2-2 朱美は自分を優しいと思い込んでる優しい奴です
そして帰宅後、私は早速ペットボトルの底を切り抜いた。
この形状はまさに、レンズにぴったりだ。
「何やってるんだ、朱美?」
元々、私の家はお父様よりお母さまの方が収入が多かった(逆に家事はお父様が中心に担っていた)。
そんなお母さまを失ったことにより生活水準が落ちたことに不安を感じたのか、お父様は以前よりも仕事を増やしている。
普段は激務であまり家にいないお父様が、珍しく今日は家に早く帰ってきていた。
夕飯の支度を終えたためか、私に対して不思議そうに尋ねてきた。
「フフフ……ちょっとした発明ですわ? そうだ、お父様もちょっと手伝ってくださらない?」
「え? まあ、構わないが……」
本当は一人でも出来るけど、心優しい私はお父様に「可愛い娘と楽しいひと時を過ごす時間」を提供してあげるのだ!
さすがは心優しい私だ。
そう思うと私は、ハサミで断裁したペットボトルの破片が入ったクッキー缶を手渡した。
「すみませんが、そこにあるペットボトルのチップと、ここに置いたマナを抽出した薬品を結晶させ、アルケンピウス反応を起こして下さりませんか?」
「え、は?」
あ、いけなかった。
この世界の方々は、錬金術の専門用語を知らないのでした。
そもそも、天才の私と同じ理解力を求めること自体が気の毒でしたね。
「ここに置いた薬品をアルミニウムと一緒に、10分間混ぜてください」
「あ、ああ……」
そういってお父様は私の作ったマナ結晶……これは動力源になる……を混ぜていくにつれて、次第に表情を変えていった。
「な、なんだこれは……少しずつ光を放っていく……のか?」
「これは一種の動力源ですわ。あなた方の世界では『電池』に匹敵するものです。それを、私の作った銅線の中央にゆっくりと流してください」
「あ、ああ……。うわ! 銅線が動いた! ……って、ちょっと待て! うわ、絡まるんじゃない!」
嗚呼、いけない!
私の作った魔道機械がお父様を敵として認識してしまったのね!
きちんとレンズを取り付けてからマナを流すべきでしたわね。……まったく、お父様に私の発明を早く見せたいと、焦ってしまいましたわ!
そう思いながらも、私はこの魔道装置を引きはがす。
「およしなさい、この!」
「……お、驚いた……」
このマナを通した銅線は、不審な行動を取った人間を即座に捕縛する能力がある。
これにペットボトルをもとに作成したレンズをつければ完成だったが、どうやらまだ調整の余地がありそうだ。
「ところでこれは、なんだ……朱美?」
「簡単な錬金術を使った、魔道装置ですわ? ……本当は人口生命体を作りたかったのですが、少々予算と材料が足りなかったので、簡易的なものですけどね」
まだ経済的にも厳しいことも考えて、ホムンクルスを作るのは、中学に進学してからにしよう。
「そ、そうか……。しかし、こんな発明が出来るとは、驚いたな……」
お父様は、前私が作ったピザトースト製造機についても、興味深そうにその機能を確認していた。
だが、お父様は文系出身ということもあるのだろう、その構造の深いところまでは関心を持たなかったが。
「朱美、お前が以前自分を『転生者』といったときには驚いたが……正直、この発明のほうが驚きだな」
「……ごめんなさい、お父様……。以前もお話ししましたけど、私は前世では天才かつ美しくて優しすぎる錬金術師でしたの。だから、こういう天才的な発明もできてしまうのですが……驚きましたよね?」
「えっと……。まあ、正直何やってるか分からないけど……それでも、お前がやりたいことがあるなら、それを応援するよ」
そういってお父様は言ってくれた。
とはいえ、私の作っている素晴らしい発明品にはあまり関心がなさそうだ。興味があるのは私自身との関係性や、私の将来のことだろう。
そのことに気が付いた私は、お父様に対してにっこりと天使のような笑顔を向けた。
「ご安心ください。私はこの力は社会のために使うと決めています。……それにお父様? 私はお父様が私よりも頭が悪く、不細工で、冷たい性格だとしても……私はお父様のことを見下したりしません。記憶が戻る前から変わらず、お父様を愛してますわ?」
そして、私はお父様に抱き着いて頬ずりをしてあげた。
そう、父親は『娘に愛してもらえているか』を何より気にするはずだ。私のような絶世の美少女であれば猶更だ。
だがお父様は、そういわれて少し嬉しそうにしながらも、苦笑した。
「ハハ……。そう言ってくれるのは……嬉しい? いや、嬉しいけどさ、朱美?」
「なんですの?」
「娘が父親を見下すことは、別に珍しいことじゃない。……無理して、お父さんを愛する演技なんか、しなくてもいいぞ? それでも、お父さんは朱美が好きだからさ」
嗚呼、なんて素敵なお父様なのでしょう!
