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六話「噛み合い始める歯車」

文化祭まで残すところ二週間。


黒木は自分が請け負った資材仲介の仕事は全て完了し、入金を待つだけの状態になっていた。


放課後、黒木と清水は販売プランの最終案を固めるべく経済同好会の部室に集まっていた。


「今回は販売目標だけだからあまり重要視するわけではないのだけれど、一応原価計算をしているわ」


黒木は清水から渡された販売計画に目を移す。

"原価率25%, 販売単価¥750, 目標販売数400"

原価率は少し低めだが…お祭り価格ということを考えれば妥当だろう。


「仕込みにはだいたい2時間くらいあればいけるから…朝から材料を仕入れて準備すれば間に合うわ」


清水は、計画表の数字を指で追いながら説明する。


「ただし、一気に目標数量の材料を仕入れると材料費も嵩んでしまうから、朝昼の二回に分けて材料を調達するわ。その間に調理をするから店番をお願い」


材料費の分割はキャッシュフローや在庫を抱えるリスクから考えても合理的だ。


「で、これが最終的なメインの商品のサンプルよ」


清水は紙の深皿に移した牛すじ煮込みを手渡す。


割りばしを割って一口運ぶ。 以前食べさせてもらったものから少しソース風味が加わることで、学生が好みそうな濃い味に仕上がっている。 これで料理自体は完璧…だが。


「…本番もこの容器で提供するのか?」


「ええ、そのつもりよ。…男の子だとやっぱり足りないかしら」


「いや、そこじゃない」


問題は料理自体の話ではなかった。


「本番もこの経済同好会の部室を使って出店するわけだが、飲食ができる休憩スペースは別の棟にある。この皿を持って向こうまで移動するのは難しくないか?」


清水は指摘を受け、顎に手を当てる。


「串に刺すことはできないのか?」


「それも考えたのだけれど、柔らかすぎて肉が崩れるし、固く仕上げると味が落ちる」


「それに串に刺すとごはんメニューにするには量が足りないわ。とても750円で提供はできないから単価を下げて、販売目標数を上げる必要がある」


「そうか…ただ今の状態だと販売に苦戦する…と思う」


「…そうね、少し考える時間を頂戴」


普段は家族に作るメニューばかりだからお皿と箸で食べるメニューが中心なのだろう。

清水さんが得意とする料理はお祭りで歩きながら食べるには不向きなメニューばかりだった。


「…少し考えたことがあるから。また明日部室に来てくれるかしら」


「ああ…わざわざ考えてきてくれたところすまない」


「いえ、あなたの言う通りだわ。私もお客さんだったら買うのに躊躇すると思ったから」


そういうと清水は荷物をまとめ、部室を去っていった。


・・・


翌日の放課後。

僕は言われたとおりに部室で待っていると、清水さんが小さな保温バッグを持って現れた。


「お待たせしてごめんなさい。調理実習室でサンプルを作っていたの」


そう言うと、清水は保温バッグから手のひらサイズの紙袋を取り出す。


大きさ、形からしてこれは…コロッケか?


「見てのとおり、コロッケよ。あなたの指摘をふまえて一晩考えたの、食べてみて」


清水さんには何か考えがあるのだろう。

紙袋を開け、中から揚げたてのコロッケを一口頬張る。

瞬間、ぶわっと肉のうまみと濃い目の味付けが口の中に広がる。


「なるほど…牛すじをコロッケにしたのか」


「そう、手間はめちゃくちゃかかるけどね」


確かにこれだと文化祭でも簡単に持ち歩くことができるし、揚げ物というお祭り感もあるが…


「気にしてるのは単価の問題よね?それも考えたのだけれど、前の牛すじだとセットで提案できるメニューがないと思っていたの」


清水さんは、単に問題を解決するだけでなく、売上を伸ばすための戦略へと発想を転換していた。


「今回の揚げ物ならさっぱりとした炭酸系が合うと思うの。だからレモネードをセットに提案すればどうかと思って」


「ついでに揚げ物の定番のポテトと3点セットで¥1,000で考えたのだけれど、どうかしら」


清水さんの顔には、もう迷いはなかった。昨日のプランよりはるかにビジネス的に洗練されつつある。


一見彼女の性格から問題を指摘されると反発されるものと思っていたが…

自分自身で冷静に分析し、修正することができるようだ。


「…うん、昨日のプランよりはるかに良いと思う。売上を狙うなら今のセットのプランが一番効率的だ」


絶品の牛すじコロッケ単体でも十分な話題性があるのに、レモネードもセットとなれば独自性も十分だ。


その瞬間、食べ物と聞きつけたかのように小寺副代表が教室になだれ込んできた。

この人食事のことになると毎回登場するな。


「ええーっ、なにこれー!前のと全然違うじゃん!」


「はっ…はい。コロッケにしました」


「へー、コロッケか~、どれどれ…」

「ん~❤衣はサクサクだし、中身は牛すじでポテトと合う~」

「清水ちゃん!今回も万点の出来だよ!」


清水は小寺先輩の素直な賞賛に、心から安堵の表情を見せた。


「黒木君、ありがとう。あなたの指摘があったからより良くする手段に気が付けた」


「いや、清水さんが問題を解決する能力が高かっただけだよ。俺だったらこんなに簡単に次の手は思いつかない」


「素直に誉め言葉と受け取っておくわ。それじゃあ揚げ物の路線でフライヤーの手配を進めておくわね」


こうして100万円達成のゴールに向け、二人の歯車は最終段階の加速を始めた。

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