四話「100万円プロジェクト始動」
翌週、経済同好会の部室に来た時には既に清水涼子と代表・副代表が揃っていた。代表の提示した売り上げ100万円を達成するためのプラン提出の締め切り日だったからだ。
ニコニコしながら眺める藤井代表とお茶の準備を進める小寺副代表に囲まれる形で僕と清水さんは机の対面で向き合っていた。
「最初に結論から言うわ、売り上げ100万円なんて無理よ」
「文化祭で出すものはたいてい単価1,000円以下。仮に500円で設定すると2,000個売る計算になる。たった数個の商品を一日でそれだけの数売るなんて、大手スーパーでも不可能よ」
「よって私は単価750円で700個の50万を少し越えるくらいが目標にできるラインと考えるわ。これでも二人でやりきるなんて相当無茶だけれど・・・」
無茶な売り上げ設定をした藤井代表を恨みがましく、だけれども少し悔しそうな素振りで睨みつけた。
「具体的には750円で何を売るのかな?」
「この単価設定であれば食事系のメニューが良いと考えています。原価が見合いそうなメニューの試作をいくつか持ってきました」
そういうと清水さんはカバンから何個かタッパーを取り出した。 すると今まで興味なさそうだった小寺先輩が割り込んできた。
「えーっ!これ全部清水さんが作ったのー?すごーい!」
「え、ええ…いつもウチで作ってるメニューばっかりですけど…」
「食べてもいい?」
「ええ、もちろん」
「やった♪…ん~、このレバニラおいし~」
「商店街のお肉屋さんのお肉がすごくおいしいんです。この牛すじもおススメですよ」
「ええーっ!これおいしいーっ!清水さんお店開けるよ!」
「そんなに美味しいのかい、僕もいいかな?」
清水さんは無言でこくりとうなずき、アンタも食べなさいよと目で指示を出してきた。
割りばしをパキっと割って、一口いただく。
確かにうまい。 レバニラはしっとりとクリーミーでそれでいて臭みはない。 牛すじはとろとろの筋にしっかりとした肉が味わい深い。
他の家庭的な料理もかなりレベルが高い、地域の有名店の域を超えている。これは文化祭に出せば話題になるぞ。
「うん…これは今年の文化祭の注目出店になるだろうね。ただし清水さんが言う通り、このプランで売上100万円を目指すのは難しいだろう」
「そもそも100万円なんて到底無理なプランなんじゃ…」
「いや、そうでもないよ。毎年じゃないが達成している先輩方の方が多い」
「えっ…」
先ほどの悔しそうな表情が明確に焦りの色に変わった。
「じゃあ次は黒木君、君のプランを教えてくれ」
清水さんの代わりに藤井代表が僕を促す。
「…うっす」
僕は清水とは対照的に一枚の紙を取り出した。
「清水さんのいう通り、来場客相手に100万は無理だと思います」
僕は切り出した。
「ですので、一番着実に売り上げを稼げる第2の収入源を作ります」
「…何を言っているの?商品を増やすってこと?」
清水さんが訝しげに問いただす。
「いや、違う。当日二つのラインナップで商品を売るなんて大変すぎる」
「だったらなんだっていうのよ」
「既に予算を確保されている生徒会をターゲットにする」
清水さんはキョトンと僕を見つめ、藤井代表は少しうれしそうに顔が綻ぶ。
「文化祭は、我々が模擬店を出すだけじゃない。生徒会が舞台を作り、各クラスが資材を使います」
先ほど取り出した一枚の紙をスッとみんなに見える位置に差し出す。そこには文化祭の予算案と詳細項目が並んでいた。
「生徒会の人から予算案をもらいました。うちの学校は規模が大きいから、文化祭全体の資材調達費だけで150万円は行くそうです」
清水さんは差し出された紙にゆっくりと目を移す。
「中にはステージ設営とか手を出しにくいものも多くありますが、一番手を出しやすいのは備品の材木ですね。うちの文化祭では一括で生徒会と文化祭実行委員が手配して、集めた木材をクラスの資材に使います」
「聞いてみると、その木材が端材みたいなやつばっかりでささくれが多く毎年けが人が出るらしいです。ただし毎年注文してる材木屋はその種類の木材を多く扱ってるそうで、グレードを上げると予算から外れてしまう」
「あとはパンフの印刷依頼もうちで引き受けられます。ここも毎年頼んでいる印刷工場が高齢化であまり回転していないらしく、早めに提出しなければ間に合わないので苦労してるらしいです」
「このあたりの課題を解決すれば、生徒会の予算から約70万の売り上げが立つことになります」
清水の目が見開かれた。黒木が提示した案は売上目標の7割を賄う額であり、第二の収入源とするには余りあるプランだった。