私が気を遣っている優しさを理解してくださるなんて!
……だが、この『美しき殉教者』たる私は、世界中の全ての『弱者』を平等に愛すると心に決めているし、そのうちの一人に、お父様がいるのだ。
だから、私はお父様を嫌ったりはしないから安心してほしい。
……そう思いながら私はその腕を解いた。
「それで、その変な捕縛マシーンみたいなの、何に使うんだ?」
「ええ。……ちょっと、悪いことをしている方を改心させたいと思いまして……」
私がいじめを受けていることを話したら、優しいお父様のことだ、学校に相談に行くだろう。
だが、今回の問題は天才の私の手で解決しようと思う。そのため、私はそういって言葉を濁した。
そして翌日。
いつものように私の机の上に落書きがされていたが、私はそれを華麗にスルーした。
そのあとも小さな嫌がらせを受けたが、それも相手にせず放課後まで待った。
「さて、誰がいらしますかね……」
私は夕方の教室で、自身の机の上にリコーダーを置き、ロッカーの中に隠れる。
まあ、中身は100均で買ったダミーのリコーダーだが。
(フフフ、きっとすぐにいじめの犯人がやってきますわよね? みんな、嫉妬だけじゃなくて、私が可愛いから意地悪しているのでしょうから……)
嗚呼、世界一天才でしかも絶世の美貌を持ち、そして慈悲深い私のリコーダーを撒き餌にするとは何たる贅沢!
いったいどれほどの男子生徒が私のリコーダーに口づけをしたいと思っているのでしょう!?
そう思いながら、私は『いじめ加害者』が現れるのをロッカーの中で待っていた。
……だが。
(なぜ? ……どうして誰も来ませんの!? 私のリコーダーですのに!)
正直、学校中の男性たちが私のリコーダーを争奪戦をするだろうと思っていた。
私の作った魔道装置は、そんな彼らが殺し合いに発展することを止める意味合いも持っていたくらいだ。
……だが、あまりにも意外なことに、30分ほど経っても誰も私の机には近づいてこなかったのだ!
そんなバカな! 私は一瞬、これが夢ではないかと疑い頬を思い切りつねった。……痛い! これは現実だ。となると考えられる仮説は一つ。
(ふむ……。どうやら彼らを見誤っていたようですわね……)
思ったよりも、この世界の男性たちは警戒心が強いのだ。
天才的な頭脳を持つこの私が、こんなあからさまにリコーダーを置くわけがないと思っているのだろう。
……だが、そんな風に思っていると、一人の男子生徒が机の前にやってきた。
ロッカー越しでは顔は見えない。
「うわ! なんだこいつは! ……くそ、これは朱美さんの発明か!」
そんな風に、私の作った捕縛装置に引っかかった声が聞こえてきた。
……よく聞きなれた声だ。それに、この天才的な発明を見てもさして驚かない相手とは、私の発明品を見たことがある方に違いない。
そう思って私がロッカーから出ると、見慣れた男子生徒が捕縛装置に巻かれて必死に振りほどこうとしていた。
「あなたが……やっぱり、私のリコーダーを盗もうとしたのですね……?」
……そこにいたのは、北斗さんだった。