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十話「活動の対価」

文化祭が終わり、校内に残っていた熱狂の余韻は冬を予感させるカラッとした空気と共に急速に冷え込んできた。

廊下を歩く生徒たちの話題は文化祭の思い出ではなく、テストの難易度や冬休みの計画へと移り変わる。


ただ、僕と清水の関係だけが、静かに、そして決定的に変わっていた。


「ねえ、黒木」


いや、所詮自分の周りの空気しか感じ取れないのだろう。

きっと校内でも文化祭マジックとか言って変わりつつある関係がチラホラ・・・


「ねえ、聞いてんの?」


「なんだよ、清水」


昼休み。

今まで学校生活では積極的には関わってこなかった清水は、

今、こうやって僕の机に頬杖をつき、囁いてくる。


「あなたこちらからプライベートのこと掘り下げて聞いてるのに何にも答えてくれないじゃない」


「いや、そりゃあいきなりこんな風に昼休みに聞かれても困るだろ…」


周囲の人たちは「え?付き合いだしてんの?」

とひそひそ噂話をしているのが聞こえてきたが、

見てのとおりコミュニケーションの段階が初歩的過ぎてその結論には至っていないようだ。


といっても清水の周りの環境は前の学期から一転し、

周囲とのコミュニケーションをとる気があることに気が付きだしたのか

最近はよく人が話しかけに来るようになった。


こうなってくるとただの距離感と様子がおかしい美少女だ。

文化祭で目立っていた効果もあるのか、

クラスメートも彼女への見方が変わったようだ。


…僕は特に何も変わっていないのだが。


そんな大したことのないことに気を配りつつ、

目の前のちょっとウザい友人に呆れ、溜息をつくのだった。


・・・


放課後、経済同好会の部室。

僕と清水は「文化祭の売り上げの件で話がある」と藤井代表から声を掛けられていた。

僕らはソファに腰かけると、藤井代表はいつもより慎重に教室の扉を閉じた。


「改めて、文化祭の売り上げ目標の達成おめでとう!」


「「ありがとうございます」」


「ここからは他の学生には話しにくいことなんだけど…」


藤井代表はいつもの明るい声から一段階声色とボリュームを抑えて話し始める。


「経済同好会の売り上げは目標からして他の学生からはかけ離れていてね。部活動の予算として扱うと学内の会計では手に負えなくなるんだ」


「だから経済同好会の売り上げは部費のような形では計上せず、僕らのOBが作った会社の売り上げとして計上されている」


藤井代表は、そう言って僕たちに改めて資料を広げて見せた。


「何が言いたいかというと、今回の利益分を君たちにアルバイト料として支払うってことだ」


その言葉で、部室の空気が少しだけピリっと張り詰める。


報酬額の計算に移ると、藤井代表はためらうことなく具体的な数字を告げた。


「黒木君の分は少し利益率が高くて31万円、清水さんの当日の分は15万円だね」


「…31万円」


高校生の僕が扱うには手に余る額だ。


清水は驚きのあまり目を見開いていたが、すぐに冷静になると手元の売り上げ表を確認した。


「当日の売り上げには黒木も貢献してくれているわ。15万からも分配すべきよ」


清水はそう提案するが、


「いや、それは清水が稼いだ分だ。僕がやったのは本当に時給レベルの働きだよ」


「でも…」


「それに僕はお金に困ってるわけじゃない、そのお金は清水にもらってほしい」


本当は僕の稼いだ分も含めて半々にしてあげたいところだが、流石にそれは筋が通らないだろう。

この15万を渡すってことが彼女への最大限のリスペクトだ。


「そ…そう、じゃあ遠慮なくもらっちゃうわね」


彼女はそういうと少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせ、それを隠すように俯いた。


話がついたのを見計らってか、藤井代表が話し始める。


「さて…これほどの額を支払うにあたって、当然学校へのアルバイト申請や保護者の許可が必要になるわけだが…」


藤井代表はそう前置きし、いたずらっぽく微笑んだ。


「実はなんと、君たちに隠れて既にどちらも了承済みでーす」


清水は一瞬驚きつつも


「ええ、先日母が口を滑らして藤井代表と会ったことを話していましたが、この件でしたか」


と納得したように頷く。


一方で黒木の頭の中は真っ白になっていた。


「母と…会ったんですか」


「うん、会ったよ」


「そうですか…」


母とは生活に必要な最低限の会話しかしなくなった。

僕の活動に興味も関心もないと思っていた相手が、

僕の知らないところで僕の活動に触れていたという事実は、31万円という額よりも重かった。


「何か言っていましたか?」


「うーん、どういう活動をするのかは話をしたけれど、そんなに大した話はしていないからなあ」


藤井代表はそう言って肩をすくめるが、その言葉は黒木の心を鎮めるには全く足りなかった。


「そうですか…」


唐突に吹き込まれた家族の話に戸惑ってしまう自分がいた。


藤井代表が母に対して何を言ったのだろうか。

そして母はなんと答えたのだろうか。


自分ではうまく呑み込めない事象への、強い困惑と不信感が僕を支配する。



藤井代表はそんな僕の様子に気を配りつつも話を続ける。

「報酬は来月手渡しするから、使い道を考えておくといいよ」


「どうしよう、初めてのお給料なんて…想像もしていなかったわ」


清水は僕のことなんかに気を取られず、ウキウキした気持ちを抑えられないようだ。

そんな彼女を見て、少しだけ現実に戻ることができた。


「ねえ、黒木。あんたは何に使うのよ31万円なんて大金」


「僕…か、特に使い道はないな」


「親孝行とかなんかないの?」


痛いときに痛いところを突いて来るヤツだ。


「いや、母さんは金品を受け取ってくれないだろうから、何か別の使い道を考えるよ」


ただその無神経なところも今の僕にとって特効薬のように感じられた。


「じゃあ来月アタシの買い物に付き合ってよ、お小遣いすらもらったことなくて何買えばいいか分からないのよ」


「お、おう…」


そんな効果もあってか、

思っていたより斜め前に飛んでいくこの桂馬さんの動きを予測できず、

ふと買い物の予定を了承してしまう。


「何買おうかなー、15万円なんて車買えちゃうんじゃないかしら」と世間一般の感覚からかけ離れた彼女を見て少し心を落ち着かせつつ、やはり払拭できない家族との関わりを思い出してしまい、この同好会に参加したことを少しだけ憂うのであった。

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