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十五話「予算案提出、静かな審議」

経済同好会で戦略を練り上げた、その週末。

黒木と藤井は、商工会の幹部へ計画を説明するため、商店街の端に位置する商工会館を訪れていた。

応接室の前は、独特の緊張感に包まれている。


扉をノックし、部屋に入る。

「失礼します」


磨き抜かれ、年季の入った長机の向こう側には、商工会の会長、そして副会長や事務局長が待ち構えていた。

この街の経済を、苦しみながらも数十年にわたり支えてきた重鎮たちだ。


藤井代表が深く一礼し、口火を切った。

「お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」

いつもよりパリっと糊のきいた制服が、これから真剣な議論の場が始まることを予感させた。


「本日、秀央学院経済同好会より、商店街再生のための具体的な事業計画と、それに伴う予算案を提案しにまいりました」


ピリッとした場を和ませようとしたのか、正面に座る会長は柔和な笑みを見せる。

「話は聞いているよ。君が藤井君だね。そして……」


「同じく、秀央学院の黒木です。本日の予算案については、私から説明させていただきます」


「ふむ……初めましてだね。君たちの提案を聞かせてもらおうか」


「はい」


黒木は一歩前に出ると、紙の資料を配りつつ、手元のPC画面をプロジェクターに投影して説明を始めた。


「今回の提案は『近隣ビジネス街をターゲットとしたランチデリバリーへの業態転換』です。これを実現するため、計530万円の予算承認をお願いしたく、投資プランを作成いたしました」


黒木の声は落ち着いていた。


「我々の分析では、夜の営業だけでは赤字脱却は見込めないと結論付けています。そこで、二駅先のビジネス街にある昼のランチ市場を、こちらから『狩りに行く』戦略を提案いたします」


「予算内訳は、資料の通りです」


【予算内訳】


デリバリーインフラ整備費:270万円


 ーキッチンカーレンタル費用:220万円(日額8,800円×250日)


 ー運送費支援金:50万円(輸送料2,000円×250日)


マーケティング費用:50万円


 ーポップアップ出店:40万円(日額40,000円×10日)


 ー駅ポスター:6万円(30,000円×2週)


メニュー開発費・人件費・梱包材補助費用:200万円


予備費:10万円


黒木が説明を終えると、会議室は一瞬、しんと静まり返った。

激昂するような感情的な動きはない。

ただ、淡々とプロの目による冷静な精査が始まっていた。


最初に口を開いたのは、会長の隣に座る副会長だった。

白髪交じりで、恰幅のいい"商売人"らしい佇まいだ。


「このキッチンカーとポップアップ出店は、どっちも必要なんか?」


「はい。キッチンカーは販売、ポップアップは宣伝が目的です。人通りの多い広場で、まずは味を知ってもらうことが肝要だと考えています」


「ほんで、キッチンカーはレンタルか。これ、買うたらなんぼするんや?」


「購入となりますと……300万円程度だったと記憶しています」


「そうか。……なあ事務局長、あんたんとこの知り合いのところで、安く済ませられんか?」


眼鏡をかけた、いかにも勤勉そうな事務局長が応じる。

「あぁ……その半額程度なら、中古の良品を引っ張れるでしょうな」


「ならええ。3か月はレンタルで様子を見たらええけど、そっからは購入の方向で進めよう」


「承知いたしました」


「ほんで、このメニュー開発あたりの費用……えらいザックリしとるなあ」


副会長が、ペンで資料の『200万円』という数字をトントンと叩く。


「はい。ここには各店舗のメニュー開発費に加え、初期のランチタイムに対応するための人件費補助、そして弁当容器の費用が含まれています」


「容器、か」

これまで静かに聞いていた会長が、ゆっくりと顔を上げた。


「一年分でこの費用か? やけに安いな」


「はい。なるべくコストを抑えた容器を選定しております」


「それは電子レンジに対応しとるんか?」


「え……」

黒木は一瞬、言葉に詰まる。


「ビジネス街のお客さんは、買った弁当をすぐに食べるとは限らん。当然、温め直すことを前提に買うはずだよ。温めて溶け出すような弁当箱を見れば、もう二度と買ってはくれんよ」


会長の言葉には、長年の現場経験に裏打ちされた説得力があった。


「客商売では、言われてから気づくことも大切だけどね。お客さんのことを考えて先回りして配慮する……それこそが商いの本質だよ。耐熱容器は高く、店舗の負担も大きくなる。ここの予算は多めに積んでおいてくれ」


「なるほど……。リピートのための、投資ですか」


さらに、事務局長が淡々とした口調で付け加える。

「マーケティング費の50万円も、もっと効率的に使えませんか? ポップアップを出さずとも、直接可能性がありそうな会社に乗り込んだらいいでしょう。何社か知り合いの社長がいますから、話を通しておきますよ」


黒木は背筋が伸びる思いだった。

怒鳴られることも覚悟して臨んだ場だったが、

返ってきたのは、厳しいながらも具体的で、計画をさらに磨き上げるための改善案ばかりだった。


「ここまで理解できたかな。キッチンカーは3カ月間のトライアル運用とし、その後に購入を検討すること。容器は耐熱仕様に変更すること。マーケティングは費用をかけず、我々の伝手で直接販路を開拓すること。これらを修正条件として、予算を承認しよう」


会長は予算案に条件を自ら加筆し、力強く印鑑を押した。


「君たちは、若いながらによく考えてくれている。逆に、我々がもっと前からこのような前向きな方針を打てなかったことが恥ずかしいばかりだ」


その言葉には、商店街の現状を打破しようとする若者への、純粋な敬意が混じっていた。


「……ありがとうございます。必ず、形にします」

藤井と黒木は、深く頭を下げた。


・・・


会議室を出ると、廊下には落ち着かない様子で待っていた清水と小寺の姿があった。

黒木は、会長の判が入った書類を二人に見せる。


「予算、確保しました。商工会の皆さんの知恵で、より隙のない計画になりました」


「よかった……!」

清水が胸をなでおろす。


「だが、ここからが本当の正念場。実際に業態変更をお願いする店主さんたちへの交渉……。頼んだぞ」


「任せて」

清水の瞳に、強い光が宿る。


商店街再生プロジェクト。

予算の壁を越えた物語は、ついに「現場の心」を動かす最大の難所へと突入する。

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