「代わりの会社を見つけるって話だが、何かあてはあるのかい?」
代表がプランに突っ込みをしてくるが、それは想定済みの質問だ。
「木材は近くの有名な家具屋から余った材木をもらえるよう話が付いています。毎週運び込む契約なので運送費は少し嵩みますが、材料費が無料みたいなものなんでトータル安く済みます。何より家具向けの木材なので質がいい」
「印刷所はネットで納期一週間の業者を見つけました。これもコストはこちらの方が安いです」
「ふむ…ただ、いいのかい?文化祭実行委員の仕事を取ってしまって」
「文化祭実行委員の意見も確認しましたが、ぜひお願いしたいとのことでした。言っても資材調達なんて面白い仕事ではないし、クリエイティブなことに時間を割いていた方が有益ですから」
「…うん、うまくまとまってるんじゃないかな。清水さんはどう思う?」
置物のようになった清水さんは代表の声でビクッと起動する。
「え、ええ…。これ以上にないアイディアだと思います」
話は決まった、とばかりに代表はパンッと手を叩く。
「では今年の文化祭は清水の出店と、黒木の資材仲介ということで活動内容を実行委員に報告しておく」
藤井代表は、ニヤニヤとした笑みを深め、一拍置いてから種明かしを始めた。
「種明かしをしてしまうと、毎年経済同好会で文化祭実行委員運営のお手伝いをしていてね。店舗だけでは100万円の売り上げ目標には到底届かないと悩んでいるところに、裏で30万~50万くらいの仲介の話が向こうから勝手に降ってくるという段取りだったんだが…」
藤井代表は、感嘆したように黒木を見つめ話を続ける。
「自分から70万も引っ張ってくる奴は初めてだ。まさか生徒会の予算案の詳細と、各所のボトルネックまで事前に調べ尽くしてくるとは思わなかったよ」
「自分…イベント事に当日頑張るのとか苦手なんで…」
「ははっ、そうだな。普通文化祭で稼ごうと思ったら出展内容をどうするかって考えるもんだが、ビジネスの世界じゃ大きくお金が動いている中のお困りごとにこそ稼ぐ糸口がある。黒木はなかなかに筋がいいじゃないか」
思いがけず褒められ顔を横に背けると、目線がまた一段と下がってしまう清水さんの顔が意図せず目に入った。
そんなことも理解してか、藤井代表は続けて語り掛ける。
「だが筋がいいのは黒木だけじゃない。経済同好会の文化祭活動は稼ぐことに目が行ってしまい、当日も仲介の仕事みたいなことをするのが通例だったんだ」
「そこに自分のスキルをあてはめ、純粋に当日のお客さんに楽しんでもらえるプランを作った。真正面から顧客のニーズを受け止め、勝負できる。これは清水さんの立派な武器だよ」
清水は、俯いていた顔をゆっくりと上げ、その言葉を噛みしめるように藤井代表を見つめた。
そして、すぐに彼女は静かに僕を見た。
「私だけでは100万円という目標に到達することはなかった、素直に認めるわ」
彼女の声には、悔しさはあっても、否定はなかった。
「代表の言っていた通り、元々届くはずのない目標だったんだ」
「でもあなたはその目標を真摯に受け止め、現実的なプランを見出した」
僕はその言葉には反論せざるを得なかった。
「僕には清水の方が与えられた課題に対して真摯に受け止めているように思えるけどな」
実際、文化祭当日に稼ぐプランも何回か考えたが、10万円に到達するビジョンすら見えなかった。逃げ道として考えた第二のプランを加えても、目標額にはまだ足りていない。
微妙な雰囲気になったのを察してか、藤井代表が話をまとめにかかる。
「君らは筋がいい上に、相性もいいようだね。文化祭の結果も期待してるよ!」
といい、手を振りながら出展内容を記載した書類を持って教室を去っていった。
話を片手間で聞きながら部屋の掃除を済ませていた小寺副代表も代表の後を追って出て行ってしまった。
後には僕と、当然清水さんが残される。
「黒木君。あなたの70万円の売上は、私たちのプロジェクトの基盤よ。だから、絶対に失敗しないで。私も30万円は、あなたの顔に泥を塗らないためにも、必ず達成する」
その言葉には、もはやトゲはなく、信頼と決意が滲んでいた。
100万円なんて馬鹿げた目標で、達成する意味もない。
ただし過去の先輩たちはこの目標に向けて思考を凝らし、達成してきたのだろう。
「まあ、ぼちぼちね」
僕たちの方向性はバラバラで、目的なんてあやふやだけれど、目指す目標は決まった。
僕の無気力な高校生活は、期せずして、この目の前の女の子との100万円プロジェクトという、最も面倒で、そして最も過酷な道へと一歩歩み出していた。




