれている使用人は、いつでも誰かが必ず起きているはずだ。
ん? なんか向こうのほう眩しくない?
『シルヴェスターよ、これからも宜しく頼む』
眩しい方から声がした。見ると、発光した白馬が庭にいた。額に恋焦がれたあのマークがある!
「まさか、シルバ? おまえ、生きていたのか!」
子供の頃仲良しだった白馬のシルバ! 額にチェックマークみたいな灰色の印が付いた僕の愛馬。恋焦がれて探すのを諦めたこの世界で一番大切な存在!
最初は怪我をしていてグッタリとしていた。段々と元気を取り戻す姿に涙し、毎日欠かさず手入れをして、遠乗りに行ったり、毛並みを良くするための研究をしたり。すっごく仲良しだったのにある日突然行方不明になってしまった。どんなに探しても見つからなくて、馬窃盗の玄人の仕業だろうとみんなに言われて探し続けるのは諦めたけど、何にも埋めることができない喪失感が僕を苛んだ。覚えたての魔法で世界中シルバの気配を探ってみたけど、どこにもいなかった。あれ以来どの馬に会ってもダメ。シルバだけが僕の特別な馬なんだと思い知っただけだった。今再びシルバに出会えた喜びで僕の感情は最高潮だった。
「シルバ! どこに行ってたんだよ! すっごく探したんだぞ! 会えなくて、辛くて苦しくて! 生きてたんなら会いにきてくれれば良かったのに!」
泣きながら怒る僕を見てシルバは申し訳なさそうな顔をした。そう。結構早い段階で僕は泣いていた。なんか感情がブワーッて吹き出てきちゃって。
『ワシは元々神馬なんだが、天での修行中にヘマをして地上に落ちてしまった。あのままだったらワシは土になっていただろう。でも運良くお前に助けてもらい、無事復活したワシは天に帰り修行に戻った。お前のおかげで落ちる前よりも調子が良くてな。無事修行を終えたワシは異例の早さで神になった。まあ、引き継ぎがゴタゴタしとったからなかなか会いに来れんかった。挨拶もなく消えてすまんかったな』
「え? 神様なの? こんなとこにいていいの? 見つかっちゃわない? それに何で『宜しく』って」
『他の皆は眠らせてあるから大丈夫だ。『宜しく』ってのはアレだ。お前、神託の乙女に選ばれただろ?』
「神託の乙女?」
『ゼルマ殿だ』
「ゼルマ殿……」
『彼女は今代の神託の乙女だ』
「しんたくの、おとめって、あの、神様の言葉を人々に伝えるお役目の?」
『そうだ。ケンプフェルト王国がワシの担当で、ゼルマ嬢はワシの加護を受けた神託の乙女。その伴侶がお前だ。お前を選ぶとは実に見所のある娘だ』
「え、僕?」
『選ばれただろ? 報告があったし、何なら姿を隠して見に行ってたからあの場にもいた。選ばれたのがお前だったから、嬉し過ぎてうっかり何でもない場所に光の柱を立ててしまったがな。はっはっは』
「はぁ?」
『まさか、話を聞いていなかった訳ではないだろうな?』
「……その、まさか、です……」
『……うわぁ』
「……ごめん……しかも聞ける雰囲気じゃなくて誰にも聞けてないから未だに分かってない」
『まあ、いい。簡単に説明すると、ゼルマ殿はワシの神託を告げる乙女、これは教会の連中がなんやかんやして選ぶからワシには分からん。ワシが彼女に加護を与えると、ワシとの意思疎通が可能になる。ワシの言葉を伝える代わりに超幸運体質になってしまうがな。その彼女が健やかに、そして幸せに暮らすことでワシの気力が満ち、結果王国が満ちる。そういう仕組みになっておる。お前はワシの命の恩人だからすでに加護を持っておった。何? 自覚がなかった? 人生大体上手くいっとっただろう? はぁ。欲がないやつだ……。まあ、いい。話を戻すぞ? 神託の乙女を結婚問題に巻き込んで心を乱すようなことがないように、王室が仮の婚約者として充てがったのがあの小僧、バルバルだ。アレは残念な子になってしまった。ワシの加護を貰ったゼルマ殿の婚約者も幸運体質になるんだが、その恩恵で色々うまくいっとったのを勘違いして、人生簡単だとでも思ったんだろうな。幸運に溺れたのかあんな残念な仕上がりになってしまった。お前は特に気をつけないといかんぞ? 元々のワシの加護があるのに神託の乙女の伴侶としての加護も加わるから、自分を見失わんようにしろよ?』
