2-1 難関資格など、天才様の前では意味がないようです
それから数カ月が経過した。
私は、自分の発明を世に知らしめるために必要な資格を次々に取得していった。
……天才の私にとっては、どの資格も赤子の手をひねるごとく簡単なものだったが、どうやらそれは、哀れで愚かな民衆にとっては違うようだった。
私が資格を取得するたびに、マスコミの方々が私を取材に来るようになった。
「すみません、あなたがあの『天才少女』の日野本朱美さんですか?」
「ええ、私は天才ですわ? ……ところで、どんな噂でこちらに来まして?」
「最年少で司法書士の資格を取得したということで、お話をお伺いしたいんです! 青森にもこんな天才がいることを伝えたくて!」
「あいにくですが、私はそういうのは興味ありませんの。天才である私の存在を世の方に知らしめても、周りが嫉妬するだけだと思いませんか?」
「そういえば、先日の模試でも全問満点を取ったということですよね? 志望校はどこにされるのですか?」
「学費を免除してくださるのであれば、どこでも構いませんわね。……お話がそれだけなら、ごきげんよう」
「あ、ちょっと……」
私は常にそういって、マスコミを遠ざけていた。
その様子を見て、北斗さんは少し不安そうな表情を見せる。
「良いの? 朱美さん……。あんな風に言って……」
「ええ、当然ですわ! こんな資格など、私には通過点でしかありませんもの! 私の使命は、この資格を使って、この社会問題を解決することですもの!」
「は、はあ……」
「そ、そういうことなので、すみません、彼女はそういうの苦手なので……」
一緒に登校している北斗さんの気持ちも知らないで、彼らは下世話に私に対して資格取得の感想や、勉強のコツを聴こうとする。
嗚呼、本当に心が苦しい。
私はお父様から北斗さんのことはよく聞いている。
彼も私が記憶を取り戻す前は、最年少で数々の資格を取得したということでマスコミがちやほやしていたということも。
マスコミの連中は、私のほうが優秀で可愛く、そして優しいことから、掌を返したように群がってきているのだろう。
「ねえ、北斗さん……その……」
「なあに、朱美さん?」
「ごめんなさい、本当に……私が優秀すぎて……」
「アハハ……別に良いよ、朱美さん……。君が悪いわけじゃないでしょ?」
そうは言ってくれるが、彼の表情は暗い。
……というより、最近は明らかに体調が悪そうだ。
きっと私の輝かしい現在と比較した北斗さんが、酷い劣等感を感じているのだろう。
そんなことは想像に難くない。
彼はそれでも私と一緒に登校してくれる。
おお、神よ! 彼になぜこれほどの試練を与えるのか! なんとあなたは残酷なのだ! ……あなたの犯した罪は『美しき殉教者』たる私が償うことになるというのに!
そんな風に思いながらも、私は学校に向かった。
そして私は学校に来るなり、はあとため息をついた。
「ああ、やっぱりそうよね……」
案の定というべきだろうか、靴箱に大量のゴミが入っていた。
(当然、私のように優秀な存在を許せなくなるのでしょうね……)
通常であれば、このような嫌がらせに対して怒りを覚えるのだろう。
だが、優しく慈悲深い私は、このような行動に対しては寧ろ安堵すら覚えた。
……私があまりにも天才であることで傷ついた者たちが、こうやって私に不満をぶつけることで、少しでも彼らの苦しみが癒されるのであれば、それを甘んじて受けようではないか。
「……嗚呼、なんてこと……」
「その……泣いているの、朱美さん? ……えっと……ゴメン、本当に……」
きっと北斗さんは、私が『いじめに遭ったことで辛くて泣いている』と思っているのだろう。
けど、それは違う。
こんなことをする『いじめ加害者』の辛さや苦しみすらも受け入れ、許し、理解しようとしている私自身の優しさに感動しているのだ。
しばらく私は涙を流した後、北斗さんに答える。
「フフフ、こんなこともありますわよね? ……誰がやったのかは分かりませんが……私は彼らを責めたりはしませんわ?」
「そ、そうなんだね……」
ところで、なぜ先ほど北斗さんは『ごめん』といったのでしょう?
……まあ、大体想像はつきますけど。
それからも、私に対するいじめ行為は続いた。
「ああ、やっぱりですわね……」
思わず私は呟いた。
机の上にくだらない悪口が書かれている。
『バカ』『ブス』『色目使うな』そして『ビッチ』という言葉が並んでいる。
勿論私のような慈悲深い人間は、このような嫌がらせに対して怒りを覚えることはない。
寧ろ、このような悪口に対して疑問すら感じていた。
(それにしても……なんでこんなにこの世界の方々は、女性への『ビッチ』という言葉を使うのですの? これは世界で共通のようですね。そもそも『ビッチ』自体が外来語ですし……)
私から言わせれば『多くの男性に性の喜びを与えてあげる女性』がなぜ『決まった相手にしか優しくしない女性』よりもさげすまれるべきなのかが理解できない。
そもそも、天才の私が基準であれば、全ての男性は皆一様に『弱者』だ。そんな彼らのためにこの美しい体を『施し』として差し出すことなど、美しき殉教者たる私からすれば何でもない。
そう思いながらも、その机の汚れを消すことにした。
(やれやれ……この『汚れを消せるタオル』を作っておいて良かったですわね……)
これも私の発明品だ。
たとえフライパンについた頑固なこびりつきであろうとも、このタオルを使えばたちどころに落とすことが出来る。
プラスチックを細かく刻んで、それにマナを送り込むことにより『イレース・メルティア効果』を用いた薬品をしみこませた、私の特製タオルだ。
これであれば一瞬で汚れを消せる。
「ねえ、北斗さん? 一緒に帰りませんか?」
「あ、ゴメン……。その、僕はちょっと用事があるから……」
そういって北斗さんも私から最近離れるようになってしまった。
……まあ、当然だろう。
私と今関わったら、彼もいじめに巻き込まれることは火を見るより明らかだ。
きっと、凡百の転生者ならそんな彼を『臆病者』というのだろう。
しかし、私は少数派が多数派に逆らう恐ろしさを知らないほど子どもではない。彼のそんな弱さなど、弱さですらない。
(それより、彼がこうやって私を遠ざけることで受ける良心の呵責が彼を傷つけることのほうがよほど辛いですわ……? 私は優しい人ですもの……!)
やはり、このいじめ問題は早めに解決しなければならない。
私自身がいじめにさいなまれるのは『天才税』として甘んじて受けられる。
しかし、これによって北斗さんが『傍観者』に甘んじることの苦しみを取り去らなくてはならない。そして、いじめ加害者が私を傷つけることに味を占め、他の方に同じことを繰り返させてはならない。
(……嗚呼、私の慈悲深さに涙が出ますわ……! 私をいじめている加害者の未来も考えてあげられるなんて……!)
そう思いながら、私は家に帰った後に、ある発明をすることを思いついた。