第六十五話:時空を超えた愛! ゼオン君、爆速の登場と「スンッ」とした退場
修羅の街「アシュラ」の広場で、姉妹が音速で飛んでくるパン(クロワッサン・レベル9990)をキャッチしていた、その時。
空間が歪み、かつての聖騎士団の制服を纏った青年が姿を現しました。
「……ついに見つけたぞ、リナ! 君を追って、禁忌の魔導具を使い、数百年の時を超え、この異世界へ辿り着いたのだ!」
そこに立っていたのは、前世でリナ様に執着していた男、ゼオン。 彼はボロボロになりながらも、運命の再会に酔いしれ、キリッとした表情でリナ様を指差しました。
「さあ、リナ! 私と共に帰るのだ! 君のような淑女が、こんな野蛮な世界にいるべきではない!」
(……ゼ、ゼオン君!? まさか自力で時空を超えてくるとは、その執念だけは認めますが……!)
リナ様は、手に持った音速パンを咀嚼しながら、 ゴミを見るような、いえ、ゴミそのものを見るような目で彼を一瞥しました。
「……お姉様。あそこに立っている、数値100にも満たない『羽虫』は何かしら?」
「さあ? 昔の知り合いに似ている気もするけど、 あんなに弱そうな生き物、私の記憶にはないわね」
アイリス様も、完全に興味を失っています。 今の彼女たちにとって、前世の「天才騎士」レベルの魔力など、 そこらへんを浮遊している塵と同等なのです。
「な……!? 私はゼオンだぞ! リナ、君のために命を懸けて……」
ゼオンが歩み寄ろうとした、その瞬間。
「アォォォーン!!」
街角を曲がってきた「散歩中の柴犬(レベル9994)」が、 ゼオンの足元を勢いよく駆け抜けました。
ドォォォォォォォン!!!
犬が通り過ぎた際に発生した「衝撃波」。 ただそれだけで、ゼオンの全身の骨が砕け、彼は音速を超えて空の彼方へと弾き飛ばされました。
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!! リナぁぁぁぁぁぁ!!(キラーン☆)」
ゼオンは一言の反論も、一太刀の反撃も許されず、 そのまま星となって消えていきました。 滞在時間、わずか30秒。
「……リナ。今の羽虫、何か言っていなかった?」
「いいえ。ただの風の音ですわ、お姉様。 それより、このパン、もう少し焼きが甘いですわね。 火力が足りないから、私の『時空滅却炎』で焼き直しますわ」
(……ゼオン君。君の愛は確かに重かったですが、 この世界の『散歩中の犬』の足腰には敵わなかったようですね……)
観測者ナルミ様が、空中モニターで爆笑しながらポップコーンを放り投げました。
「ギャハハハハ!! マジでウケる! あいつ、あんな紙切れみたいな耐久力でよくここに来たね! ま、今のはこの世界なりの『手荒い歓迎』ってことで!」
こうして、前世からの因縁は、 一匹の柴犬によってあまりにも呆気なく、そして残酷に清算されたのでした。
あとがき 迷い人のゼオン(星の彼方にて)
……ありえない。 私は……私は、人類最高峰の魔導師であり、騎士だったはずだ……。
リナ、君は一体、どんな化け物たちの巣窟に馴染んでいるんだ……? あの犬は何だ!? あの、地面を割りながら走る獣は何なのだ!?
私は……私はまだ諦めないぞ……。 次に会う時は……せめて、あの犬に噛まれないくらいの…… レベルを……上げて……。
(……あ、また向こうから散歩中の猫が……ひ、ひぃぃぃぃ!!)
あとがき 聖騎士 リナ・ライト
お姉様、変なものを見せてしまって申し訳ありません。 どうやら時空の歪みに、前の世界の「残留思念」が混じり込んでいたようですわ。
私の中に、あの男の記憶は一ミクロンも残っていません。 私の記憶容量は、タナカさんの着け心地と、 数値1億へのシミュレートで常に満杯なのですから。
……さあ、タナカさん。 今の衝撃波で私のストラップが0.01ミリズレました。 直ちに「献身」による再調整をお願いします。
(スンッ)