「な、なるほど?」
『皆の幸せために動けよ? それが一番いい』
「わ、分かった」
『うん』
「でも僕、シルバにまた会えただけで充分だよ」
『そ、そうか?』
「また一緒に遠乗りとか、お世話をさせてもらったりとか、できる?」
『何ならそれがお前の仕事の一部になる』
「そうなの? やった! うぅ」
『なんだ、泣いてばっかりだな、お前』
「だって、もう二度と会えないと思ってたから。世界中シルバの気配を探したけど見つからなくて、もう儚くなったとばかり。シルバ、天界にいたから見つけられなかったんだな。なんか前よりも神々しいし、毛並みも良い。凄く大事にしてもらってたんだな。安心したよ」
『全く、ワシのことばっかりだな。なあ、なんでゼルマ殿がお前を選んだか知りたくないのか?』
「あぁ、そう言えばなんで?」
『ゼルマ殿はお前に助けられたと言っておったぞ?』
「そんなことあった?」
「図書室でバルドゥル殿下に迫られていた時に何度も助けていただきましたわ」
『おぉ、ゼルマ殿』
「シルバ様のおかえりが遅かったのでお迎えに」
『わざわざすまぬな。シルヴェスターのやつが何も話を聞いておらぬから説明が長引いてな』
「まあ。では私の伴侶に指名されたことが分かっておられなかったということでしょうか」
「申し訳ありません」
僕はゼルマ嬢に頭を下げた。
「シルヴェスター様、敬語は不要ですわ。シルヴェスター様には申し訳ないのですが、あの場で異議を唱えなかった以上、私の伴侶になって頂く他ないのですが」
ゼルマ嬢は申し訳なさそうな顔で僕を見た。少し悲しそうにも見える。
「シルバがこれだけ信頼しているあなたとだったらいい夫婦になれる気がする。あなたこそ僕などでいいのだろうか。あなたのような魅力的な方だったら引く手数多なのでは?」
「シルヴェスター様がいいのです。あなたを選んだのは私です」
「敬語はお互いに止めよう?」
「……ええ。ありがとう。やっぱりお優しい方」
桃色に染まった頬を両手で隠すゼルマ嬢。何それ、すんごい可愛いんだけど。
「シルヴェスター様は覚えていないかもしれないけど、図書館で何度も助けてもらったの。『神託の乙女』は規則を破ることができないから図書館では声を荒げることができなくて、それを利用してバルドゥル殿下に襲われそうになっていたの」
あの時イチャイチャどころじゃなかったのか。
「私が困っているといつもあなたが近くに来てくれて、本を片付けるフリをして助けてくれた。周囲にいた他の人たちはみんな蜘蛛の子を散らすみたいにいなくなってしまって、バルドゥル殿下と二人にされた時の絶望感。今でもたまに夢に見るのよ。シルヴェスター様には本当に感謝しているの。あなたは私にとって英雄だったわ」
「そんな大層な奴じゃないよ。なんか恥ずかしい」
『シルヴェスターは気が効くやつだし労力を惜しまんからな。ワシの足の指に棘が刺さった時も、他の奴らは全く気付かなんだがシルヴェスターはすぐに見つけて取ってくれた』
「お優しいですわ」
ゼルマ嬢とシルバが嬉しそうに僕の良いところを列挙している。あ、推し活されてる側ってこんな感じなのかな。恥ずかしいけどなんか嬉しい。あ!
