五話「束の間の回想」
放課後の教室。
やることが明確になった以上同好会の部室による意味もなく、
昼間授業を受けていた机で文化祭までの計画を見直してみる。
「木材の方も滞りなし、印刷所は期限もまだまだだな…」
僕の計画は順調そのもので、自分の計画の半分である35万円まで到達していた。
「ほほー、部活に入ったかと思ったらまた地味なことを始めましたなあ、宗ちゃん」
不意に背後から声を掛けられる。
といってもこんなに馴れ馴れしく話しかけてくるような友人はこのクラスにはいない。
「なんか用か、瞳」
そして宗ちゃんというのは僕の名前、宗助という名乗るほどでもない名前だ。
読んでくるのはせいぜいこいつか、あと数人くらい。
「風のうわさで呼び出されたと聞きましてね。幼馴染のよしみで話を聞きに来てあげたのですよ」
そういうこいつは墨谷 瞳。
黒髪のストレートロングの細身の眼鏡をかけた一見クールそうな女の子。 その実はただのアホだ。
こいつ僕に勉強教えてもらったくせに受験で落ちて普通クラスに通っている。
「で?何に入ったんだって?経済同好会?なにそれ?」
「…学生の遊びみたいなものだ」
「学生の遊び…って、じゃあ今さっと隠した領収書は何?」
こいつ、背後に隠れた時にちゃんと中身まで見ていやがる。
「これは…文化祭の準備だ」
「ふーん、でも今のって請求"される"側じゃなくて"する"側のフォーマットだったよね」
「…」
頭は悪い癖にどうでもいいことだけ気が付くやつだ。
「じゃあ何やってるか、私に説明できるよね?」
昔からこいつに隠し事はあまり通用しない。
僕は同級生の女の子と一緒に文化祭で100万円の売り上げを目指していることを説明した。
「うーん、そっかそっか。話は分かったよ」
「そういうことだ…僕は裏方でお手伝いをしているだけだから、特に気にしないでくれ」
「ん~、でも宗ちゃんって昔はその女の子がやってるようなことをやってたイメージだったけど」
「…そうだったかな」
いつのことを言っているのか、こいつはよく昔の話をしたがる。
「なんかこう…やるぞ~!みたいな感じで…」
「ガキだっただけだろ、もう思春期なんだよ」
「ええ~?人の本質ってのは子供の時が一番出るっていうんだよ~?」
「じゃあ瞳はずっとそのままか」
「え~そんなに前から大人びてた~♪」
「アホか」
僕は再び机に座り、スケジュール確認の作業に戻る。
居ることを許されたと思ったのか、瞳は僕の席の隣に座る。
「でも、なんか落ち着かないなあ」
墨谷は声を潜める。
「前は周りの人が宗ちゃんをもてはやしたりもしたけど…」
「もう昔の話はいいだろ」
僕は少し冷たすぎたかなと思いつつ、机の紙に目を落とす。
「うん…そうだね」
瞳はそれ以上は追及しなかった。
「まあ、でもその清水さん?って子、宗ちゃんの100万円稼ぐプロジェクトについてきてるんだ」
瞳は突然、軽い調子に戻って話題を変える。
「その子、どんな子なの?」
「…知らない。ただの同級生だよ」
「ふーん」
僕の返答は素っ気ないものだったが、瞳は満足したように微笑んだ。
僕は瞳の視線を感じながら残りの作業を済ませる。
そのらしくない姿を見られ続けるのはくすぐったいような気持ちで、
一刻も早くこの場から抜け出すためにペンを走らせたのだった。
・・・
場所は変わり、経済同好会の部室。
藤井代表は、小寺副部長に出された新しいお茶を飲みながら、黒木と清水の企画進行表を眺めていた。
「今年の二人はよく頑張ってるよね」
小寺はふっ、と話を切り出す。
「そうだな、俺の時とは大違いだ」
「あなたの時は、一人しかいなかったもんね」
当時の一年生のころを思い出すように二人は語り始める。
「無理だーっ!って頭抱えてたところに有紀が入ってきてくれたんだったよな」
「私、いまだに入部したつもりないからね?」
小寺は頬杖を突き、不満そうに眼を細める。
「何を目指してるか分かんないけど、あなたのこと助けてくれる人なんて当時周りにいなかったでしょ」
「そうだなぁ…いや、ホントあの時は助かったよ」
「藤井君、自信満々なくせに無計画だし。アイディアもさっぱりだったよね」
「もうそれ以上は言わなくても…有紀にはホントに感謝してるんだから」
少し言い過ぎたか、と小寺は咳ばらいで誤魔化す。
「そう考えると、今年の一年生コンビは恵まれてるよね。この学校だから頭がいいのはある程度想定できるとしても、すごくいいバランスで成り立ってる気がする。」
藤井は企画進行表を眺めながら納得するように呟く。
「黒木君のお金を嗅ぎ分けるセンスは抜群だね。彼みたいな人をまさに求めていたんだよ」
「涼子ちゃんの方もすごいよ!あんな料理文化祭で出てきたら行列ができちゃう」
「んー…それはどうかな?もちろん清水さんも成績トップクラスの優秀な学生だけれども、ホントにお客さんの目線に立ってるかって言うとそれは違うと思う」
「それってどういうこと?」
怪訝な顔をする小寺に
「ま、見てれば分かるさ」
一寸先の顛末が見えているのか、藤井はニヤニヤと笑顔を浮かべる。
「清水さんの料理は、確かにプロレベルだ。だが、それは売れるための条件じゃない」
「それってどういうこと?」
怪訝な顔をする小寺に
「ま、見てれば分かるさ」
一寸先の顛末が見えているのか、藤井はニヤニヤと笑顔を浮かべる。
(黒木君、君の審美眼は前の代表から聞いていた通りだ。清水さんのプランの些細な問題に、途中で気が付かないほどの間抜けじゃないだろう)
窓の外の夕焼けを眺める藤井の姿は、二人の後輩の行く末を嬉々として見守っているようにも見えた。




