二十二話「メンタリング」
チームが分かれてから数日。小寺先輩の号令は、彼女らしいやり方から始まった。
「まずは、自分たちが一番やりたいと思うことを持ってきて。チームの方向性は、それを見てから決めましょう!」
そして今日、放課後の生徒相談室。
僕たちの前には、教頭先生が穏やかな顔で座っていた。
『まずは教頭先生にメンタリングをお願いしたらどうかな』
藤井代表の、敵に塩を送るような、あるいは実験を観察するようなアドバイスに従い、僕たちはここにいる。
「……これが君たちの『独立』後の最初の案ですか」
1. 小寺の提案:『地域おせっかい・マッチングアプリ』
「私は、『特定エリア内に限定したボランティア・プラットフォーム』を提案します!」
小寺先輩が身を乗り出す。
「商店街で感じた『誰かの役に立ちたい』という思いを形にしたいんです。報酬は、ありがとうの言葉と地域の共通ポイント。お金じゃ買えない繋がりで、街を元気にする。これが私のやりたいことです!」
2. 黒木の提案:『AIによるサプライチェーンの完全自動化』
僕はタブレットを向け、淡々と数字を提示した。
「僕がやりたいのは、サプライチェーンの完全自動化です。物流の負担は社会問題化しており、特にアナログな中小企業を救うシステムには大きな需要がある。文化祭での経験を、よりマクロな視点で拡張すべきです」
3. 清水の提案:『困窮学生のための格安食材シェア・サービス』
「私は……賞味期限間近の食材を回収して、学生に配布するビジネスがいいと思います」
清水は伏し目がちに、けれど切実な声で続けた。
「学費や生活費に困っている生徒たちが、一食でも安く食べられるようにする。……稼げるかどうかが問題ですが、それが私の望む世界です」
・・・
「……ふーむ。皆さん、驚くほどバラバラですね」
教頭先生は、三つの企画書を代わる代わる見つめた。
「起業には、一人の強い想いに皆が惹かれて付いていく……という形がよくあります。皆さんは、今の互いの提案を見て『この人についていきたい』と思えましたか?」
沈黙。
三人は顔を見合わせ、視線を落とす。
小寺先輩が、年長者としての気概を振り絞るように口を開いた。
「黒木君の提案は……なんか凄いけれど、助けられる人の顔が浮かばないというか。よく分からない、というのが正直な感想です」
続けて清水も、胸の内の不安を漏らす。
「私は……小寺先輩の案、すごく素敵だと思います。でも、私と同じ悩みを抱えている人にとって、収益のない活動はいつか限界が来るんじゃないかって……。NPO活動のような印象を受けてしまいます」
最後に僕も、民主主義のルールに従って言葉を紡いだ。
「ええ、どれもその通りだと思います。僕の案はBtoB(企業間取引)に寄りすぎていて、二人には手触りがなかった。そもそもAI開発がこの三人で…というのも納得感はないと思います」
三人の率直な意見を聞き終えると、教頭先生は深く椅子に背を預けた。
「……なるほど。お互いの案に対して、実に的確な『違和感』を抱いているようですね」
教頭先生は否定も肯定もせず、ただ静かに微笑んだ。
その眼差しは、未熟な生徒を導く教師としての温かさに満ちている。
「小寺さんは『心』を見ているが『仕組み』に不安がある。黒木くんは『仕組み』を見ているが『手触り』が足りない。そして清水さんは『生活の痛み』を見ているが、それを『持続させる力』を模索している」
教頭先生は、三枚の企画書を机の真ん中に寄せ、重なり合うように並べた。
「皆さんは今、バラバラの方向を向いている。けれど、それは決して悪いことではありません。それぞれが自分の立っている場所から、この社会を真剣に見つめている証拠ですから」
一転、教頭先生の瞳が鋭くなる。
「……ただし、このまま三つの案をバラバラに持ち続けても、ビジネスとしては成立しません。客観的に見て、どの案もこのままでは成功するビジョンが見えない」
教頭先生は、重なり合った三枚の企画書を指差した。
「まずは、皆さんが見つめている世界の『共通項』を見出すところから始めてみてはどうかな?」
「共通項……ですか?」
清水が不思議そうに呟く。
「そう。まずは皆さんのビジョンを共有するんです。三人が別々に見ている世界の中に、重なる場所があるはずですから」
「……共通項。ありがとうございます、教頭先生!」
小寺先輩が、霧が晴れたような顔で頷く。清水の表情にも、微かな光が差した。
けれど、僕は一人、教頭先生の言葉を頭の中で反芻していた。
(僕たちのビジョン……? そんな曖昧なもので、本当にやりたいことに近づけるのだろうか)
僕たちはまだ、目指すべき先すら見えていない。
その事実の重さだけが、沈黙の中に居座っていた。