「あの、もしかして、ゼルマ嬢がシルバのお世話を?」
「ええ。神託の乙女の仕事の一環なの」
僕は思わずゼルマ嬢の手を取った。
「素晴らしい才能だ! 素晴らしい毛並み、艶、肉付き。完璧なんだ! なかなかここまでの仕上がりにはできない」
「あ、ありがとう、ございます?」
「何か特別なお手入れ方法があるならぜひご教授いただきたい! 師匠!」
あの時僕たちを黙って見守っていたシルバは、あんなに期待に満ちて輝いたシルヴェスターはなかなか見れないと思う、なんて何年経っても何度も何度も僕に話す。結局はシルバの話しかしてなかったんだけどね。
無事学園を卒業した僕とゼルマは晴れて夫婦になり、教会の隣に家をもらって暮らし始めた。シルバの家と草原も併設されているからいつでもお世話できて最高だ。教会に所属することになった僕は、気配を探る魔法を高く評価されて人探しや物探しを始めた。
僕も教会に持ち込まれる相談事の解決にまあまあ貢献できてはいると思う。まあシルバとゼルマの神託コンビには叶わないけどね。あの二人は本当に凄いんだ。災害を予知して人々を守ったり、未知の病原体に効く薬を閃いたり、富くじの当選確率を上げて当選者を増やしたり、新しい食材を見つけて人々を健康にしたり。
馬神信仰が高まってさらに『格』が上がったシルバはどんどん人々を幸せにしていった。僕はどんどん毛艶が良くなっていくシルバのお世話が幸せで、前世で見たサラブレッドってこんな感じだったのかも、なんて思ったりもしていた。シルバが美馬になるにつれて、ケンプフェルト王国はさらに発展していった。あ、実家の侯爵家は優秀な弟が継いだ。あいつめっちゃ『貴族』だから心配ないよ。
そうそう、例のあのバルバルは今では一代男爵になってカウニッツの領地で働いている。シルバのおかげで良い温泉が噴き出したから、温泉療養地を作ったんだ。バルバルは女好き以外は優秀だったらしく、歓楽街の経営がものすごく上手かった。元々王太子ではなく(仮)が付いていたんだそうで、数多の女性へのセクハラとかなんやかんやで王太子レースではあえなく撃沈。仮免を卒業できないまま失脚した。
シルバに頼んで女性への執着を封印してもらったら本来の優秀さが全面に出てきて、今では単なるシゴデキ。合理的過ぎるとこがあるからか人間関係がギスギスしちゃったけど、人の心の機微が分かる人と組ませたらいい感じに回り始めてホッとした。例のセクハラ行為の被害者への償いも始めた。もう関わりたくないと断られたりもあったみたいだけど、コツコツと匿名で寄付を続けているらしい。
当時、バルバルの取り巻きがめっちゃ頑張ってセクハラを防いでいたらしいけど、図書館でもやらかしていたことまでは知らなかったらしく、当時の僕の攻防を知って感謝された。大人しく本を読んでると思って休憩してたらしい。ずっと一緒だと辛いって言ってた。僕としては、当時の言動が不敬だとか言われなくてよかった。
まあ、一応あの時も本棚の掃除とか整理整頓してただけだけどね。「失礼します」って男女間に割って入って女の子たちを逃しただけ。仕事だからどうしてもその場所に用があるんです、って感じで。最初はドキドキしたけど、回数が多過ぎて途中からは流れ作業だった。僕もほぼほぼ毎日働いてたからまあまあ遭遇率は高かったんだよね。シルバに会えない辛さを労働で癒してたんだから、社畜だったんだろうな、前世の僕。
「シル様、お茶をどうぞ」
ゼルマが紅茶を淹れてくれた。スイーツもある。このクッキー、美味しいんだよな。
「ありがと」
ちょっと嬉しそうな顔で僕を見るゼルマ。そう。僕たち恥ずかしながら相思相愛。一緒にいるだけ満たされる二人組。庭ではシルバが美しいフォルムで走ってる。ああ、僕今、最高に幸せかも。
完




