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九話「後夜祭と盟約」

午後6時過ぎ。文化祭の喧騒は校庭の後夜祭へと場所を移し、校舎内は弾き終わった楽器のような独特な寂しさと余韻に包まれていた。


黒木と清水はそのスポットライトから外れ、経済同好会の部室のソファに深く沈み込んでいた。


「...目標は達成したが...割に合わないなコレ」


僕は天井を見上げたまま、乾いた声でつぶやく。

普段人とも接しないのに接客、仕入れと慣れないことをフルスロットルで突っ走りすぎたのだ。


「ふふ…文句を言える元気があるなら大丈夫ね…。私はもう腕が上がらないわ…」


隣の清水もソファに倒れこみながら、けだるげにエプロンを脱ぎ捨てた。


手元にある端末には最終売上『¥520,000』が表示されている。

僕の資材仲介の売り上げと合わせれば、総額120万円オーバー。

目標の100万円を余裕でクリアする結果だった。


「おーい、二人とも生きてるかー?」


ガラガラ、と扉が開き、藤井代表と小寺副代表が入ってきた。

手には栄養ドリンクとお菓子らしきものが詰まったスーパーの袋が握られている。


「ダメみたいだねー!はい、差し入れだよ~」


小寺副代表の元気な声に、僕たちは何とか体を起こす。

4人は経済同好会の部室のソファに腰かけ、黒木たちはもらった栄養ドリンクを体に流し込む。


「それにしても、急遽作ったパエリアのライスコロッケ、最高だったよ!あんな短時間でよく思いついたね!私、一口食べて感動しちゃった」

小寺副代表が興奮気味に語り掛ける。


「ああ、飲食があのレベルでこなせるのは、ビジネスにおいて素晴らしいアドバンテージだね」

藤井代表も僕たちに賞賛の声を掛ける。


だが、清水は賞賛の言葉に対して静かに首を振った。


「私は料理を作っただけですし…最後のアイディアも、自分のせいで新メニューを土壇場で生み出す難しい選択をしてしまいました」


清水は僕の方を向き、自身の選択を回顧していたようだった。


「僕はそれで…いやそれが良かったと思う。自分ならあの選択を選べなかったから、清水さんが躊躇なく難しくてお客さんが喜ぶ選択肢を取ると決断してくれたのは大きかった」


僕がそう返すと、藤井代表は深くうなずいた。


「ああいう土壇場の選択こそお互いの真価が発揮されるってもんだよ。そこからすると、君たちは本当にいいコンビだった」


場の空気が和んだところで、話題は自然と「100万円達成」という結果に向いた。


「あの、藤井先輩」


清水がふいに疑問を口にする。


「そもそも、どうして100万円なんて高い目標を継承しているんですか?伝統とはいえ、学生の部活にしてはハードルが高すぎるような…」


その問いに、藤井代表は応える。


「んー、そうだね。一つは100万円って数字を到底無理な数値だと思わないこと、価値観を破壊するためにやっているんだ」


藤井代表の表情がふっと曇り、話を続ける。


「ただ、正直に言うと僕らが一年生だった一昨年の文化祭。僕らの代では全く届かない結果だったんだ」


清水と僕は静かにその言葉を受け止める。


「当時は有紀は参加していなくてね。俺一人で突っ走って、計画とか計算もあいまいで…そんな中有紀も参加してくれたんだが、結果は20万円にも届かなかった」


藤井代表は、まるで昨日のことのように悔しさを滲ませる。


「普通の学園祭の売り上げとしては上々だが、この部活は普通の学生レベルじゃダメなんだよ。当時の代表からは指をさされながら笑われたなあ、ははっ」


「だからこそ、今でもこうやって後輩に同じ目標を押し付けるのは気が引けるのが本心なんだ」


小寺副代表も、苦笑いしながら続く。


「今年の二人も正直心配だったけどね~。だけど予想に反して二人は高いハードルを、高く高く飛び越えてくれたんだよ」


藤井代表は、改めて僕たちに頭を下げた。


「君たちが今日、その壁を越えてくれたことが本当に嬉しいんだ。去年に続き自分の代の負の遺産を軽々と越えてくれて、とても頼もしく思ってる。と同時に自分の情けなさも自覚しちゃうんだけどね」


「あれ…去年…?2年生に先輩がいるんですか?」

清水は話の疑問点を取りこぼさず突っ込むと、


「あー…雪村君プロジェクトが走らないと部室に来ないからなぁ…」

そういえば、と小寺は気が付いていなかったように呟く。


「雪村君は一人で目標を達成したんだ。俺たちは何もアドバイスできることはなかったなあ…。次プロジェクトも決まってるし、もうすぐ顔合わせできるはずだよ」

「…まあ、その話はおいおいね。今日はとにかく、君たちの目標達成を祝おうじゃないか!」


藤井代表はそういってニカっと笑った。


・・・


小寺先輩は、みんなが飲み干した空き缶を袋にまとめる。


「それじゃあ後片付けは私と藤井君でやっておくね。二人はゆっくり休んでから帰ったらいいよ。ホントにお疲れ様~」


嵐のように現れた先輩たちに感謝を告げ、僕たち一年生組は部室を後にする。


時間は20時を回り、校舎内も簡単な片づけをする学生がちらほらと見える。


「藤井先輩の話、意外だった」


清水は先ほどの先輩の話を振り返り、僕の方をチラッと見る。


「あぁ…先輩たちはその時から努力と勉強を続けてきたんだろう」


「ええ、もう吹っ切れたから話せる…って感じだったわ」


僕たちは重い脚を引きずりながら会話を続ける。


「次プロジェクトって何のことかしらね」


清水は廊下の窓から差し込むぽつぽつとした灯りを眺めながらつぶやいた。


「さあ、分からないな。文化祭も終わり学内イベントは年内には大したものはないはずだが…」


僕は溜息をつく。


「じゃあ対外とのイベントかしらね。お仕事みたいなことができちゃうの、なんだかワクワクしちゃう」


「そうかあ…?」


楽しそうに笑う清水さんとは対照的に、僕はめんどくさそうな素振りをする。

僕たちはそんな何気ない会話を続けながら、校舎の出口へ向かう。


「ねえ…その…」


清水はもじもじと何かを言いたそうな素振りを見せ、


「私たち、なんというか…もうパートナーよね?ビジネスパートナー?」


いつもズバズバと切り出す清水さんにしては何やらそわそわしている。


「んー、そうかもな」


「その…黒木君ってのはよそよそしくないかしら」


「…はぁ」


なんだ、清水さんは意外とフレンドリーな性格なのか。

普段周りから避けられているのは認められる相手が周囲にいないからなのだろう。


「だからね、これを機会に呼び名を変えたらどうかと思うの」


「例えば?」


「黒木」


「名字呼び捨てかよ…」


やっぱり距離感の詰め方はおかしいみたいだ。

友達がいないの納得だよ。

そして恋人がいないのも納得、可愛げがない。


「うん、それであなたは私のことは清水って呼ぶの」


「あぁ…じゃあ…清水」


「うんうん、じゃあ次のプロジェクトもよろしくね、黒木!」


いつの間にか校門までたどり着いた僕たちは、それぞれの帰路に分かれる。


次プロジェクトとまだ知らない雪村という先輩、そして清水というパートナーと共に、僕の慌ただしい学校生活はまだまだ続きそうだ。

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