二十一話「分水嶺」
商店街の打ち上げから明けた月曜日。
経済同好会の部室には、先週までの祭りのような熱気は引いたものの、達成感に伴う穏やかな空気が流れていた。
ホワイトボードの前に立つ代表の藤井が話し始める。
「みんな、先週までの商店街プロジェクト、本当にお疲れ様。黒木の提案から始まったこの取り組みが、あそこまで地域を巻き込めたのは、みんなの尽力があったからこそだと思う。素晴らしい成果だった」
藤井は振り返り、僕たち一人ひとりの顔を見て、真っ直ぐな称賛を送った。
彼の言葉には嘘がなく、リーダーとしての器の大きさを感じさせる。
「だが、僕たちが目指すべき本来の目的――『全国高校生ビジネスコンテスト』。本番はこのプロジェクトだ。いよいよ、その準備期間に入る」
ついに、その話題が来たか。
僕は少し身構える。
初めて聞いたであろう清水は、期待と緊張が入り混じった表情で、配られたプロジェクトのパンフレットを食い入るように見つめていた。
そして、その横で話を聞く小寺先輩は、微かに震えていた。
「このコンテストの規模や趣旨は、このパンフレットでざっくり理解できたと思う。それじゃあ、具体的な進め方について……」
「……藤井くん」
小寺先輩が静かに、しかし遮るように声を上げた。
藤井の手が止まる。
(やはり、本気なんだな。小寺先輩は)
僕は、先輩の少し強張った、けれど決意の宿った横顔を見つめた。
「今年のビジコン……私は藤井くんとは別のチームで出ようと思う」
部室の空気が、一瞬で張り詰めた。
雪村は驚いたように眉をひそめ、清水はあわあわと二人を見比べながら固まっている。
「……理由は?」
藤井の問いは短かった。
突き放すような響きはない。
ただ、共に歩んできた仲間としての純粋な疑問が含まれていた。
「自分で挑戦してみたいの。私は、もっと……今のままじゃ零れ落ちちゃうものを、拾える形を探してみたい」
沈黙が流れる。藤井は小寺の瞳を数秒、静かに見つめていた。
やがて、彼女の覚悟が本物であることを悟ったように、ふぅっと穏やかに息をついた。
「うん、いいよ。有紀がそう決めたんなら、尊重したい。それじゃ今日は、まずチーム分けからかな」
藤井の返答は潔かった。
寂しさはあっても、仲間の自立を喜んでいるようにも見えた。
「あ、そこも考えていることがあって……黒木くんを指名したいの」
「黒木……? 君はそれでいいかな?」
少し意外そうな素振りで、藤井が僕に振り向いた。
驚くべきは小寺先輩の独立宣言のような気がするが・・・
「え…ええ、自分は構いません」
僕は少し戸惑いながらも短く答えた。
迷っていたのは参加するか否か、どちらのチームかは問題じゃない。
その本当の問題も何かつかみかけている気がして、今辞めてしまうのは惜しいように感じられた。
「んー……そっか。じゃあ俺は、雪村を指名させてもらおうかな」
藤井は頷き、雪村に視線を送る。
雪村は「了解」と短く応じ、僕たちの対角線上に立った。
「清水は、そっちのチームに付いたらどうかな?」
藤井が、まだ戸惑っている清水に向けて、穏やかな口調で提案した。
「えっ、でも……」
「数が多ければ有利ってわけじゃないし、同じ一年生、女性がいた方が意見も言いやすいだろう? 有紀と一緒なら、清水もきっと成長できると思うんだ」
藤井の言葉には、清水の緊張をほぐそうとする温かみがあった。
「……わかりました。小寺先輩、よろしくお願いします」
清水が、小寺先輩の隣へ一歩歩み寄る。
「よろしくね、清水さん。……行こう、黒木くん」
小寺先輩は、迷いを振り切った顔で、僕たちを促した。
ホワイトボードに引かれた、チームを分ける一本の線。
それは対立ではなく、共通の目的に向かうための分水嶺。
僕たちの、新しい挑戦が始まった。




